2020.05.16 「封城」(ロックダウン)下の武漢の暮らし
       - 方方女史の『武漢日記』(8)

 
田畑光永 (ジャーナリスト)
                       
3月14日

 快晴。桜はまだ満開だろうか。桜見物の開放日は、いつも雨が降ったり、風が吹いたりだとよく言われるが、それも2,3日ですっかり散ってしまう。満開を見て、すぐに落花の寂しさが来るから、その命のはかなさが人にあまたの感慨をもたらす。
 病気のほうは引き続き好転が継続。感染の新確認数はますます少なくなって、このところ一桁が続いている。でも昨日、ある友人は数字にウソはないのだろうか、と心配していた。以前、隠蔽があったから、みな不信感でいっぱいだ。万一、数字の見栄えをよくするために、万一、自分の成績のために、また隠蔽が行われたらどうすればいいのか?この心配はよくわかる。まさに「一朝、蛇にかまれて、十年、縄を恐れる」だ。この心理がいろんなことを疑わせる。だから私はもっぱら友人の医師たちを問い詰める、「数字をごまかす可能性は?」。彼らは決然と答える、「ありえない、隠す必要がない!」。これは私の望む答えだ。
 午後、同窓の狐(ホー)さんから連絡があった。彼の父親の胡国瑞先生は私の老師で、宋詞を教わった。先生の講義は素晴らしくて、よその学部の学生も大勢聞きに来るので、教室はいつも満員、とうとう老斎舎の大教室に移ったほどだった。
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狐さんの連絡は気持ちを奮い立たせてくれた。私はそれを2行にメモした。1、いい知らせ、易凡は危機を脱し意識を取り戻した。今日はビデオをとって、古い同級生と言葉を交わした。易凡の9歳の女の子はパパに何枚ものカードを描いた。胡渣も意識を回復した。北京の中日友好病院は奇跡をつくった。2、2日前に貴方の文章にあった死線をさまよっている2人の医師、易凡と胡衛峰(胡渣は彼の別名)はたまたま私の近所のジョギング仲間の同窓で、彼女は毎日、2人の容態を知らせてくれる。今日は「彼らの意識が戻った」と。
悶々とした日々の中で今日ほどのいいニュースはない。易凡は中心病院の胸部外科の副主任医師、胡衛峰は泌尿器外科の副主任。何日か前の新聞では彼らはなお危篤状態とのことだった。日記にもそう書いた。今、彼らはよみがえった。ほんとによかった。よかった。あと2人の医師が死線をさまよっている。優れた医師たちが彼らを呼び戻してくれると信じる。
中心病院は今回、医療人員の感染がひどかったので、ずっときびしい世論にさらされていた。しかし、これまでのところ病院の指導部がいかなる処分を受けたとも聞いていない。ネット上では病院の主だった幹部の責任を追及する声が絶えないが、病院の指導部は轟々たる世論の中で微動もせず、行方をくらました。まるで蒸発したごとく、そしてどの1本の糸も処分されたとは聞かない。武昌区の区長、青山区の副区長はみんなが議論を始めるやまもなく、やめさせられた。上級から処理の責任者がやってきたが、どんなルートで、基準はなんなのか、さっぱり分からなかった。分かったことは死傷者がどれほど多くなろうと、指導部が責任をとるとは限らないということだ。この話はここまでにする。これ以上言っても仕方がない。
今日はメディアの記者の話題でネット上に議論が飛び交った。内容きわめて豊富。私も何回か言葉をはさんだ。まず中心病院の艾芬医師が自分は呼子(小さな笛)をスタートさせたと言い、みんなは李文亮医師がその吹き手だったと認めた。つまり呼子は艾芬の手から李文亮の手に渡った。ならば李文亮の手からそれを受けとるのは誰であるべきだったか。李文亮が警察から訓戒処分を受けたことは警察が彼から呼子を没収したことにはならない。警察はかえって呼子の音をさらに大きくした。
新型ウイルス現る、のニュースは2019年12月31日に天下に知れ渡った。すくなくとも私はこの日にこのニュースを知った。次の日、警察が「8人のネット参加者」を訓戒したことは各新聞と中央テレビに出た。しかし、これは呼子が没収されたことにはならない。では、呼子を引き継ぐのはだれか?つまり、次の吹き手はだれであるべきか?
