2020.04.17 「封城」(ロックダウン)下の武漢の暮らし
ー方方女史の『武漢日記』抄訳

田畑光永 (ジャーナリスト)

 新型コロナ肺炎はいまだに世界中で猖獗をきわめているが、発症の地となった中国の武漢市は1月23日から2ケ月半にも及んだ封鎖―中国語では「封城」―が4月8日に解けて、1100万市民の生活はようやくもとに戻りつつあると伝えられる。この封城は外に向かっては、飛行機は発着せず、列車も停まらず、長距離バスも運行停止、隣省との境界には検問所が設けられ、高速道路のインターチェンジも閉鎖という徹底ぶりであった。
そればかりではなく、市民にもきびしい外出禁止が課せられ、自由に買い物にも出られない中で、人々は文字通り息をひそめるようにして、毎日をやり過ごしていた。その実情については、わずかに3月10日、習近平国家主席が同市を訪れ、住宅団地を視察に回った際に、主席へのお付きの説明を聞きとがめた住民たちが「そんなのは全部嘘だ!」と、口々にベランダから声を上げたというニュースが伝えられたことがあったが、それ以外、外部からはほとんど知ることはできなかった。
しかし、その封城の中の生活を冷静に日々記録していた作家がいた。方方という女性作家による『武漢日記』がその作品である。もっとも状況が状況であるから、出版されたわけではなく、インターネットで執筆と同時進行で広く読まれた。少ない日で5万人、多い日は15万人もの目に触れていた。すでに英訳、独訳の出版が決まっていると伝えられる。
作者について簡単に紹介しておくと、本名は汪方、1955年南京生まれで武漢育ち、1978年武漢大学入学、卒業後は湖北テレビ局での仕事を経て現在は作家。湖北作家協会前主席、中国作家協会全国委員。
なお付け加えておかなければならないのは、この作品は現在、中国国内で大きな論議の的となっていることである。ご想像がつくと思うが、この作品がありのままを書いていることが中国にとってマイナスだと考える人々が、権力に近いところにいるからである。
 さすがに『人民日報』など「権威」あるメディアにはまだ見られないようであるが、その系列の『環球時報』などには、「中国の顔に泥を塗りたいのか」といった批判が見られる。それも外国語訳が出版されるとなってから激しくなったように感じられる。
 私も何とかこの作品を読みたいものと思ったが、なかなか遭遇することができなかった。しかし、中国の検索サイト「百度」で2月6日の1日分を見つけ、また本ブログの執筆者の1人、阿部治平氏のご努力で3月8日から24日までを入手することができた。
 私もまだ入手した分全部を読んではいないのだが、早いほうがいいので、読んだ分から抄訳の形で、とりあえずご紹介する。果たして「中国の顔に泥を塗る」ものなのか、「泥とはなんだ」ということを頭の片隅に置いて読んでいただきたいと思う。(200415)
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方方著『武漢日記』から(1)ー2月6日
 今日の武漢はまた雨。空が暗い。暗い中の雨と風は一種のすごみを感じさせる。ドアを出たとたん冷風に打たれ、身震いする。
 けれど今日はいいニュースがいろいろあった。最近で一番うれしい知らせだ。まずラジオで聞いたのだが、病気の蔓延は間もなくおさまるだろうということ。専門家という人が話していたのだが、私は信じられると感じた。それからネット上で盛んに言われたのが、アメリカの研究所で新薬が開発され(中国の専門家が「人民の希望」と命名?)、金銀潭病院での試験では結果は大変によかったそうだ。武漢人はみんな大喜びだ。外出禁止の規則がなければ、早速、街中が大騒ぎになったろう。長く閉じ込められ、長く待ち望んでいた希望がやってきた。素早く、ちょうどいい時に、みんながうちしおれ始めたこの時に。
 しばらくして、誰かがあれは嘘だったと言い、果たせるかな何の結果も出なかったとしても、それはそれでいいではないか。今はいいニュースとして聞こう。二、三日すれば、われわれの期待が本物だったとなるかもしれないのだから。
 みんなが注目していた仮設病院が今日から正式に使われはじめた。中に入ったひとたちからのビデオや言葉が届いた。お粗末とかうるさいとか、そんな類の言葉が多い。でも、一日でできた建物だから、その分不完全なところはこれから早急に改善されるだろう。人が大勢となれば、感じ方もまちまち、まして病人となれば、である。焦燥、不安、煩わしさ、混乱、すべてあるだろう。どうしたって家にいるようなわけにはいかないのだから。
