2020.08.17 トランプも習近平もどこまでやるのか!
世界の指導者なら頭を冷やせ。

田畑光永 (ジャーナリスト)

 米中両国、というより、トランプ大統領(以下、敬称略)と習近平国家主席(以下、同)という2人の国家指導者、それも失礼ながらいずれもそれほど賢明とは見えない人物どうしの意地の張り合いが、ただでさえコロナウイルスの蔓延という厄介な災難に見舞われている世界に余計な波風を起こしている。しかも悪いことに、この2人は世界1位、2位の軍事力を発動する権力を持っている。危険千万である。
 世界はどうすればいいか。私見によれば、現在の事態は、いずれか一方を善、他方を悪と弁別して、善を助け悪を挫けばいいという単純なものではない。両方が悪い。
 しかし、これだけでは簡単にすぎるから、多少、時間の経過を加味して整理すれば、まず一昨年、自分の選挙対策から貿易不均衡を是正しろという要求で中国に喧嘩を売ったのはトランプだった。この段階では習近平は譲れるところは譲って、なるべく穏便に事を収めようとした。交渉には曲折があったが、貿易不均衡については、2017年比で中国は米から2年間に2000億ドル分輸入を増やすということで今年1月、「第1段階」の合意に達し、協定が調印された。
 しかし、トランプはこれだけでは満足せず、さらに中国を押さえつけて大向こうの喝さいを得ようと、「ファーウエイ(華為)」をはじめとする中国の先端通信機器を安全保障上の懸念を理由に自国ならびに同盟国の5G通信環境から排除しようと画策、説得を続けて、中国をいら立たせている。
 ここまではトランプ側の一方的な、それもかなり乱暴な攻勢だが、その間にきわめて重大な転機があったと私は睨んでいる。昨2019年6月29日、大阪でのG20首脳会議の閉会後に行われたトランプ・習近平首脳会談がその舞台である。
 トランプの国家安全保障問題担当補佐官を1年半勤めて、解任されたジョン・ボルトン氏が最近出版した回顧録でこんな内幕を明かしているのである。以下がその中身を伝える報道――
 「回顧録の抜粋などによると、トランプ氏は米中首脳会談の夕食会で、中国政府による新疆ウイグル自治区でのウイグル族収容施設について『正しい行動だ』と賛意を表明。その上で会談中に『突然、話題を大統領選に変えて、中国の経済力に言及』し、『米国の農家と、中国による大豆・小麦の購入額が大統領選に与える重要性』について強調したという」(『毎日新聞』20年6月19日朝刊)。
 驚くのは、まず由々しき人権問題として、米議会がそのための法律まで制定して、関与した中国の官僚や企業に制裁を加えようとしている新疆ウイグル自治区におけるウイグル族の収容施設について、トランプが「正しい行動だ」とあっさり習近平におもねる発言をしたこと、その上で大統領選挙において中国の農産物輸入をいかに頼みにしているかをほかならぬ交渉相手に打ち明けて、大量購入を依頼していることである。
 問題はこのトランプ発言が習近平に与えた影響である。習近平はこれまでに多くの外国首脳との会談をこなしたが、相手の圧倒的多数は国民の選挙によって選ばれた人たちであったはずだ。そのことに彼もそれなりの引け目を感じていただろう。ところがトランプは大統領がもつ外交権限を平然と自分の選挙に利用した。自分の支持者の懐が膨らむように頼み、そのためには表向き大声を上げている人権問題でも平然と態度を変えた。
 習近平は自信を持ったのではないか。民主主義の総本山のような顔をした米大統領にしてこんなものか、「民主主義、恐るるに足らず」と。当時、香港では逃亡犯の大陸への引渡し条令に反対する運動が拡大を続けていた。香港の中心部が百万をもって数える群衆のデモに埋め尽くされる光景が世界に伝えられていた。この「香港の反乱」が長期間続くことは習近平にとっては、政治的にはなはだ不都合なことであった。
 というのはほかでもない。習近平は国家主席の任期2期目に入った2018年の全国人民代表大会(国会のような代議機関)で、憲法を改正して国家主席の「1期5年、2期まで」という任期制限をなくし、無期限の長期政権への道を開いた。つまり2023年の同大会で「自動的に退陣」はなくなったのだが、一方、長期政権を実現するためには、彼自身がたぐいまれなる英明な君主であることを国民に証明する必要がある。
 古来、中国における君主とは天命を受けて万民を統治するものであるから、そのためには四海に威信を轟かせ、領民を心服させなければならない。2012年の国家主席就任以来、彼の政治的努力はもっぱらその1点に絞られていたと言っていい。腐敗の摘発、貧困撲滅といった国内政策と同時に国際的には「一帯一路」の大規模開発などがすすめられたが、それらは予期した成果を上げたとはいいがたい。
