2020.04.15 「中国のすさまじい軍拡を警戒せよ」―右派ジャーナリズムの見方
――八ヶ岳山麓から(311)――

阿部治平(もと高校教師)

トランプ米大統領が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼んだのに対して、中国外交部報道官がアメリカ由来の可能性もあるとして噛みついたことがあった。いまも双方けんか腰だが、これは一時的現象ではなく米中の対立が一層深刻化しているためである。
古森義久・矢板明夫の共著『米中激突と日本の針路』(海竜社 2020年3月)は、この経過を主としてアメリカ側に立って解説したものである。古森氏は産経新聞ワシントン駐在客員特派員、矢板氏は同紙北京特派員ののち、現在外信部次長である。

両氏の見解は多岐にわたるので、おもに軍事について紹介したい。
1971年にニクソン大統領が訪中して中国との関係に道をつけて以来(正式の国交は1979年から)、アメリカの対中政策決定に大きな影響力を持ったのはハト派頭脳集団だった。彼らは中国の経済建設が順調ならば、中間層が成長し、やがては議会制民主主義の「共和国」となると予想した。この頭脳集団の建議によって行われたのが対中国融和路線の「関与政策」である。
すでに冷戦時代対ソ連戦略上の必要からアメリカは中国に軍事援助をしていた。国交回復以後は、「関与政策」によってアメリカ資本の先進技術が中国に導入された。天安門事件で一時中断したがアメリカと日欧資本の中国進出は続き、米中貿易は拡大した。中国は外国資本と先進技術の導入によって世界の工場へ成長するとともに、アメリカの最大債権国へと変貌した。

アメリカの中国専門家の一部が、中国が共産党の一党専制を堅持し覇権国家を目指していることを認識したのは、ようやく1990年代末のことである。ピルズベリーの著書『china2049』――秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社2015・9)は、「関与政策」の失敗と中国の野望を認識するまでの経過とその後を詳述したものである(「八ヶ岳山麓から「205)」)。
トランプ登場後、アメリカの対中国政策は冷戦路線に様変わりした。とくにペンス副大統領の対中国強硬演説が転換点となった。これはトランプという変り者が大統領になったからではなく、すでにオバマ政権時代にアメリカ頭脳集団の対中国観が厳しいものに変化していたからである。したがって次期大統領が民主党になっても、中国に対する冷戦路線の基本は変わらないものとみられる。
トランプの場合、ことさらに強硬な発言を繰り返すのは、彼が大統領になってから、貿易交渉の初期の契約がほとんど空っぽだったこと、習近平政権が国家主席の任期を終身制に移行させ、南シナ海の軍事占領を強化し、さらには国際司法裁判所判決を「紙屑」あつかいしたこと(王毅外相)などが続いたからである。

古森・矢板両氏が強調するのは、この20数年間の中国のすさまじい軍拡である。古森氏は、毎年10数%の軍事費の拡大、各種ミサイルから宇宙軍の創設、サイバー部隊の建設、さらに2007年人工衛星破壊実験による電子戦での実力の誇示、ロケット軍の増強、核弾頭搭載可能な準中距離弾道ミサイル、射程1500キロのDF-21(東風21)の開発、核弾頭搭載可能なミサイルとそれを装備した巡洋艦・駆逐艦・原子力潜水艦、航空母艦の建設など海軍力の増強などを列挙し、高度の警戒すべきものと指摘している。
著者らによれば、中国の軍拡は以前は台湾武力制圧のためとみるのが一般的だった。今日では西太平洋制圧の意図をあからさまにしており、アジア・太平洋においてアメリカと比肩できるレベルの軍事力を目指していることは明らかである。「中華民族の偉大なる復興」とか「中国屈辱の100年史」の汚名を晴らすとか、「一帯一路」などは「中国が国際秩序を構築するという野望」をあからさまに示すものであるという。
私は以前も引用したことがあるが、2018年1月人民日報の国際版「環球時報」社説はこう書いた。
「今日、中国のGDPはすでに日本の3倍近くになり、両国間の実力比は歴史的に逆転した。日本は中国の台頭を真剣に受け入れるべきであり、中国は19世紀以来、長らく日本に圧迫され侮辱されてきた民族感情を調整する必要がある」
どうだ、わかったか、というわけだ。

