2020.06.02  「封城」(ロックダウン)下の武漢の暮らし
          - 方方女史の『武漢日記』(13)

田畑光永 (ジャーナリスト)

 3月20日
 快晴続き。気温は昼に26度まで上がった。でも暖房はまだ止めてない。部屋の中と外の温度が同じくらいになった。窓を開けて空気を通した時、中庭に数羽のカササギが飛来していた。門前の楠と白木蓮の上を飛び回っている。1羽はわが家の入口まで来て石臼の水を飲んでいる。みんなその姿を見て大喜びだ。どんないいことがあるのだろうと楽しみにしている。(訳注:カササギは吉事を運ぶと言われる)
 病気については特に話すこともなさそう。依然としてゼロ。このゼロが一直線に続きますように。そして14日後、われわれは門を出て行ける。ただ、ネット上には気になる話がいくつか。心配ごとは広く伝わる。1つは同済病院に感染確認患者が20何人も出たが新聞には載らなかった、という話。私はこの情報を2人の医師に直接ぶつけてみた。1人が言うには、それは誤解だ。現在、退院する人が多く、残った患者はいくつかの指定病院に移している。だから新患者ではなく、転院だ。
 別の医師の言い方は思い切ったものだった。きびしい制度だから、本当かもしれないし、あるいはもう真面目に届けてないかもしれない。
 また別のビラによる噂話も飛び交っている。1人の病人が退院した後、検査で陽性となった。ところがなかなか入院できないというのだ。これも人々を不安にさせている。そこでまた2人の医師に聞いた。1人は陽性に戻ることはあるが、非常に少ない、と言う。もう1人も同じようなことを言ってから、もう少し具体的に教えてくれた。それによると、新型肺炎を治療する指定病院は調整が行われている。その病人は行くところを間違えて、行ったところが指定病院ではなかったのだ。しかし、よく知っている顔のきく指導者に相談し、結局、その病院に受け入れてもらったそうだ。
 友人の医師たちは2点を強調した。陽性に転じる患者は確かにいるが、非常に少ない。そしてなんの症状もなく、感染もさせない人もいる。もし具合が悪くなった人がいれば、病人はすべて病院が追跡しているから、指定病院に行けば、そこでは受け入れないという問題は発生しない。私は医師と病人の言い分の違いを確かめたりしなかったので、言われたことだけを書いておく。
 しかし、武漢人は、感染したかしなかったかにかかわらず、心理状態がこのところ非常に脆くなっている。神経も緊張している。指定病院が調整された件はもっと目に付く方法で告知してもらいたい。どんな調整も知らせはすぐに更新してほしい。そして病人に対しては、体に不調を覚えたら、まずどこの病院が新型肺炎を受け入れ、どこが受け入れないかを確認して、間違った病院へ行って、無駄骨を折らないように徹底してもらいたい。夜中に何時間も外で病院を探しまわるなんてどれほど辛いことか。
 中心病院からまた不幸が伝わってきた。病院倫理委員会委員の劉励女史が新型肺炎で今日午後、不幸にも亡くなった。中心病院の人で亡くなったのはこれで5人目。病院のお偉いさんがたはよくじっとしていられるものだ。
 昨日はとても多くの人が某「高校生」に返信してくれた。それは今日まで続いた。それから今日はもう1件、「数名の高校生から1人の高校生への返信」というのもあったが、最初、私は気に留めなかった。どこかのサイトで遊んでいるのかと思ったのだ。ところが友人の1人に本当の高校生の返信だと言われて、驚いて、探し出して読んでみた。そして、高校生と「高校生」はずいぶん違うことを知った。文字が違うだけでなく、はっきり境界線がある。文中にある一節を大変、面白いと思ったので、どうしてもここで引用したい。
 「われわれがまあ言いたいことと言えば、非常に多くの場合、問題はわれわれが過度に暗黒に注目することではなく、われわれがまぎれもなく過度に光明を熱愛しているところにある。――そして強い光でわれわれの視力を傷つけているのだ」。子供たちはもともとわれわれが想像するほどには弱くはない。彼らはしっかりと独立した思考能力を持っている。その上、豊かな観察力を持っているから、多くの問題で大人たちよりももっと遠くまで考えている。
 昨日はもともと昔の文学論争について書くつもりで、一部分を書いたところで、『察網』の文章を目にした。そこで話題を変えることにし、すぐ弁護士に証書を取ってもらうことにした。今日の昼、たくさんの情報が送られてきた。あの『察網』に載った斉建華の文章が削除された、と。へー、自分で違法と分かっていたんだ。削除したということは自ら誤りを認めたわけだから、こちらも許すかどうか思案してみよう。
 午後、ある人がこう言った。上海のある極左が不服で泣いたり騒いだりしながら、告訴はできない、告訴はできないと言っているそうな。この話は面白い。それじゃ、削除しなさんな!
