2020.09.03 世襲政治と政党劣化の産物だった安倍長期政権、コロナ危機によって遂に命運を断たれる

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

長期政権の行き詰まりと体調悪化とかで、この間、辞任の噂が駆け巡っていた安倍首相が8月28日、遂に辞任を表明した。安倍首相は、記者会見で新型コロナ対策に今後万全の措置を講じたこと、そして持病悪化を辞任の理由に挙げた。だが、コロナ対策の方は本来取るべき対策を後追い的に列挙したにすぎず、最初からこうした施策を講じていれば、コロナ対策は「アベノマスク」と「自粛要請宣言」だけ――といった不甲斐ない姿を見せることもなかったのである。

おそらく辞任の真相は、未曽有の経済不況でアベノミクスが通じなくなり、2021年東京五輪開催も危ぶまれる中、もはや打つ手がなくなって政権を投げ出したということではないか。史上最長の在任期間となった安倍長期政権は、世襲政治と政党劣化の産物以外の何物でもなく、「レガシーがないのが安倍政権のレガシー」だと言われ続けてきた(この点については次回詳述する)。だが、「安倍辞めろ!」の国民の声を平然と無視し続けてきた首相もさすがにコロナ危機には対応できず、もはや退陣するしか道は残されていなかったのである。

それにしても安倍首相絡みの報道になると、NHKは必ずと言っていいほどいつもの政治部女性記者を登板させる。安倍首相が外遊する時も必ず随行し、現地からの報道を担当する有名な女性記者だ。今回も首相の辞任表明については何一つ批判的なコメントを加えることなく、ただ会見内容の要約を尤もらしく伝えただけだった。これまでの報道ぶりから考えると、どうやらこの人物のコメントがNHKの公式見解となるらしく、他のニュースキャスターや解説委員はそれ以外の発言ができなくなるように見受けられる。彼女がNHKの事実上の「報道管制官」の役割を果たしているとすれば、恐ろしいことだ。

それに、彼女は午後のニュース解説番組にも頻繫に出演しており、「お茶の間の顔」として印象付けようとするNHKの意図があからさまに感じられる。「みなさまのNHK」を「安倍さまのNHK」にしていくためのキーパーソンがこの人物なのであり、安倍政権が長期化するにつれてその役割がますます大きくなってきていた。いつまでこのような状態が続くのか、それとも「安倍と共に去りぬ」の運命を迎えることになるのか、今後のNHKの報道姿勢が注目される。

それはさておき、まずは各紙のスタンスを翌8月29日の紙面構成や社説で見よう。読売新聞は「コロナ対策 節目、難病再び 突然の幕」との大見出しにもあるように、辞任表明の基本原因は本人の持病悪化によるものとみなしている。政権評価については、「拉致・五輪 道半ば、急な辞任 戸惑い」と一応の留保をつけているが、基調は「国論二分の課題 挑んだ」(特別編集委員)、「長期政権の功績大きい」(社説)との全面評価で貫かれている。具体的には、「決められない政治」からの脱却、日米同盟の強化、集団自衛権の行使を可能とする安保関連法の成立など、国論を分断して強行した政治姿勢が全面的に肯定されているのである。唯一の失態として指摘されているのは新型コロナへの対応のまずさだが、これとても責任の一端が官邸主導の政治にあるとしながらも、基本的には迅速な政治決定を可能にした官邸主導政治が肯定されている。「危機対処へ政治空白を避けよ、政策遂行には強力な体制が要る」(社説見出し)と結ばれているように、読売の強権主義・強権政治推進論は変わることがない。

これに対して産経新聞は、右の立場からの批判に重点を置いた紙面をつくっている。「走り続けた7年8カ月、期待と批判、一身に受け」と長期政権を一応評価しながらも、「首相辞任決断 志半ば」との大見出しのもとに、「憲法=改憲気運盛り上がらず」「外交=重ねた会談、領土進展なく」「経済=見えぬアベノミクス後」「五輪、コロナ対策=追加経費難問」「拉致=被害者帰国果たせぬまま」と安倍政権が実現できなかった政治課題への不満を隠していない。産経とすれば「改憲突破内閣」と位置づけた安倍政権への期待が大きかっただけに、改憲の入口にも立てなかった安倍政権への失望が大きかったのだろう。次期政権に対しては「『安倍政治』を発射台にせよ」(主張=社説)とあるように、安倍政権の果たせなかった政治課題の実現を強く要求し、加えて米中対決を基調とする対中強硬外交への転換を求めている点が注目される。

日経新聞は、安倍首相の辞任表明はすでに織り込み済みだったのか、論評にあまり力が入っていない。安倍政権はもはや「過去の存在」だとの認識からか、紙面構成は「次期政権の課題」をメインに編集されている。安倍首相在任中の政策評価に関しても「アベノミクス未完」「次期政権に政策の充実を求める」視点から編集されており、総括にはあまり紙面を割いていない。具体的には「挑んだ課題 道半ば」との見出しの下で、「新型コロナ=経済優先で後手」「女性活躍=育児と両立支援拡充を」「地方創生=観光や防災、支援続けて」「延期の五輪=道筋見えず、コロナ対策・追加経費...課題山積」「森友・加計...晴れぬまま」などとなっている。それを象徴するのが、「誰が次期首相になろうとも日本を取り巻く情勢は厳しく、政策を切れ目なく遂行しなければならない」との政治部長発言だろう。社説でも「円滑な政権移行」がまず強調され、安倍政権の最大の業績は「政治の安定」だったことが述べられている程度だ。むしろ力点は、「ポスト安倍 動き急」「五輪・コロナ・東アジア安保、次期政権に課題山積」の見出しにみられるように今後の政局に移っており、「ポスト安倍」への期待感が滲み出ている。こうした点から考えると、国民の信を失った安倍政権は体制側にとっても「厄介者扱い」だったのであり、早くから与党内での政権交代が望まれていたことをうかがわせる。