「関与政策」の失敗と中国の拡張主義的傾向を認識してから、アメリカは中国軍事研究を急成長させ、民間のシンクタンクはもちろん政府・議会も高度の警戒感を持ってその動向を調査している。冷戦時代のソ連研究がそうであったように、いまもっとも優秀な研究者が中国研究に集っている。
その研究調査組織の第一は、2000年設立の米中経済安保調査委員会(USCC)で、中国国有企業によるアメリカ企業買収、安保問題などを中心テーマとしている。第二は、2000年設立の中国に関する議会・政府委員会(CECC)で、ここには人権・社会問題を重点的にとりあげ、石油・炭鉱・その労働問題など細部(?)のテーマをも扱う専門家が存在している。第三は、国防総省にある軍事力調査機関である。言うまでもないがこのほかに、諜報方面の専門機関として国防情報局(DIA)、国家安全保障局(NSA)、CIAがある。
古森氏は、これに引き比べて日本の中国軍事研究は貧弱に過ぎると嘆いている。

矢板氏が取上げたファーウェイ(「華為」)問題は、アメリカだけでなく日本の対中国政策を考えるうえで重要かつ深刻なテーマである。氏によれば、トランプによる「華為」排除は、その製品にバックドアがついているとか、スパイウェアが入っているとかという問題ではない。いまや局地戦争であれ小規模な紛争であれ、勝敗のカギは戦闘開始直前に相手側インターネットを完全にダウンさせられるか否かである。これに成功すれば敵は何もできなくなる。だから軍のネット防衛の充実はもちろん、民間のサイバー空間の開発競争も今まで以上に軍事的意味を持つことになる。
5Gの世界に突入しようというタイミングで、中国は華為技術有限公司という民間企業を国策企業として使った。民間企業ならば国際社会から警戒されずに進出しやすいからだ。「華為」は中国の国家戦略に従って、移動通信システム向け基地局の整備をはじめ、5Gのネット環境づくりを各国に非常な格安で提供している。2018年12月に「華為」財務責任者の孟晩舟が逮捕されるまでには、同社はほぼ60ヶ国と仮契約を結んでいた。日本のソフトバンクもその中に入る。
これらの国々の通信インフラは「華為」システムで動く。中国は「華為」製品を使っている側の通信インフラについて熟知しているが、相手側には詳細がわからないことを意味する。こうして敵ネットシステムを破壊する必要が生まれたときには、的確に相手の弱点を衝くことができる。これをやられたら、海・空・宇宙軍がいくら強くても中国に勝てない。
トランプ政権はこれに気づいた。かくして2018年末からの「華為」排除は、まさに防衛政策として生まれたのである。米中が全面対決したとき、自衛隊がシステムの一部でも「華為」製品を使っていればどうなるだろうか。

安倍政権は、アメリカに追随して中国とは2012年以来冷たい関係だった。ところが昨年思いがけなく中国の希望を受け入れ、習近平国家主席を国賓として招こうとした。この背景には経済界の強い要求があったものと思われる。だが、古森・矢板両氏はこれに反対である。中国の恫喝外交に7年半も耐え抜いた安倍政権が今さら融和政策をとらないでもよいではないか、これはトランプ米大統領の意向にも逆らうものだというのである。
だが、21世紀に入って日米同盟の役割は、「(アメリカの)世界課題への効果的な対処」へと変わり、日本は財政負担の増加とともに中国の軍拡や海洋進出への対抗措置を求められるようになった。これに従うのは、日本が主体性なき対米依存を続けることを意味する。
両氏の中国に対する批判が事実にもとづくかぎり、私はその主張を是とする。だが、民族の誇りを度外視し対米従属をいつまでも維持するのが祖国の利益であるかのような主張には同意できない。
中国は地理的に朝鮮半島の2国と並ぶ離れがたい隣国である。軍国主義的で拡張主義的な、やっかいな隣人ではあるが、我々は半永久的に中国を仮想敵としておくわけにはいかない。右であれ左であれ、親密でなくともよいが、少なくとも敵対しない共存共栄の日中関係構築の道を求めるのがすじではなかろうか。

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