 鳴り物いりでスタートした「一帯一路」は、スリランカ、パキスタンなどが中国からの借款で首が回らなくなる「中国債務の罠」に陥って、夢大き大規模開発計画というイメージは様変わりしてしまった。そしてなにより痛いのは、足元の台湾、香港が大中国の懐に飛び込むどころか、むしろそこから離れようとする動きが強まったことである。台湾では一昨年の総統選挙で独立色の強い民進党の現職、蔡英文が800万票という大量得票で再選を決め、統一へ近ずくどころか、その手掛かりさえないのが現状である。
 そこへ追い打ちをかけたのが昨年の香港における「逃亡犯条令」反対運動であった。運動の広がりを前に香港特別行政区の林鄭月娥行政長官は同条例を早々と撤回したが、運動はおさまらないどころか、行政長官の直接選挙などさらに要求を拡大して年を越し、火の手がおさまったのは今年に入って、コロナウイルスの蔓延という予期せぬ事態が発生してからであった。
 その香港の運動がまさに拡大しつつあるときに、習近平はトランプを通じてアメリカン・デモクラシーの弱点を見た。西側世界が錦の御旗のように振り回す民主主義とはこの程度のものだ。その時点で彼は決断したのではなかったか、「一国二制」という香港の人権と民主主義を守る国際公約の殻を自らの手で打ち割って、香港を名実ともに中国の一部に取り込むことを。
 じつは昨年後半の香港の状況を見ていて、私は習近平の忍耐強さに驚いていた。地下鉄駅や国際空港までがマヒする激しい衝突が何度も起こった。習近平は人民解放軍部隊(正規軍)を香港に隣接する深圳まで送り込んで、演習をテレビで放映するなど、威嚇を繰り返しながらも、結局、実力で香港の秩序を回復する措置はとらなかった。今、思えば、習の忍耐強さは、「一国二制」を破壊した時の衝撃を和らげるための布石として、デモ側の乱暴狼藉を印象づけようとしたものであったのだろう。
 習のこの計画はコロナ禍によって全国人民代表大会の開催が予定より3か月近く遅れたために、その影響を受けながらも、6月30日に「香港国家安全維持法」の施行となって、実現した。
 現在、中国政府は「香港は中国の一部であって、外国が口を出すのは内政干渉だ」と言っているが、「一国二制のもとにおける香港返還」という1984年のサッチャー(英首相)・鄧小平会談による合意は紛れもない国際合意である。だからこそ「50年」という期限がついているのである。守っても守らなくてもいいようなものなら「50年」などという期限をつける必要はない。
 そして、「香港国家安全維持法」の施行はたんに香港返還条件を破棄したという以上に、「世界第2位の経済大国」らしからぬ中国の振る舞いに向けられる世界の批判的な目に対する中国の回答なのである。らしからぬ振る舞いとは言うまでもなく、一党独裁、個人崇拝、言論統制、きびしい監視制度、人権軽視、少数民族差別などである。
 したがって、今やことはたんなる米中対立の次元を超えた。国のよって立つ基盤をめぐる対立である。したがってこれまでの貿易赤字をめぐる対立のように悪罵を浴びせることは有害無益である。互いの社会に向けての真剣な発信が必須である。
 民主主義にも大きな欠点があることは確かである。それでもわれわれは一党独裁よりも民主主義を選ぶ。中国は現在、36~7万人の留学生を米国に送っていると言われる。改革・開放以来40年以上、米国をはじめ西側諸国への留学から帰国した学生は数百万に上るだろう。その人たちは今、まさに中国の中堅を占めているであろうし、西側の見方はよくわかっているはずだ。今は彼らの知性に訴える時だ。
 米ポンペオ国務長官は東欧諸国を歴訪しながら、中国の脅威を説いて回っている。相手を孤立させようとするこういうやり方は、相手の敵愾心をかきたてるだけである。自分のところの選挙運動を世界に拡大するような真似はつつしんでもらいたいものだ。
また中国も、このほど台湾海峡周辺で軍事演習を実施したと13日、東部戦区が発表した。同報道官は「台湾独立の動きを高度に警戒し、一切の必要な措置を取る」とコメントを出した。台湾に対する明白な脅迫行為である。
 こういう愚かな行為の積み重ねは危険だ。双方とも大国なら愚かな意地の張り合いはやめて、とりあえず頭を冷やしてほしい。
Comment
どちらが頭を冷やすのか、この文章を読むとタイトルはともかくトランプということになる。
真鍋雄太郎 (URL) 2020/08/17 Mon 06:21 [ Edit ]
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