2020.06.08  新型コロナウイルス対策に便乗した安倍政権のショックドクトリン政策
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 5月25日、全国の緊急事態宣言が解除されてから1週間余りの時が流れた。1週間後の6月1日がちょうど月の変わり目でしかも月曜日なので、何だか空気が変わったような気がして少し楽な感じになった。だが、外出して見ると、圧倒的多数の人々が依然として不気味なマスク姿で歩いている。それも人出の多い場所だけではなく、公園や広場などでも同じ光景が広がっているのである。

 個人的なことを言えば、私はマスクが嫌いだからできるだけつけないことにしている。だから、この間も人混みの多い場所や電車の車内以外はほとんどマスクをつけることはなかった。まして屋外を散歩するときは、マスクをつけることなど思いもよらない。新鮮な空気に触れることが目的なのに、なぜそれを遮るような物体でわざわざ口を覆わなければならないのか。こんなことが習慣になると、国民全体がまるで〝猿轡〟(さるくつわ)を嵌められて、「物言わぬ民」にさせられるような気持になる。

 それにマスクというと、すぐに「アベノマスク」を連想するのでなおさら気分が悪い。我が家にも数日前「アベノマスク」が届いたが、こんなものに数百億円近い予算を浪費したというから、見るだけで涙が出るぐらい腹が立つ。聞くところによると、国民全体にマスクを配るとみんなが喜ぶ、パッと不安がなくなるなどと馬鹿な側近が言ったらしいが、それを真に受けて御当人が実施に移すのだから、その知的レベルは想像の域を越えている。20世紀の政治史上、まさにこれほど幼稚で姑息な施策は例を見ないとして、また日本の政治や政治リーダーの資質がここまで劣化した記念の印として、「アベノマスク」は末長く保存されるに違いない。

 だが、笑ってばかりはいられない。「アベノマスク」に象徴されるような安倍政治の裏では、新型コロナウイルス感染症への恐怖に乗じた〝ショックドクトリン政策〟が展開していることに留意する必要がある。ショックドクトリン政策とは、人々が政変・戦争・災害・疫病などの危機的状態に直面したとき、ショックで茫然自失状態に陥り、正常な判断力を失う事態に便乗して、時の権力が過激なまでの市場原理主義を導入して経済改革・構造改革を実現しようとすることをいう。

 その第一波が、6月1日の毎日新聞が1面及び3面トップで伝えた「全口座 マイナンバー連結、政府、義務化を検討」の策動だろう。安倍首相は5月25日の記者会見で、一律10万円の給付金の支給に時間がかかっていると指摘され、「十分に進んでいない点があると認めなければならない。マイナンバーカードと銀行口座が結び付いていれば、スピード感を持って対応できたんだろうと思う」と、暗にその意図を表明した。

 毎日記事によれば、事態はもっと進んでいるらしい。高市総務相が5月1日の記者会見で「今後の災害対応や相続を考えると、ひも付け(預金口座とマイナンバーカードを連結)は重要なポイント」と口火を切り、8日には稲田自民党幹事長代行が「ひも付けして、次に給付する時には使えるようにすべきだ」と首相に進言している。これを受けて、自民党は11日にマイナンバー活用のプロジェクトチームを設置し、21日に首相に提出した2次補正予算に関する提言では、「政府は緊急時の給付や相続整理をより効率化するため、利便性向上と安心の観点から、ひも付けの義務付けを目指すこと」を求めたという。

 要するに、これは国民への給付金をスムーズに行うとの口実の下、マイナンバーと国民の全預貯金口座をひも付け(連結)して「国民総背番号制」を実質化しようとするショックドクトリン政策の具体化にほかならない。国家が国民の資産状況を全て把握することにより徴税に役立てることは勿論のこと、国民生活をまるごと管理して国家統制を強めようようと極め付きの政策なのである。だが、このアイデアが安倍内閣やその周辺から出てきたと考えるのは甘すぎる。今回の新型コロナ対策に当たっては、その「司令塔」ともいうべき財界主導の組織が存在する。その名を「未来投資会議」(議長・安倍首相)という。

 未来投資会議は、「日本経済再生本部の下、第4次産業革命をはじめとする将来の成長に資する分野における大胆な投資を官民連携して進め、『未来への投資』の拡大に向けた成長戦略と構造改革の加速化を図るため、産業競争力会議及び未来投資に向けた官民対話を発展的に統合した成長戦略の司令塔として、未来投資会議を開催する」(2016年9月日本経済再生本部決定)というもので、総理が議長、副総理が議長代理、経済再生担当相、経済産業相、内閣官房長官が副議長を務め、構成員には日本経団連会長、経済同友会代表幹事、竹中平蔵元経済相をはじめ国家改造志向の経済人が数多く有識者として参加している(「未来投資会議」、以下同じ、首相官邸HP)。

