2020.08.22 「中国は社会主義か」という討論について
――八ヶ岳山麓から(321)――

阿部治平(もと高校教師)

昨年12月、京都現代中国研究所とかもがわ出版共催で、「中国は社会主義か」というシンポジウムが京都で開かれた。討論の主題は、中国を経済社会構成体としてどうとらえるか、社会主義とか資本主義としたときその基準はどんなものか、一党支配と覇権主義は社会主義の基準とどう関係するのか、といったものであった(シンポジウム参加者の発言は『中国は社会主義か』(かもがわ出版、2020・06)に収録されている)。

このシンポジウムから1か月後の2020年1月、日本共産党は大会で党綱領の重要部分である中国(ベトナム、キューバも含めて)が「社会主義を目指す新しい探求が開始された国」だという規定を削除した。さらに委員長志位和夫氏は、「(中国共産党の)大国主義・覇権主義、人権侵害の行動は、『社会主義』とは無縁であり、『共産党』の名に値しません」と厳しい中共批判を展開した。
にもかかわらず志位氏は、中国がどういう経済体制かは、党内では研究しているが、党として特定の判断を示すと内政干渉になるので判断はしないという、はなはだ不可解な見解を示した。党中央内で意見の違いがあるのを、このように煙幕を張ったのであろうが、日本の政党の中で社会主義をめざしているのは共産党だけだ。国民の社会主義についての理解を進め、支持を獲得するうえでも、「中国はどんな社会主義か」について見解を明らかにするのがあたりまえのことと思うのだが。

さて、シンポジウムの発言者は、マルクス主義者かそれに近いひとに限られ、近代経済学者の参加はなかった。しかもみな高年齢で若い研究者はいなかった。発言と論文は大変難しくて、私は理解するのに苦労した。
立命館大学名誉教授の芦田文夫氏は、20世紀社会主義は内では企業・組織や個人に対して「専制主義的」、対外的には「覇権主義的」にふるまったという。「経済改革=市場経済化」後、生産手段の市場化が進み、生産手段の自立的・効率的な利用と人間労働との関連が問われることになったと主張した。リーマンショック以後、中国の大国・強国志向が強まった。自由と民主主義に背を向けるなら社会主義を目指しているとはいえないが、いま「社会主義を志向する動力が基本的になくなった」と評価するのはまだ短絡にすぎるという。芦田氏は、結果として日本共産党の見解を先取り批判した。
立命館大学・長崎大学名誉教授の井手啓二氏は、社会主義を商品・市場経済の廃止と考えたのはマルクスの間違いだとし、社会主義に市場経済体制があって当然と見る。一定規模の生産手段を社会が掌握し、マクロ経済制御を行い、階級・搾取を廃止し、共同富裕化に向かっている社会だから、民主主義を欠いてはいるが、その体制は社会主義だとする。
慶応大学教授大西広氏は、中国が社会主義を目指している資本主義国家であるという。当然労働に対する資本の専制的支配は存在する。だが社会主義を志向する政党が政権を握っていることによって、大規模な貧困人口の縮小などをもたらした。現段階で自由と民主主義が制約されるのはやむをえない。自由とか人権は理想であって、いきなりより十全に発展した社会を求めるのは現実にはそぐわないという。大西氏は井手氏と並ぶなかなか強力な現状肯定論である。

もと日本共産党国際部長で参議院議員だった聴涛弘氏と、大阪経済大学名誉教授の山本恒人氏は現状を資本主義とし、将来も社会主義に向かうものとは見ない。
聴涛氏は、史的唯物論では、資本主義社会→過渡期→社会主義・共産主義社会へと進む。この公式に従えば中国は「過渡期」にあり、中間的社会である。市場経済が決定的ならば資本主義の温床を拡大し、将来資本主義に到達することは必然であり、明らかに社会主義とは両立しないとする。
山本氏は、中国では、生産手段が国家に帰属し、その占有・処分権をもつ国家官僚が資本機能を遂行し、生産手段から切り離された直接的生産者が賃労働に従事するシステムであるとみる。
同氏は日中両国の歴史上の類推を示して、戦前期日本の国家総動員体制=毛時代の中国=強権的で粗野な「国家資本主義」→「高度成長期の日本=現在の中国=「大きな政府型資本主義」・「国家資本主義」→これからの中国=市場資本主義・国家独占資本主義・後発帝国主義とし、聴涛氏同様、中国は社会主義には向かっていないという。