武漢には2つの大きなメディア集団がある。長男は当然、湖北日報メディア集団で、次男が文句なしに長江日報ニュース集団である。2大集団に記者は何人いるのか?私は知らない。検索サイトの「百度」によれば湖北日報メディア集団旗下には「新聞7、雑誌8、ウエブサイト12、移動クライアント端末5、出版機構1、関連会社(独立、資本支配)56、全省17市・州に分社(記者室)があり、湖北最大のニュース発信および湖北PR情報の重要な窓口となっている」。この勢力を見れば、長江集団のほうも旗下の新聞、雑誌、ウエブサイト、会社も少なくなかろう。調べるのに疲れたが、こんな膨大な2つの集団だからニュース記者の数も少なくないだろう。
記者の職責と使命はなにか?たくさんあるだろうが、私の理解では社会と民生を注視することは職責と使命のうちの最重要な一条であるはずだ。とすれば、問いたい。「新型ウイルスが見つかった」、これは爆発的ニュースであり、「警察が8人のデマを流したネット参加者を訓戒」、これもちいさなニュースではない。ともに社会と民生に大いにかかわるものだから、記者はニュースを流した後もさらに続報を伝えるべきだろう。ウイルスはどのように発見されたのか、感染は起こったのか?8人のネット参加者はどういう人間か、彼らはなぜデマを流したのか?などなど。
この種の事件に対して、プロの記者なら本来、高度の職業的敏感さをもって、呼子の李文亮に会ったはずだ。しかし、彼らはどうだったのか?「記者は現場ではなく、現場への路上にいる」などというありきたりは言わない。もし当時、ある記者がしっかり新型ウイルスを調査して、病院の医師たちがばたばた倒れていることを知り、また、8人の「デマ飛ばし」がじつは医師たちであること突き止め、高度の職業精神をもって会社と交渉して自分の声を発していたなら、結果はどうだっただろう?武漢はこんなにも長い間、惨烈な現場となっただろうか?あるいは湖北全省が閉じ込められたり、見捨てられたりしただろうか?さらに国中がさまざまな損失を被っただろうか?
勿論、私も信じたい。湖北にしろ武漢にしろ、たくさんの優れた記者はいて、追跡し、調査し、原稿も書いた。しかし、それは陽の目を見なかった、と。いやひょっとすると、彼らはこのテーマを提起したところで、却下されてしまったのかも。もしこういうことが本当にあったとすれば、それでもいくらか慰めにはなる。けれど、残念ながら今のところ、そういう話は聞こえてこない。嗚呼、艾芬はとうに呼子を手放した。李文亮の呼子はひと声鳴り響いた。その後、呼子を受け取る人はいなかった。呼子の音は2つのニュース業集団の放歌高吟の中に消えていった。
ウイルスは休むことなく蔓延し、拡散していった。医療従事者は1人また1人と倒れていった。そしてわれわれの新聞は1部また1部と色彩豊かに、笑顔、赤旗、美しい花、歓呼で埋め尽くされていた。私のような庶民でも新ウイルスにかかるとひどいと聞いて、1月18日から出かける時はマスクを着けているのに。
商業メディアはどうだったのか?19日には「万家宴」(大勢が食べ物を持ち寄って食べる行事)を伝え、21日には省の指導者が大規模親睦会に参加したことを報道した。毎日、庶民を賑やかな世相に浸るように導き、一言も気づかせる言葉はなかった、新型ウイルスが大きく口を開けて貴方の家の入口にいることを。
春節から仮設病院ができるまでのあの日々、千をもって数えられる人々の人生の悲惨に、そして自らの職業の履歴の中での最も重要な使命感と果たすべき職責を放棄したことに思い至る良心を持つ人がいたかどうか、私は知らない。そして市民を目覚めさせ、市民を誤まらせないように導くべき責任が誰よりも大きい2つのメディアのトップの人たち、あなた方も引責辞職すべきではないのか?
長江日報のW記者が言った、方方さんにできることは「妄議」(妄りに論じること)だけです、と。よくぞ言ってくれた。ほかのことはだめでも、この言葉はしっかり勉強した。よし、もうひとくさり、妄議しようではないか。(200507)
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