 このように未来投資会議は「未来への投資」に関わる国家の成長戦略の司令塔であり、議題もこれまではもっぱら経済投資に関するものだった。月1回開かれる会議の議題を見ると、今年に入ってからは第35回会議が「新たな成長戦略実行計画策定に向けた今後の進め方」(2020年2月)、第36回会議が「サプライチェーン、観光等、キャッシュレス、中小企業の生産性向上、環境・エネルギー」(2020年3月)というもので、それほどの違和感はなかった。

 ところが、4月の第37回会議に入ると「新型コロナウイルス感染症に関する対策の具体化」がいきなりトップの議題として取り上げられ、5月の第38回会議でも「新型コロナウイルス感染症拡大への対応」が最優先議題としての位置を占めるようになった。日本政財界挙げての「成長戦略の司令塔」である未来投資会議において、なぜ新型コロナウイルス感染症対策の議論が行われるのか一般的には理解し難いが、しかし、〝ショックドクトリン=惨事便乗資本主義〟のセオリーからすればこれほどわかりやすい例はない。国民がコロナ恐怖におののき、外出自粛はもとより生活様式に至るまで国家の管理下に置かれようとしている現在、この瞬間こそが長年の国家的懸案を一気に実現しようとする絶好の機会だと把握されているからである。

 今回、政府の新型コロナ対策の名称が「新型コロナウイルス感染症緊急対策」ではなく「新型コロナウイルス感染症緊急〝経済〟対策」となっているように、安倍政権の狙いは、コロナ対策に便乗して新たな経済政策を打ち出し、「新たなビジネスモデル=新たな日常」を構築しようとすることにある。第37回会議(4月3日)において、内閣官房から提起された「論点メモ」には、その意図が以下のように述べられている。

 【新型コロナウイルス感染症拡大への対応、(1)基本的な考え方】
 「新型コロナウイルス感染症の完全収束は、ワクチンができるまで長期的なものとなる可能性。今は新型コロナウイルス感染症の感染拡大の防止や重症化防止が最優先課題であり、事業者の雇用維持や事業継続・資金繰りへの支援等に万全を期す必要がある。その上で、経済活動について感染症拡大の前のビジネスモデルに完全に戻ることは難しいと認識すべきであり、かってのオイルショックのように、中長期的に、不可逆的なビジネスモデルの変化、産業構造の変化をともなうものと考えるべきではないか。今後は、感染拡大防止と経済活動を両立する『新たな日常』を探るべきであり、新たなビジネスモデルの検討が必要ではないか」

 これを受けた第38回会議(5月14日)では、前回の「論点メモ」を如何にして具体化するかについて率直な討論が行われた。以下はその抜粋である(議事要旨)。

 「新型コロナは日本の問題点を浮き彫りにしている。対面書面主義の法制度と社会構造から、オンライン・ディジタル完結型社会への早急な転換を迫っている。特に、マイナンバーに関する法整備とコンピューターシステムは抜本的に見直すべき」(ITコンサルティング会社社長)
 「新型コロナをトリガー(引き金)にして、何を加速しあるいは何を変革すべきかというのはかなり明確で、相対的に遅れているデジタル化の加速とサプライチェーンの変革だと思う」(素材メーカー会長)。
 「経済対策として、現金などの給付にあたっては、これはぜひマイナンバーとひも付けていただきたい。マイナンバーにひも付けて、例えば高額所得者は確定申告や年末調整でも返してもらえるようなことができるであろうし、これがきっかけになって個人認証システムという重要な社会のインフラが進むことを期待している」(竹中平蔵氏)
 「大変ビジネスの環境が変わってくることをしっかり見つめた経済界の動きを大いに議論して次に備えていくことが必要だと思っているので、その辺も含めて今日もいろいろと事務局から御説明のあった体力をきちんとキープするような施策は大変大事だと思っている」(中西日本経団連会長)
 「もう次はないと思っている。コロナ危機後、日本の再生あるいはリセットのためのラストチャンスのつもりで、財界、政府、学会、国民。これら全部が日本のステークホルダーという意識の下、取り組んでいかないと、この国は沈没しないまでも埋没していくという危機感を是非共有したいと思う。今回をきっかけに、今度こそ日本の社会構造を転換していく。その取組に当たって同友会としても微力を尽くしていきたいと思っている」(桜田経済同友会代表幹事)

 これらの意見は、安倍政権のコロナ対策の柱となり、補正予算の骨格となっていくが、それらがマイナンバーと国民預貯金口座のひも付けなど、どんなショックドクトリン政策としてあらわれてくるか、引き続き注目していきたい。

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