 もともと今日は昨日の文学の話題の続きで、当時と今の話をするつもりだった。ところが突然、また友人が文章を転電してきたために、再び中断。まあ文学のいいところは話題としてクールなことで、朝、語ろうと、夜、語ろうと別にどうということはない。
 北京大学の張頤武教授(訳注1)がみずから出て来た。大物だ!私を包囲攻撃するあの連中の後ろ盾か?あるいは先頭のお兄さんか?軽視することはできない。聞くところでは張教授はウエイボー(ツイッターの名前)で文章を出すそうだが、私はそれを直接読めないので、友人に送ってもらった。その一段をここに採録して、とりあえずの記録としておこう。
 張教授曰く。「もっぱら疫病のことを日記に書いている作家がいるが、今、その文章がいたるところで批判され、疑問を投げかけられている。彼らがいかに陰惨な目に遭っているか、いか縛られているか、匿名の高校生がいかに愚昧であるか等々、なぜ人々はこうした文章を信用しないか。率直に言って、病気の蔓延がひどい時に日記に描写する手法が、ルポルタージュのような言葉だからである。葬儀社の床におちていたスマホの写真、これは医師の友人が彼女に提供したものと言われるが、そんなことで広く注目を集め、それが伝播し、日記が目を引くことになったのである。
 大勢がこの件に疑問を持ち、この写真が実在するかどうか質しても、一貫して正面から向き合わず、あれやこれやの果てに、彼女は自分が迫害されていると言い募るのである。しかし、作家にとって最も大事なことは最低限、真実を求める心である。人間としての最低限の条件である。欺瞞を組み立てて、それを正直に信ずる読者を彼女は欺いてはいけない。さらに重大な時期に、重大な事柄で偽造することは絶対に容認されない。良心を持たないことは、一人の作家として一生の、さらに永遠の恥辱である」
 張教授の文字を見ていて、彼が私の日記を読んでいないことが分かった。誰か読んだ人が要約を作ったのであろう。それも自分の口調で作った要約を。「匿名の高校生がいかに愚昧であるか」などとは、私が言っていない言葉であることは明らかである。さらに張教授は「なぜ人々はこうした文章を信用しないか」と言うが、張教授の「人々」は何人いるのだろうか?教授の周りにいる人たちだけではないのだろうか?張教授は私を信頼する人間が何人いるか見たことはないのでは?張教授の方法で論断するならば、張教授を信頼する人間を私は1人も見たことはありません、文壇と言わず、学界と言わず。
 さらに「欺瞞を組み立てて、それを正直に信ずる読者を彼女は欺く」と言い切っているが、張教授も「組み立て」はなかなかお盛んではないですか?それも張教授の「組み立て」はたいそうなものだ。周小平(訳注2)がいかに好青年か称賛するときに、教授はまことに熱烈な言葉を使い、まるで周小平は張教授以上に北京大学の教授に適しているかのようでした。
 実のところ、張教授はご自分のせこい根性で他人を推し量るのがお好きなようで、それでご損もなさったはずです。いつでしたか張教授はある著名作家の小説を推測で「模倣」と決めつけて、こてんこてんにやっつけられたではなかったですか?
 写真のことは、私はすでに別の日にはっきりと書きました。残念ながら張教授は私が何を書いたかご存じないようですが。張教授はぜひ武漢にいらして、当時の真実の状況をご理解いただきたい。当時、毎日何人が死亡したか。遺体は病院から火葬場へどのような手順で運ばれたか。亡くなった方の遺品はどこへ行ったか。病院と火葬場はどのような情況下にあったか。リチウム電池は焼却できず、消毒も間に合わなかった時はどう処理するか。さらに全国のいくつの火葬場から応援が武漢に来たか?などなど。
 こういう話はここまでにします。張教授および皆さんが理解したければ理解していただきたいし、理解したくないのであれば、どうぞご随意に。写真はいつか皆さんもみることが出来ると思います。私がお見せするのではなく、持ち主がお見せするでしょう。私は本心から張教授が武漢に来て実地調査をされるよう提案します。当然のことですが、一言つけ加えれば、これらはすべて早期の段階で起こったことです。後期のことではありません。張教授が真実の状況を理解された上で、はっきりした結論を出されれば、きっと北京大学のレベルに達したものとなるでしょう。そういうふうに学生を教えれば、きっと父兄も安心するでしょう。
 今日はここまでにする。一言、繰り返しておきたい。極左は国と民の双方に災いをもたらす存在だ。改革開放がもしも彼らの手で破壊されるようなことになれば、それはわれわれ近代人の恥辱だ。さあ来い、お前たちの手の内すべてをさらけ出せ。お前たちの背後の大物を呼んでこい。私が怖がるかどうか、見せてやる!(続)
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訳注1:北京大学中文系教授。同時に「微博」(ウェイボー)で盛んに時事問題について発信している。
訳注2:1981年四川生まれ。著名ブロガー、作家。2014年10月に開かれた文芸工作座談会で、習近平から「方向の正しい(中国語は『正能量』)の作品をたくさん創って欲しい」と声をかけられたことで有名に。
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