2020.08.13  「2020・8・6」広島ルポ (下)
          核兵器禁止条約の早期発効を

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 核兵器廃絶は遠い現実
 「8・6広島」の取材を終え、8月7日朝、広島駅で東京行き新幹線に乗り込む前、新聞各紙を買った。乗車してすぐ各紙に目を通したが、その時、私の心をつかんだのは朝日新聞朝刊の一面トップ記事の見出しだった。それは「75年は草木も生えぬと言われた 広島は復興したが、遠い核廃絶」というものだった。
 その記事は6日に広島市の平和記念公園で開かれた市主催の平和記念式典の模様を伝えたものだったが、そこでは、湯崎英彦・県知事が「被爆75年の今日ここで、我々は二つのことを目のあたりにしています。一つは、75年は草木も生えないという予言に抗い、広島がこのように誇るべき復興を遂げているということ、もう一つは核兵器廃絶が、残念ながら未だ遠い現実であるいうことです」とあいさつした、と報じられていた。朝日新聞としては、知事が核兵器を巡る世界情勢を的確に捉えていると判断し、それを広く伝えようと一面トップで扱ったということだろう。
 私がこの記事に惹かれたのも、「8・6広島」関連の諸行事や催しの取材を通じて核兵器を巡る世界の情勢について湯崎知事のそれと同じような認識に達していたからである。

 「8・6広島」関連の諸行事や催しでは、核兵器を巡ってさまざまな議論があった。が、共通していたのは、世界は深刻な危機に直面しているという現状認識であった。
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【デモ行進する8・6ヒロシマ大行動の参加者たち(6日、八丁堀の電車通りで)】

 その理由として挙げられたのは、まず、これまでの核軍縮交渉での最大の成果とされてきた、米国とロシア間のINF(中距離核戦力全廃条約)が昨年8月に失効したことだった。それを機に米ロ間で新たな核軍拡競争が始まった。その中で、「使いやすい核兵器」の開発が進行している。その一例が核兵器の小型化だ。核弾頭を搭載するミサイルの新たな開発も活発。その上、これまで米ロ間の核軍拡をしばってきた新START(新戦略兵器削減条約)が来年2月に期限が切れる。ロシアは無条件の延長を求めているが、米国は中国を加えた新たな核軍縮枠組みの構築を提唱しており、予断を許さない。米ロによる核軍拡競争に中国も加わりつつある。かつての「米ソ冷戦」に代わって「米中冷戦」が始まった――といった指摘がなされた。

 いずれにせよ、世界では核保有国による核軍縮交渉が後退し、むしろ核戦争勃発の危険性が増しているとのとの認識が定着しつつあるように思われた。まさに、湯崎知事が「核兵器廃絶は未だ遠い現実」と述べたのもむべなるかな、と思った。

 一方で、そうした動きに抗する国際的な動きが始まっているのも事実だ。その一つが、3年前に非同盟諸国や世界のNGO(非政府組織)の主導で成立した核兵器禁止条約である。50カ国が批准すれば発効するが、8月6日現在、すでに43カ国が批准している。

 日本政府は核兵器禁止条約を批准せよ
 さて、こうした核兵器を巡る新たな状況に、「広島・長崎の惨禍を繰り返してはならない。それには核兵器を廃絶するしかない」という理念でこれまで核兵器廃絶運動を続けてきた日本の自治体(広島市、長崎市など)や民間団体(原水爆禁止団体など)は、どう立ち向かおうとしているのか。
 「8・6広島」関連の諸行事や催しを可能な限りのぞいた限りでは、今後の運動課題に関してさまざまな決議や提案があった。全般的な印象を言えば、まず、核兵器禁止条約の早期発効に取り組もうという流れが大勢だったように感じられた。

 広島市の松井市長は、平和宣言の中で「核兵器禁止条約は、核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に『継続』すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。世界の指導者は、今こそ、この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべきではないでしょうか」と述べ、日本政府に対しても「核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締結国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し『連帯』するよう訴えていただきたい」と注文をつけた。
 松井市長が、政府にこの条約への署名・批准を直接求めたのは初めて。昨年は「条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めていただきたい」と述べたに過ぎなかったから“前進”といえる。

