2020.05.25 「封城」(ロックダウン)下の武漢の暮らし
       - 方方女史の『武漢日記』(10)
 
田畑光永 (ジャーナリスト)
                        
 3月16日
空がまた暗くなった。しかし、花咲く春、の花は「多彩多姿」だ。色彩が陰鬱を細かく砕いてくれる。だから抑えつけられる感覚はない。離れた江夏(市内の旧武昌区が江夏区となった場所、筆者はそこにも家を持っているようだ)のお隣さん、唐小禾(トウショウカ)先生が我が家の門前の写真を送ってくださった。迎春花が咲いていて、黄色が輝いている。海棠(カイドウ、バラ科の1種)は盛りを過ぎて、散り始めている。その落ちた花弁が迎春花の地面すれすれの緑の葉と組み合わさって、とても情緒がある。唐先生の家の紅玉蘭は毎年、素晴らしい。密生して輝く。傍の道を通ると世間が沈んでいる時でも、その赤い花は喜びの空気をあたりにしみこませている。
 今日も病気の状況はここ数日と大きな変化はない。低位に張り付いたといった感覚である。新しく確認された患者は相変わらず数人で、生死の線上にいる重症者は3000人強である。仮設病棟はすべて休院。ただ、今日、どこからか分からないが、仮設病棟を休院にしたのは「政治休院」で、病気の状況がよくなったわけではない、という話が伝わってきた。
 ただ私の印象では、数日前にも言ったように病院のベッドは足りているし、回復していない患者はすべて病院に入った。治った病人はホテルで14日間の隔離に移っている。だからその噂は根も葉もないものなのかどうか、友人の医師にどう思うか聞いてみた。答えはきっぱりしたものだった。「間違いなくデマだ!そんな必要もないし、そんなことできない。徹底的に蔓延を抑えるのが政治の現在だ。0になるまで入院患者を積極的に治療する。政治が予定より早く病院を閉めろなどと言うはずはない。伝染病は隠しきれない!ここでの重大な是非は政府を信頼することだ!いくら向こう見ずでも広い空を隠すことはできない!急性劇症伝染病は徹底的に抑えなければ必ず蔓延する。誰も隠せない!」。「!」は全部、友人本人がつけたものだ。私はこの話の方を信ずる。
 ウイルスはとうに政治至上主義のチャブダイをひっくり返してしまった。今さらだれが隠蔽など考えるだろうか?1か月余り前の武漢の恐ろしい情景を再現しようと思う人間はいないだろう。
多くの人間がウイチャットで厳歌苓(ゲンカレイ、女性作家、1958年上海生まれの米国籍中国人)の文章を転送し合っている。私にも友人が送ってくれた。タイトルは『借唐婉三字:瞞、瞞、瞞』(末尾に注)。遠くベルリンにいる厳歌苓も武漢を注視し、心配している。だいぶ前になるが、湖北省作家協会が主催して、世界華人女性作家会議を開いたことがあった。厳歌苓も武漢に来た。その時、私たちは彼女に武漢大学で講演してくれるように頼んだ。当日、私は行かなかったが、会場は超満員だったそうだ。
厳歌苓は直観が鋭い。彼女は今回の感染症が最初の段階から災難に転化してゆく過程を重要な一つの文字:「瞞」と捉えた。後になって抑え込んだとしても、最初に蔓延が進んだ肝心の段階には、「瞞」の字が見えないところはない。それにしても、なぜ「瞞」だったのか?故意か、手落ちか?あるいはほかの原因か?とりあえずこれは保留しておこう。
 そこで、親愛なる歌苓さん。貴方の文章を読み終えました。大変感動し、感慨を覚えました。しかしまだ友人たちに回すことはできません。削除されてしまうでしょうから。ご存知と思いますが「瞞」の兄弟分は「刪」(削る)です。われわれはこの「瞞」の兄貴分にさんざん痛めつけられてきました。ネット上でいつ、どんな原因で、条令違反を犯したのか、自分では全く知らなくても、誰もそのことを貴方に言わなくても、そして受け入れないと言っても、受け入れざるを得ないのです。
 今、文壇が驚いているニュースはLlosaの本が全部、書店の棚から降ろされたことだ。こんなことがありうるのか?まったく信じられない。Llosaを読んだのは青年時代だった。あの頃、作家はみな彼を読んだと思う。多くの人が彼の文章の運び方、そして型にとらわれない構成を喜んだ。しかし、実のところ、私が読んだ彼の本は3冊を越えてはいないはずだ。それも最も人気の高かったものを。しかし、このニュースを聞いて、ほかの作家たちと同様、私もまず驚き、次に怒り、最後は悶々とするしかなくなり、何と言っていいかわからず、その実、ぶつぶつ言う以外、モノを言う場所とてない。Llosaが何を言ったとしても、彼は政治家ではない。作家ではないか。
