2020.05.04  トランプ現象と安倍政権
  右派ポピュリズムはどう克服できるか?

小川 洋(大学非常勤教師)

トランプの大統領当選以来、その社会的原因を探る本が数多く出版さている。筆者が読んだなかで最も多くの示唆を得たのは、アーリー・ホックシールド『Strangers in Their Own Land』(2016年)、(邦訳:『壁の向こうの住人たち』、岩波書店)である。ルイジアナ州のティーパーティ運動を取り上げたものだ。

ルイジアナはアメリカでもっとも貧しい州のひとつである。ただ、メキシコ湾岸から内陸部にかけて石油が産出される。歴代の州知事は、多額の予算を組んで石油企業と化学関連企業の誘致をしてきた。これらの装置型産業は、地元に大幅な雇用増加をもたらさず、かえって地盤沈下や大気汚染などの公害を引き起こし、住民生活を脅かす。厳しい公害監視が必要となるはずであるが、小さな政府を理想とするティーパーティは、企業活動の規制に反対し、公害被害者への補償にも消極的な共和党を支持する。彼らは環境問題以外にも、移民やジェンダーなどの問題をめぐるリベラルな政治的主張に拒否的態度をとる。

このような態度をどう理解すればよいのか。ホックシールドは、活動家などへの徹底したインタビューを通して、彼らの政治姿勢の根本に”deep story”のあることを見出し、埋火のように燃える怒り(Anger)があると指摘する。リベラル派が、科学的根拠あるいは社会正義の観点から政治課題を論じようとしても、彼らを説得することは無駄に終わる。
アメリカン・ドリームという言葉がある。開拓時代以来、アメリカ人の間には、自由な個人の努力によってのみ、夢=豊かな生活は実現されるとする考えが強く共有されてきた。大きな政府は「余計なこと」をすることで、夢に向かって努力する人々の動きを乱す有害な存在と見做される。リバタリアニズム(自由至上主義)と呼ばれる、アメリカ特有の政治思想であり、ティーパーティの政治運動もこの思想を共有する。

ホックシールドの結論のキーワードは「行列」である。ティーパーティの支持者らは、どんな仕事(おもに肉体労働)も引き受け、まともに(異性と)結婚し、家庭を築き、夢の実現に向かって努力してきたと自負する。ところが60年代以降の公民権運動が、黒人やヒスパニック系移民、先住民さらには日系人などの被害補償や権利保障を訴えるようになった。さらには、「家庭に縛り付けられ、職業差別も受けてきた」女性たちや、性的嗜好を隠してきた同性愛者たちまでが、「正当な待遇」を求めて声を上げるようになった。
ティーパーティの人々の「物語」とは、真面目に働いて夢に向かって並ぶ行列の前方に、不当に割り込む連中が現れ、自分たちは前に進むどころか、目標から遠ざけられているのだ、というものである。さらに、東部や西部のリベラリスト(とくにマスメディア)からは、田舎者と揶揄されて侮辱されてきた。つまり彼らは、自分たちが正当に評価されるどころか、ろくに努力もしていない連中にズルをされ、さらに口達者な連中に侮辱されてきた、というものである。当然のように、そこには怒りが生まれ、リベラリズムを掲げる民主党への反感となり、トランプを支持する姿勢につながったのだという。

筆者には、このような議論から思い出す強烈な体験がある。90年代半ば、首都圏の公立高校に勤務していた筆者は周年行事の企画を任された。当時、中教審委員として異色な議論を張っていた人物を招いたシンポジウムを計画した。委員は受験競争抑止のために、各高校からの有力大学への進学者数制限を主張するなど、彼の議論は大きな反響を呼んでいた。
しかし当日、演台に上がった委員は、意外な話題を取り上げた。広く導入されていた大学入試の帰国子女枠への攻撃を始めたのである。80年代のバブル期、日本企業は大挙して欧米各地に支店を展開し、多くの社員を海外派遣した。その子どもたちの帰国後の教育が大きな社会問題となり、対策として高校や大学入試への特別枠が設定されたのである。委員は、選抜方法が不公平だ、生徒の学力が不十分である、日本人としての自覚が足りない、などさまざまな理由を挙げて、これを批判した。想定外の展開に驚く筆者をそれ以上に驚かせたのは、聴衆(大部分は母親などの保護者)が賛同を示す激しい拍手を繰り返えしたことだった。

この時期の高校生について、多少の説明が必要かもしれない。彼らは第二次ベビーブーム世代で、子どものころから厳しい競争に晒されてきた。親たちは、子どもを少しでも有利な順番(偏差値)に並ばせるため、塾などの投資もしてきた。ところが大学の門前まで来たら、行列に並んでいなかった一群の受験生たちが脇の門をくぐっていく。中教審の仕事をしている人物が、その制度を攻撃してくれたから、熱烈な拍手となったのである。
ついで00年代後半になると、嫌韓、嫌中といった近隣諸国を攻撃するヘイト本が多数出版され、また実際にはありもしない「在日特権」を言い立て、外国籍の日本在住者へのヘイト活動も広がった。公務員へのバッシングも激しかった。ヘイト本のおもな購入者は、いくつかの調査によれば、中高年の自営業者や会社員が多かったという。中教審委員の話に拍手を送った世代にも重なる。

なぜ彼らは排外主義的なポピュリズムに同調したのか。バブル崩壊後の日本経済が低迷するなか、韓国や中国(台湾を含む)の経済成長は目を見張るものがあった。半導体や液晶の技術競争では、日本は完敗した。日本企業は収益の見込める部署以外を切り捨て、中高年社員の整理に乗り出す。仕事を取れなくなった中小企業の中には日本から脱出したものも多い。この荒波に飲み込まれた者の多くは、日本経済がバブルに向かう時期に社会に出た人々だった。行儀よく行列に並んでいれば、組織内での出世、企業家としての成功など、それなりの人生を歩めると期待していたはずだ。しかし努力を怠っていたわけでもないのに、雇用もビジネス環境も不安定化し、それらの夢は遠くなった。そもそも行列がどこに向かっているのか分からなくなり、行列から脱落し、あるいは自ら離れる者が急増し、行列自体が体をなさなくなった。行列を壊した犯人は、帰国子女とか公務員あるいは在日外国人、韓国や中国であるというわけである。

12年暮以来、安倍政権が続いてきたのも、日本人を覆うこのような鬱屈した被害者感情に根を張り、そこから栄養を吸い上げてきたからではないか。実際、政権や地方首長らが時折、公務員を攻撃したり、嫌韓や嫌中を煽ったりしてきた。また安倍政権は、アベノミックスを唱えて株価を吊り上げ、統計データの操作をしてまで日本経済の好調を装ってきた。国民の多くは、足許が怪しくなればなるほど、「成長を続ける日本」という政府の描く絵のなかに救いを求めようとしてきたのではないか。だとすれば、トランプ政権と安倍政権は相似形である。

このような状況の克服はいかにして可能か。ホックシールドは以下のような行動を提案する。第一に、司法の独立や報道の自由など、民主主義を支える仕組みを守ること、第二に、辛い生活経験をしている人々の問題に取り組むこと、第三に、投票に出かけること(アメリカでも若者の投票率は4割程度である)、第四に、党派を超えた新しい政治運動を育てること、の4点である。
トランプ政権と安倍政権はともに、コロナ禍でその指導力に大きな疑問符が付き、政権の先行きに黄信号が灯っている。危機的な状況のなかで、なすべきことの優先順位を付けられずに右往左往する政府は、無益どころか有害である。まともな政府を取り戻すために、これらの提案は日本にとっても大いに参考になるだろう。
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