2020.07.27 「夜明けはいつ来る」
         -許章潤教授の逮捕・解職事件
                       
田畑光永 (ジャーナリスト)

 一流大学の有名教授を買春容疑で逮捕、それも20名もの警官が教授宅におしかけて連行、そして6日後に本人は帰宅を許されたが、その時すでに勤務先の大学は「道徳的退廃」を理由に教授をすべての職から解任、つまりクビを決定していた。
 これは香港での人権や言論の自由を守る傘だった「一国二制」をはぎ取り、700万香港人を中国本土なみの中国共産党独裁下に置く、「香港国家安全維持法」が6月30日に施行されて間もない7月6日に北京で起こったことである。
 一流大学とは北京の名門、清華大学、有名教授とは改革派知識人として知られる同大学法学院の許章潤氏(57歳)である。「買春容疑」というのはこういう場合によく使われる罪名で、とりあえず世間に向かって本人の名誉、信用をはぎ取って、衝撃を緩和する効果と同時に、たとえば、本人の言論は「政府の転覆や国家の分裂を目的としたものかどうか」といった立証に手間がかかる裁判での論争なしに、「道徳的退廃」の一言で所属機関が処分できる便利なツールなのである。
 私は法学には全くの門外漢で許教授の専門研究にはまるで知識がない。ただ教授は外国からの借り物の法学でない「漢語法学」の確立を唱え、また、これが尾を引いていると思われるのだが、一昨年、全人代が憲法を改正して、国家主席の任期制限をなくして習近平の無期限留任に道を開いたことを批判する文章を発表したことを報道で知っていた程度である。
 したがってこの件を論評する資格はないのだが、たまたま香港のメディア(ダウ・ニュース)で、教授の近況の記事を見つけたので、紹介しておきたい。
 それは教授が清華大学の校友会(同窓会)にあてた7月19日付の手紙を香港のラジオが放送したもので、まず校友会の人たち504人から10万元(150万円)余りのカンパが寄せられたことに感謝の気持ちを伝えるとともに、それは水害で被害を受けた農村の人たちに寄付したい(注:中国もひどい水害を受けている)との意思を伝えている。
 そして自身の今後については、60近い年齢となって視力が落ちてきたが、まだ仕事はできると思うので、これからは文筆活動で生活を立てていくつもりだと書いている。
 続けて、今の中国社会に対するきびしい批判の言葉が連ねられる。
 ――今日、権力者の廟堂が華美を尽くす傍らで、多数同胞は衣食を手にするために、必死で頑張っている。官制メディアは太平を謳歌しているが、実のところ中国の半分は水面下で風雨に揺れている。士人はみな疲れ果てて嘆き節をよくするのみ、寂寥に耐えず。役人世界は怠惰に身を任せ、うわべの愛想で端役が巡り来るのを待つのみ。吾人、一日死なずば、一日叫ぶ。言葉に責任を負う、これも天命か。夜明けは近いーー
 どうもすっきりとバランスのとれた日本語にならないのは私の能力の問題だが、弁明させてもらえば、原文は散文のごとく、時に詩のごとく、口語と文語がまじりあっていて、なかなか翻訳がむつかしい。ご寛恕のほどを。筆者の鬱屈した心情とそれでも「夜明けは近い」と結んだ気力を分かっていただきたい。
 それにしても、今の中国で「文筆活動で生活を立てていく」ことは容易でないどころか、ほとんど不可能ではないかと思われる。少し前ならば、大陸で出せない本を香港で出す例がすくなからずあったが、それこそ香港国家安全維持法なるものが施行されてしまっては、それも無理な話となった。
 じつは4月にも許章潤教授ほど有名人ではないが、先日、紹介した「武漢日記」の作者、方方女史の友人で、武漢の湖北大学で日本文学を教える梁艶萍教授(女性)が自身のブログに書いた文章がもとで、同じく解職されるという出来事があった。AIだのなんだの、理工系の教授はいいにしても(本当のところはわからないが)、文科系の知識人にはつらい日が続く。「夜明けが近い」ことを祈るしかない。
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