2020.04.18 右も左も一律現金給付要求の悲喜劇
「一億総サル化」現象

盛田常夫 (経済学者、在ハンガリー)

 安倍首相も外野の声に動かされて、現金の一律給付に傾いているようだ。もともと社会的知性や哲学がある政治家ではないから、政権を維持できるなら何でもOKなのだろう。野党だけでなく、連立与党の公明党からも催促されているのを口実に、人気回復を図ろうということだろう。
 安倍内閣の知性を皮肉り、ポピュリスト政党公明党をおちょくった「アベーロードA」が、YouTubeにアップロードされている(https://m.youtube.com/watch?v=aCghxup9Mw8)。桑田佳祐のビデオクリップ「公明党Brother(Come Together)」である。猫も杓子も「配る金額が少ない」と騒いでいる日本に、この種のパロディは一服の清涼剤である。

 世界を見渡しても、すべての政党が「一律現金給付」を唱えている国は日本ぐらいのものだろう。右も左も、我先に「一律現金給付」を叫ぶのは異常だ。有権者の票しか考えていないからだ。政府の公的累積債務がGDPの240%にもなろうとしている国である。今起きている「一億総サル化」は、アベノミクスが振りまいた根拠のない「幻想」が、本家本元の安倍晋三の想像力を超えて拡大している現象に他ならない。自らが撒いた「高度成長幻想」が膨れ上がった社会的バブル現象である。

 「れいわ新選組」山本太郎が主張する経済政策は、安倍内閣と異なる主張に聞こえるが、本質的にアベノミクスと大差ない。GDP成長至上主義と高度成長幻想にとらわれているという意味で、アベノミクスと同じものである。GDPの何かも知らないで、GDPを減らすことが経済政策の失敗であり、消費増税がGDPを削減したと声高に叫ぶ。消費税を上げればGDPが一時的に減少することは当然のこと。私的消費を社会消費に回すプロセスだから当然である。それを「鬼の首」でも取ったかのように、「GDPの70%を占める消費を減らす」ことは大罪だと声高に叫ぶ。財政赤字はやがてGDPの成長によって解決されるという根拠のない楽観論も、アベノミクスと同じである。
もっとも、このような主張は山本太郎が考えついたことではなく、それをバックアップする「経済学者」の主張である。山本はそれに乗っかって、有権者の票集めのために利用しているだけのことだ。アベノミクスに対抗するように装ってはいるが、本質的にアベノミクスの罠に嵌った政策提言でしかない。

 財政赤字や公的累積債務を懸念する必要はないという主張の根拠になっているのが、近年、アメリカで流行しだしたMMT(Modern Monetary Theory)である。基本的に国内で国債が消化されている限り、国内の財政赤字を気にする必要はなく、政府が大胆な財政政策を展開しても問題ないという主張である。しかも、その成功例として挙げられているのが、アベノミクスの日本である。これだけの公的累積債務を抱えていてもインフレにならないのだから、その主張が証明されているというのだ。
 この種の主張はいくらでもある。「失業者はすぐに死ぬわけではないから、多少の失業を気にする必要はない」というのと大差ない。「ソ連は70年、東欧社会主義国は40年存続した。北朝鮮は70年以上も生き延びている。だから、体制崩壊を心配することはない」というのと同じだ。
 だから、「今現在、インフレになっていないから、財政赤字を拡大しても問題ない」のだろうか。体制が崩壊するのは戦時だけではない。体制負債が許容限度を超えた時に、それまで抑えられていた現象が一挙に顕在化する。もっとも、国民経済の発展度が高ければ高いほど、経済の奥行きが深く、負の現象がすぐには顕在化しない。「すぐ現象しないから問題ない」のではない。自然災害や人災によって、一挙に積年の負債の処理を必要とする時がくる。その時に累積債務の大きさにしたがって、ハイパーインフレが起きる。
 一種のロシアンルーレットである。今、弾丸が発射しないから大丈夫なのではなく、何時か必ず発射される。その時の体制崩壊はGDPの数%の低下では済まない。ソ連と東欧諸国は体制崩壊によって、GDPの30~70%を失った。戦争を経ることなく、国民経済が崩壊したのである。左派はこの歴史から何も学んでいない。いったん体制が崩壊すると、その復興には10年20年、いやそれ以上の時間を要する。累積債務の大きさによって、国民が失う資産の大きさも異なるが、多くの金融資産は無に帰す。そういう経験を後世に伝えているドイツが財政均衡主義を維持している。だから、今次のコロナ禍でも安定した救済策を講じることができる。
 財政収入の20年分以上も将来世代に付け回ししている日本がその痛みや行く末を理解できないのは、「そのうち儲けて損失を取り戻すから」と博打を打ち続けるようなドラ息子が宰相に居座っているからだ。無能宰相を後押しするアベノヨイショが、無責任な言動で焚きつけている。そして、政党のみならず、国民が皆ドラ息子の放蕩に汚染されている。これは悲劇だろうか、それとも喜劇なのだろうか。

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