以下、私の雑感を述べる。
どの論者も史的唯物論にこだわって、資本主義の次は社会主義という前提で話を進めているが、かりにもマルクス主義を掲げた革命が挫折した以上、(このシンポジウムでは無理だったかもしれないが)マルクスとエンゲルスの未来論の科学性をあらためて検討する必要があるのではないか。
社会主義体制崩壊後、中欧の一部国家を除き軒並み独裁国家となった理由について、また中国の現体制と、民主主義と高度福祉制度を備えた北欧諸国の体制との対比について、論者の中に言及する人がひとりくらいいてもよかったのにと思う。
やや話がずれるが、中国でも胡錦涛時代までは社会主義と自由と人権についての論議が、時には弾圧されながらも行われていた。このなかで突出していたのは謝韜(1921~2010)で、彼は、レーニン主義はマルクスが批判したブランキ主義(の暴力革命路線)を継承したものであるとして、ここに民主主義欠落の理由を求め、マルクスを継承したのは社会民主主義であると断言した。
「(北欧の)社会民主党は……発達した資本主義国家の民主的枠内で平和的に社会主義に至る道を創造することに成功した」「民主社会主義の最大の成果は……(中共がいまだ解決できない)都市と農村、労働者と農民、肉体労働と頭脳労働の差別を基本的に消滅させたことである」
さいわいにも謝韜は弾圧される前に亡くなった。

シンポジウム参加者の何人かから、「党国家体制」が大きな経済発展を導いたことを高く評価する見解が表明されが、高度経済成長は中国だけではない。開発独裁国家の例を挙げるまでもなく、政治がよほどでたらめでなければ、20年もたてば後発国の経済成長はたいがい実現するものだ。中共は「中国共産党がなければ今日の中国はない」と、たえず成果を誇り、支配の正統性を宣伝してきた。だが無権の大衆は、これを聞くたび、「中国共産党がなければ、別な中国があった」とこっそり笑っている。

シンポジウムでは、地球環境の限界問題と社会主義との関連については、問題提起もなかった。中国政府は環境保護運動を容赦なく弾圧してきたから実態はつまびらかではないが、私が見たものは、かつての日本の環境破壊をはるかに凌ぐすさまじいものだった。大気・水・土壌の汚染のために各地に癌や慢性肝炎、ぜんそくの多発地帯が生まれても、ヒヨコや豚に奇形が生まれても、官僚はひとしく「これは経済成長の過程では必然である」とうそぶいていた。
また、中国でははやくも1990年代末には、所得・資産の不平等を示すギニ係数が限界の0.5に接近していた。今日世界第二の大国を誇ってはいるが、社会格差は世界一であり、それは開く一方である。シンポジウムでは所得の再分配、社会保障制度と社会主義の関係についても語られなかった。
論者の発言が無権の大衆の生活への視点を欠いていたのは、議論が抽象的なところにとどまったからだと思う。

すでに香港は本土化された。いま危機は台湾に及んでいる。尖閣近海では日常的に中国艦船の威嚇行動がある。日本の保守世論は反中国に傾き、習近平主席の国賓としての訪日も危ぶまれる状態だ。だが、中国は地理的に離れるわけにはいかない隣国である。体制にかかわりなく、日中両国は好ましい関係を結んでいかなければならない。このためにも中国社会主義を巡る議論はもっと広く、若い発言者を求めて継続する必要がある。
その先鞭をつけたという意味では、このシンポジウムには意味があったと思う。

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