 午後、武漢大の馮天瑜先生からメールが来て、閻志さんが彼に言うには、彼ら2人が展覧センターと武漢ホールの2つの仮設病院の責任を受け持つことになったそうで、全力で万全を期すとのことだった。「テレビの数を多くし、図書コーナー、充電ボックス、ファストフード・コーナーを設ける。患者全員に1日にリンゴかバナナを1つずつ配って、暖かさを感じてもらう」とのこと。よく考えている。
 ほかの仮設病院もおそらく責任制をとるだろうから、閻志さんにできることは、ほかの責任者の大半もできるはずだ。
 武漢はここへきて、それぞれが一番大変なところを過ぎた。ここでさらに焦ってはだめだ。毎日あちらこちらへと彷徨っていたあの病人たちも、静かに室内で横になり、隔離されて医師の治療を受けられる。なにはともあれ、本人たちにも、ほかのみんなにも、よかった。でなければ、今日のような天候の日は、彼らの中のどれほどの人が病状を悪化させたり、路上でたおれたりしたことか?だからわれわれは気持ちを抑え、我慢する。全体の状況が管理下におかれて、はじめて人は安穏を得ることができる。
 朝、中南病院呼吸器科の医師のビデオを見た。彼自身がウイルスに感染し、九死に一生を得た。現在は元気になって、ユーモアたっぷりに経過を話していた。彼は直接、病人に接し、感染した。その後、彼の奥さんも彼が重症となった時に看病して、やはり感染したが、こちらは軽症ですんだ。そこで彼はびくびくする必要はない、という。今回、軽症で済まずに重症になるのは、多くはもともと病気を持っている老人であって、若い人はもし感染しても、体調がよければ、注射を打ち、薬と水を飲めば、たやすく乗り越えられる、とのこと。さらにウイルス性肺炎の特徴は左右2つ肺が周縁から同時に感染し、鼻水や涙が出る明確な症状はないなどなどと語ったが、病いを乗り越えて来た人だけに、話しぶりは信頼出来た。
 だから我々自身はやはり家にいて、恐れないことだ。多少の熱や咳に慌てふためかず、冷静に対処しなければならない。
 今日、政府から全員が体温を測れとの通達が来た。そこで人々は体温の検査中に感染するのではないかと心配を始めた。けれど私の理解では感染の疑いのある人は検温に出かける必要があるが、その他は電話で自分の区域事務所に報告すればいいので、なにもびくびくすることはないのだ。病気との闘いでも、人間はふだん同様、多くのバカな人がバカなことをする。しかし、より多くのバカでない人もバカなことをする。
 私自身のことでは、朝起きてスマホを見たら、お隣りさんからのメモがあった。娘さんが今日、野菜を買いに出たので、ついでに私の分も買ってきてくれて団地の入り口に預けてあるので、起きたら受け取って、とある。それを受け取りに出て戻ると、同じ敷地内に住む姪から電話。ソーセージと「腐乳」(豆腐の漬物)をくれるという、団地の入り口で受け取ってもよかったが、結局、部屋まで一山、持ってきてくれた。一か月、閉じ込められても食べきれないほどだ。災難の中で、同じ船に乗り合わせたものどうしの助け合い、ありがたく、暖かい。
 ブログを書き終えたところで、李文亮医師が亡くなったことを知る。彼は当局の「訓戒」処分を受けた8人の医師の1人で、自身もウイルス肺炎に感染した。今、武漢市の全員が彼のために泣いている。胸中、やるせなさでいっぱい。
注:李文亮医師とは、武漢市中心病院勤務の医師。昨年12月30日、医師仲間とのグループチャットで、市内に多発する原因不明の肺炎について議論し、新種のコロナウイルスか調べていると書き込んだ。すると翌日、市の衛生当局から「デマを流した」などの理由で自己批判文を書かされ、3日には警察の「訓戒書」に仲間7人とともに署名させられた。
 李さんはその後、自身も感染して1月12日に入院したが、1月末、李さんのツイッターやメディアの取材でこの経過が社会に知られると、当局に対する批判の声が高まり、当局側も李さんを擁護する立場に変わり、死亡当日の7日には国家衛生委員会、武漢市衛生局がそれぞれ李さんをたたえる声明を発表した。(続)
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