 数日前にこういう文章を読んだ。そこに作家を形容するこんな一句があった。「書くことのもっとも基本的で、最高の使命はデマに打ち勝ち、真実の歴史を明らかにし、人類の尊厳を回復することだ」。誰が書いたのかは知らない。Llosaはもう80歳を過ぎているだろう。われわれはなにをすればいいのだろう。「瞞、瞞、瞞」の三字は唐婉と陸游(末尾の注)の愛情物語に登場することは多くの中国人が知っている。ここでは陸游の詩から字を三つ借りてこよう、「錯、錯、錯」(誤りの意)。
 今日、知ったのだが、よそから湖北に助けに来てくれた医療人員がすでにグループごとに帰り始めたそうだ。ところが「開城」のニュースはさっぱり聞こえない。耳をそばだてる話がネット上を乱舞しているが、デマもかなり多い。ウイルスも獰猛だが、ウイルスよりもっと手ごわいのが彼の前に立ちはだかっている。それは、多くの人が生きていけなくなった、ということだ。
今日、北京の1人の記者が私に「湖北人の呼びかけ」という文書を送ってきた。それで数日前に聞いたそれの電話録音を思い出した。あらためて文章を見ると、きわめて客観的で事理は明晰だ。そこで提起しているのは政府が考えなければならない問題である。その主要部分をここに記録しておく。
私は自分の言ったことの法律的責任を負う。あなた方はウイルスを防除する。われわれ一般庶民は大いにそれを支持し、大いに協力する。しかし、こうも長期間、50余日も閉じ込められると、不健康とされるべきも健康ということになってしまう。あなた方は個別の事情に応じて政策を適用すべきだ。あなた方政府はなぜなにも行動しないのか?
こうして毎日毎日、家の中でじっと待っている。あなた方はなかなかいつということを言わないが、こっちにも目安が要る。3月末、4月末、それも時間だ。でも、現在はもはや時間は問題ではない。何の希望もなしに、こうして家でじっと待っている。一日一日の生活費、みな一家の主だ。金をかせいで朝から晩までの食う、飲む、油、なんでも金が要る。当然、話はどうどう巡りだが、食べたものは腹におさまってしまう。そして、毎日払わなければならない出費がある。
われわれが毎朝、目を開いて最初に見るものは大新聞のトップ記事、感染者がどれだけ増えたか、どれだけ減ったか、である。見ていると、武漢一帯はたしかに病状は重要であるが、湖北省のすべての都市が武漢と一緒の時間を過ごしているわけではない。それは事実だ。私は1月26日に帰ってきた。それからの日数を数えてほしい。毎日毎日、家でじっとしている。食べては寝て、寝ては食べる。大事なことはこうした日々がいつになったら終るのかが分からないということだ。始めは3月1日、それから3月10日、3月11日になったら3月15日と言う具合。鍾南山(前出、コロナ対策の医師の中心人物)は6月末に延ばした。
ずっとこれが続いて、次に何かが始まるのはいったいいつなの?
隔離をするのもいい。感染した人をともかく隔離するのには、支持し、協力する。しかし、隔離するのは病毒であって湖北人ではないはずだ。それにわれわれはすでに家に隔離されているのに、外へ出ればまた隔離される。理由は何にせよ外に出れば隔離なら、外へ出て隔離されて14日後、ご当地政府の検査を受けて正常だったとしたら、出勤して、収入を得て、正常に戻れるということか。家の中にいつまでも隔離されて、5月末になり、6月末になり、外へ出てまた半月の隔離、などとなったら、この1年にいったい何ができるのか?これほど浪費される人生は誰の人生なのだ?
お偉いみなさんよ、われわれの身になって、われわれの訴えを聞いてほしい。これは私1人の声ではなくて、大勢の人民大衆の声なのだ。騒ぎを起こそうというのではない。生きねばならない、食べねばならない、水も飲まなければならないのだ。考えてほしい、われわれ庶民の立場から問題を考えてほしい。負担を感じない家があるとお考えか?下の階では朝から晩までスピーカーが喚いている。「外へ出るな、外へ出るな、外へ出るな」。いつまで外へ出られないの?外出禁止はどの程度まで?外出禁止の条件は?外出禁止の理由は何?朝から晩までヒゲをいじっている人間の鶴の一声。外出禁止とは家を出ないということだ。ウイルスを隔離するので、湖北人を隔離するのではないのだ。それで分かるはずだ。分かれば、通達されてきた文献の精神が貫徹できる。
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今日は「封城」54日目、一組のトランプ・カードなら切り終わった。(続)

訳者注:陸游と唐婉の悲恋物語。12世紀、相愛の2人は結婚するが、陸游の母の反対で離別させられ、陸游は漂泊の旅に出る。10年後、2人は浙江省紹興の沈園で偶然、再会するが、すでに唐婉は別人に嫁していたため、再び涙ながらに分かれる。
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