 原水爆禁止関係団体では、原水協の「原水爆禁止2020年世界大会」が、核兵器禁止条約の発効を各国政府に迫る方針を打ち出した。国際会議で発表された主催者報告は「核兵器廃絶の緊急性はあきらかになっており、これを求める世界的流れはさらに前進を続けています。世界の122カ国は市民社会と力を合わせて、核兵器禁止条約を成立させました。核兵器をはじめて違法化したこの条約は核兵器廃絶への重要な一歩にほかなりません」と述べ、「すべての国に核兵器禁止条約に参加し、核兵器の完全廃絶にむけた行動を開始することを求める。とりわけ核保有国や『核の傘』に依存する国々では、条約参加を政府に求める運動を強化する」としている。

 原水禁の「被爆75周年原水爆禁止世界大会」の広島大会では、北村智之事務局長が基調報告の中で「核兵器禁止条約は、核兵器とそれに関わるものを国際人道法に反する非人道兵器としてすべて禁止するもので、被爆者と原水禁運動が長年求め続けてきた核兵器廃絶への一歩となる重要な条約である。早期の発効が求められる。日本政府も、米国の核抑止力に依存する安全保障政策を改めて、条約を批准すべきだ」と述べた。

 これに対し、平和記念式典に参列した安倍首相のあいさつには、同条約への言及はなかった。

 運動は重大な危機に直面か
 ところで、広島滞在中、私の心の中で次第に広がっていった心配事は、日本の原水爆禁止運動は、今、重大な危機に直面しているのではないか、という懸念だった。それは、原水協、原水禁という2大組織が、コロナ禍の影響をもろに受けて、世界大会をオンライン方式で開催せざるをえなかったということである。逆に言えば、例年やってきた大規模な大衆集会を開けなかったということだ。
 両組織のような運動団体は、いずれも権力を持たない非政府組織。だから、自らの主張を実現するためには、世論に訴えるほかない。圧倒的な世論が、運動団体の主張を支持してくれれば、それが、やがて政治に反映され、主張が実現するというわけだ。
それゆえ、両組織のこれまでの運動形態といえば、集会、デモ行進、署名活動などといった大衆行動を通じて世論の形成を図るというものだった。いわば、いかに多くの市民をこれらの活動に結集させられるかが運動の焦点であり、核心だったわけである。

 もちろん、オンライン方式にもメリツトはある。が、しょせん、多数の市民を結集させることはできない。多数の市民を結集できなければ、運動の高揚は望めない。
 コロナ禍が来年以降も続くとしたら、両組織は引き続きオンライン方式の大会を続けるのか。それとも、集会、オンラインに代わる開催形式を見つけることができるかどうか。いずれにせよ、運動は極めて難しい局面を迎えている。

 もっとも、今夏もオンラインでなく従来通りのスタイルで反核を訴えた団体もあった。目立ったのは、新左翼系の実行委員会が主催した「8・6ヒロシマ大行動」である。その参加者が6日、市内の目抜き通りでデモ行進。400人はいたろうか。また、一部の原水禁関係者は原爆ドーム周辺でスタンディングをおこなった。
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【スタンディングをする原水禁関係者(6日、原爆ドームわきで)】

 コロナ禍を考えさせる発言も
 コロナ禍が広島の街を覆っていた。そんな中で、心に残る発言があった。一つは、松井市長による平和宣言の一節だ。そこには、こうあった。「スペイン風邪は、第一次世界大戦中で敵対する国家間での『連帯』が叶わなかったため、数千万人の犠牲者を出しました。その後、国家主義の台頭もあって、第二次世界大戦へと突入し、原爆投下へと繋がりました。こうした過去の苦い経験を決して繰り返してはなりません。そのために、私たち市民社会は、自国第一主義に拠ることなく、『連帯』して脅威に立ち向かわなくてはなりません」
 もう一つは、市民グループによる「8・6ヒロシマ平和のつどい2020」における湯浅一郎・ピースデポ共同代表の発言で、それは「人間は産業革命以来、近代的な技術によって自然を暴力的に破壊してきた。その結果、生物の多様性が失われた。今回の新型コロナウイルス感染拡大は、人類に対する警告である。現代文明のあり方を考え直す時が来ている」というものだった。

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