2020.05.18  日本メーデー100周年
      1世紀以上前の労働者像に逆戻りの様相

杜 海樹(フリーライター)

5月1日と言えば労働者の祭典・メーデーであり、今年は日本でメーデーが開催されてから100周年という記念すべき年であった。本来であれば大々的に集会が開かれ、1世紀を掛けて獲得してきた成果を再認識し、未来に向けて更なる発展を誓うところであった。しかし、新型コロナウイルス感染症の深刻な影響でほとんどの労働組合はメーデーの開催を断念、連合や全労連も各種ソーシャルネットワーク上での映像開催となった。小規模でのメーデー開催を実施した組合も幾つかはあったが、新聞報道等されることもほとんどなく、大局的にはメーデーの開催が見えなくなってしまった。
 
メーデーの起源はと言えば、1886年5月1日、アメリカ・シカゴ周辺の工場労働者が、劣悪な長時間労働に抗議し8時間労働制を求めてストライキをおこなったことだとされている。そして、ストライキの後には労働者が射殺されるという事件が起き、労働者への弾圧は次第に熾烈さを極めていったという。
日本での最初のメーデーと言えば、1920年5月2日の上野公園でのメーデーとされている。アメリカ同様に8時間労働制を掲げ、数千人の労働者が上野公園を埋めつくしたとされている。
しかし、その前日の5月1日に横浜でメーデーがおこなわれたという記録が残っているのをご存じであろうか。横浜では1920年5月1日に横浜仲仕同盟会設立大会が開かれ(仲仕とは港湾で荷を運ぶ労働者)、横浜仲仕同盟会の労働者たちがこの設立大会にあわせてメーデーを行った旨の記録がある。

日本列島は島国であり、100年前の海外への窓口といえば空ではなく港(海)を通してであり、港から様々なもの、食料、肥料、原材料はもちろん各種技術や制度も港を介して入って来ている。メーデーもその例外ではなく、その内の1つだったのだ。
しかし、歴史の巡り合わせというものは何とも不思議なもので、日本最初のメーデーから丁度100年後の今年、新型ウイルスが大型客船に乗って横浜港にやって来た訳だ。そして、このウイルス感染症拡大を契機に、労働者の雇用・労働条件は一気に100年以上前に逆戻りし始めている。

新型コロナウイルスは瞬く間に世界中に拡散した。日本においても緊急事態宣言が出されて多くの事業がストップ、各種労働相談の窓口には途切れなく悲鳴同様の相談が寄せられるようになり「解雇された、契約解除された、住居(寮等)を失った、休業補償がない、賃金補償がない、内定が取り消された、所持金が底をついた…」と、また、企業側の方も「事業収入がなくなった、資金繰りがつかない、顧客がいなくなった、倒産した…」と散々な事態となってしまっている。

国際労働機関(ILO)本部は、4月29日、「雇用喪失が拡大する中、世界の就業者の半数近くが瀕している生計手段を失う危険」を公表、世界で3億人分相当の労働時間が失われる危機に直面する旨の警鐘を鳴らした。アメリカでは数千万人の失業が懸念されており、日本でも今後どれほどの失業者が出るか全く分からない事態となっている。政府は雇用調整助成金や特別給付金の支給などで対応しようとはしているが、危機的状況の進行に全く追いついていない。街の商店街を見渡せば、休業の張り紙が廃業の張り紙に徐々に変わりつつある。ホームレスの方々も日増しに増えて来ている。外出自粛をと叫びながら、その一方で帰るべき住居を失わせてどうするというのであろうか。

21世紀に入ってからの日本は、新自由主義だグローバリゼーションだと声高に叫びつつ、アルバイトや派遣労働者への転換を推進し正規雇用を減少させてきた。その結果、大半の職場はギリギリの人数での自転車操業常態化となり、風邪で40度の高熱が出たとしても「這ってでも出て来て仕事をしろ・・・」といった様な惨状にあった。こうした事態に追い込んで来たのは一体どこのどなただったであろうか?昨年来、医師の残業時間が年間最長3000時間にものぼると言われながらも黙認して来たのは一体どこのどなただったか?介護の現場が低賃金で人が次々に止めていくと言われながらも黙認し続けて来たのは一体どこのどなただったか?今更人がいるわけがないであろう。

ところで、今や全世界はコロナショックで保守化を通り越し、空港からは人の姿が消え、鎖国化の懸念すら感じられる事態となってきている。アメリカはトランプ大統領が登場した頃からアメリカ第1主義を強く唱え保守化を加速させてきたが、コロナショックで益々保守化が強まることは十分に予想される。アメリカ以外の農産物輸出国でも自国優先傾向が強くなることは避けられないと思われる。そうなれば、食糧を輸入に頼り、労働力を海外に求め、産業をインバウンドに期待して来た日本は大打撃を被ることとなり、本当にただ事では済まない緊急事態ということになり兼ねない。
今後、日本がどういう方向で舵取りをしていくのか現段階では全く分からないが、何にしても相当の覚悟を持って臨まなければならなくなってしまったことだけは確かだ。労働現場への皺寄せが放置されて来た代償は余りにも大きい。
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