2008.10.11 琉球と日本の歴史の真実に迫る稀有なエンターティンメント
〔書評〕池上永一著『テンペスト』(上下)(角川書店、各¥1680)

雨宮由希夫 (書評家)

エメラルドグリーンの海に映えわたる、あざやかな丘の上の真紅の宮殿である首里(しゅり)城は1945年(昭和20)のいわゆる沖縄戦でアメリカ軍の攻撃により全焼してしまった。現在の首里城は戦後に復元されたものであり、往古のそれではないのは残念無念である。
琉球国は、1429年に尚巴志(しょうはし)によって樹立され、1879年(明治12)いわゆる琉球処分によって滅びるまでの間5世紀に及び、我が国の南西諸島(北は奄美大島から南は台湾の手前の与那国=よなぐに=島に及ぶ島嶼)に存在した王制の国である。王の姓を「尚」といい、王都首里城を「王府」と呼称したことから読み取れるように、中国(明・清)と朝貢関係にあり、中国皇帝の冊封を受けた琉球は中華文明の衛星国家であった。
一方、琉球は江戸時代を通じ、徳川幕府の容認の下、薩摩島津家の支配下におかれて幕藩体制に組み込まれたが、中国との伝統的な関係は維持され、王国体制も温存された。見方を変えれば、琉球王国は日本と清国の二重支配を巧みに利用しつつ、微妙で危い国際関係の中で近世を生き抜き、近代を迎えた、といえる。
アジアの近代は阿片戦争にはじまる。阿片戦争(1840〜42)をひきおこしたイギリスを嚆矢とし、欧米列強のアジア侵略は積極的で、日本の鎖国を許さぬ方向に国際情勢は流れていた。アメリカは英仏に先駆けて日本を開国に踏み切らせるべく、ペリー提督率いる強力な米国艦隊を派遣し、ペリーは対日交渉の格好の前線基地として琉球を利用しつくした。
真鶴(まづる)と孫寧温(そんねいおん)という二つ名を持つ絶世の琉球美女をヒロインとする、この歴史時代小説の時代背景は、日本史的に言えば、幕末明治であるが、奇想天外にして稀有壮大なドラマ・ストーリーの創造性の深さはすでにして狭義の日本史を飛び越えている。書名「テンペスト」(嵐)の由縁である。

真鶴は父から、自分が由緒正しい第一尚氏王統の末裔であると知らされる。刑死する父の遺言は「現政権を斃し、旧王朝の末裔たるわが一族で琉球を再興させる」ことであった。王宮に入り込むためには科試(琉球の科挙に相当)に合格し官吏に登用されねばならない。家出した心優しい兄に代わって、真鶴は科試を受けようとする。それには真鶴という女を捨て男として生きることを意味した。かくして、宦官・孫寧温が誕生する。
科試最年少合格者の寧温は王宮の評定所筆者に抜擢され、財政構造改革に着手する。琉球王府独特の行政機構に根ざす慣習が待ち受けているが、聡明な頭脳と男をも凌駕する強い意志を持つ寧温は難題に果敢に挑戦する。
かたわら、真鶴という女を捨てきれない寧温は浅倉雅博(まさひろ)という名の薩摩のサムライに恋をする。初恋であった。雅博は薩摩の出先機関・御仮屋(うかりや)の役人である。琉球の出先機関である清国福州の琉球館からの情報は逐次御仮屋に入ってくることになっているが、雅博はそうした諜報より琉歌や琉球舞踊などの琉球文化に興趣を抱く日本青年である。
性を偽って王宮に潜り込んだ妹の嘘で塗り固めた生き方を危ぶみ陰に陽に寧温を見守るのは、王宮の花当(はなあたい)として出世の道を切り開いていく兄の嗣勇である。
寧温の素性がいつ、どのような形で暴かれるのか、読者はハラハラドキドキしながら頁を繰ることになるが、寧温の秘密の匂いを嗅ぎつけ寧温を絶体絶命の危機におとしいれる人物が二人登場し、物語に琉球ならではの特異性を加える。
一人は、王府の宗教祭祀を統括する王族神の聞得大君(きこえおおきみがなし)で、もう一人は清国から派遣されて琉球王国の国相の重職にある徐丁垓(じょていがい)である。
琉球王国の未来のため寧温は徐丁垓を討つが、国相殺しの重罪から逃れえず、表十五人衆という王府の重臣の地位から転落し、八重山に一世流刑となる。一世流刑とは流刑地で余生を過ごし、流刑地で死ねという終身刑に等しい。
八重山で寧温は、冊封体制というふるい世界は衰亡し、近代という新しい時代がやって来たことをいやがうえにも実感する。米国海軍サラトガ号が八重山に碇泊していることを寧温は目撃するのである。サラトガ号はやがて日本に開国を促すことになるペリー艦隊の黒船の一つで、一足先に八重山諸島へ訪れていたのである。
八重山在番(ざいばん)の目に留まった寧温はやがて真鶴として流刑地から王宮に戻ることになるが、沖縄島に着くやいきなり御内原(うーちばら)に入れられ「あごむしれ」(側室)にされてしまう。
しかし、時代は幸か不幸か、ふたたび寧温を欲していた。
1853年5月26日、ペリー率いる米国大艦隊が那覇港に投錨したのだ。碇泊するペリーの大艦隊をみて、薩摩派、清国派を問わず王府の重臣たちは右往左往する。琉球は亡国の危機に瀕し、ペリーとの外交交渉を担わせるべく、尚泰王(しょうたいおう)は寧温の罪を許す。「表十五人衆・日帳主取(ひちょうぬしどり)の孫寧温」の完全なる名誉回復である。
「昼の宦官・寧温」こそ、王が夜な夜な組み伏せている「夜の側室・真鶴」であることを王は知らない。寧温はまるで毎日シンデレラをしているような綱渡りの二重生活を送る。性が入れ替わる二つの人格を演じ分けることによって、寧温は琉球の危機を救う・・・。
 本書は掛け値なしに面白い。歴史の真実に迫るに類まれなるエンターティンメント性を加味して、とどまるところを知らない。
  ペリーといえば、“浦賀の黒船”と理解している大方の歴史常識を覆し、琉球の地に根ざし、琉球人の視点で、日本の開国に密接に絡む琉球の嵐のように吹きすさぶ時代として、近代を描きつくしている。
独立国ながら二重外交に甘んじる琉球を描くに、浅倉雅博と徐丁垓の人物を造形し、日本(薩摩)と清国の不気味な関係を浮き立たせていること、首里城が持つもう一つの顔である神殿としての機能から琉球独特の複雑な宗教祭祀がいかに社会に多大な影響をもたらしたかということ、八重山は希望果てる南海の孤島などではなく、奄美諸島とは異なる自立した風土であったことなどが生き生きと語られている。
かつて、司馬遼太郎は、「沖縄人は、独自の神話をもち独自の古典をもち、さらには世界のどの民族にも誇りうる民族文化をもっている以上、他から堂々たる独立圏としての尊重と尊敬を当然うける権利をもっている」(『街道をゆく』「沖縄・先島への道」)と書いたことがあるが、まさに沖縄がそのような独立文化圏を形成していたことを歴史時代小説の世界で実証したのが本書であると言いうる。
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