朝日、毎日両紙は、総力を挙げた紙面構成となっている。拙ブログのような小論ではとても紹介できるものではないが、それでも印象程度のことは記しておかなければならない。安倍政治に象徴されるような世襲政治および政党政治の劣化に関する本格的な論評は、これから出るものと期待してのことである。

朝日の主張は、政策評価のあれこれに関するよりも「この最長政権が政治のあるべき姿という点で『負の遺産』を残した。国民の疑問にきちんと向き合ってきたのかを、冷静に問い直さなければならない」(政治部長発言)、そして「首相在任7年8カ月、『安倍1強』と言われた長期政権の突然の幕切れである。この間、深く傷つけられた日本の民主主義を立て直す一歩としなければならない」(社説)との一節に凝縮されている。社説は、退陣の直接の理由が持病であるにしても、その背景には「長期政権のおごりや緩みから、政治的にも、政策的にも行き詰まり、民心が離れつつあった」ことを指摘し、今回の総裁選では、「安倍政権の政策的評価のみならず、その政治手法、政治姿勢がもたらした弊害もまた厳しく問われなければならない」と提起している。まったく同感だ。

毎日も同様の論調で貫かれている。「どんなに長く続いた政権もいずれは終わる。第2次安倍晋三政権の7年8カ月がこの国に何をもたらし、何を失わせたのか。その功罪を受け止め、日本が次に進む道を探るときである」(主筆発言)、「7年8カ月に及んだ長期政権の弊害で際立つのは、『安倍1強』によるゆがみだ。内閣人事局に人事権を掌握された幹部官僚の間では、政権へのおもねりや『忖度』がはびこった。国会を軽視する姿勢も目立つ。野党を敵視し、反対意見には耳を傾けない。民主主義の基盤となる議論の場に真摯に向き合おうとしなかった。長期に権力を維持することには成功したが、政策や政治手法の点では『負の遺産』が積み上がったのが実態だったのではないか」(社説)との指摘だ。いずれも安倍政権の本質を突いた鋭い問題提起だと思う。

読売、産経、日経3紙と朝日、毎日両紙の決定的な違いは、安倍首相の記者会見の模様をどう伝えたかにあらわれている。前者3紙は記者会見の要旨を伝えただけで、質疑応答についてはほとんど触れていない。朝日、毎日両紙は、安倍首相の冒頭発言に加えて、質疑応答についても詳しく解説している。とりわけ毎日紙は、冒頭発言および質疑応答の一問一答について全文掲載しており、資料価値は極めて高い。これまで安倍首相は、記者会見を開いても自らの発言に多くの時間を割き、質疑応答については幹事社のサクラ質問に答えるだけで、それ以外の質問にはほとんど対応することがなかった。「次の予定がある」とかの理由で質問を途中で打ち切り、逃げるようにして会場を去るのが常だったのである。しかし、今回は最後の記者会見ということもあったのか、冒頭発言は短く質疑応答にかなりの時間を割いた。もう「次の予定」がないので、逃げるわけにはいかなかったのだろう。

私が注目する質疑応答は、「憲法改正」「公文書改ざんと説明責任」「国政私物化」の3点だ。
――(問)最長政権でも憲法改正は実現できなかった。機運が高まらなかった理由は何か。
――(答)残念ながら、まだ国民的な世論が十分に盛り上がらなかったのは事実であり、それなしには進めることはできないのだろうと改めて痛感しているところでございます。
――(問)「安倍1強」の政治状況が続き、官僚の忖度や公文書の廃棄・改ざんなど負の側面が問われた。十分な説明責任を果たせたと考えているか。
――(答)公文書管理についてはですね。安倍政権において、さらなるルールにおいて、徹底していくということにしております。また、国会においては相当長時間にわたって今挙げられた問題について、私も答弁させていただいているところでございます。十分かどうかということについては、これは、国民の皆さまがご判断されるんだろう、と思っております。
――(問)森友学園問題や加計学園問題、桜を見る会の問題などでは、国民の厳しい批判にさらされた。これは政権の私物化という批判だったのではないか。
――(答)政権の私物化はですね、あってはならないことですし、私は政権を私物化したというつもりは全くありませんし、私物化もしておりません。まさに、国家国民のために全力を尽くしてきたつもりでございます。その中でさまざまなご批判もいただきました。またご説明もさせていただきました。その説明ぶりなどについては、反省すべき点もあるかもしれないし、誤解を受けたのであれば、そのことについても反省しなければいけないと思います。私物化したことはないということは申し上げたいと思います。

これはもう〝ご飯論法〟どころの騒ぎではない。憲法改正がうまくいかなかったことへの回答を除いては、徹頭徹尾、最後の最後まで事実関係を否認し、自らの責任を回避している。公文書改ざんなど否定できない事実に関してさえ自らの責任を認めず、説明責任を果たさなかったことについても「国民の皆さまがご判断されること」と逃げている。国民の大半が「クロ」だと見なしているモリカケ問題や桜を見る会についても「白(シラ)」を切り、「私は政権を私物化したというつもりは全くありませんし、私物化もしておりません。まさに、国家国民のために全力を尽くしてきたつもりでございます」と公言するのだから、声も出ない。7年8カ月にも及ぶ安倍長期政権は、こうして「ウソと偽り」で塗り固められた記者会見で終わったのである。

記者会見の翌日から、各紙の紙面は政局一色となった。8月31日朝刊は、大手5紙が揃って菅官房長官の出馬を伝え、後継レースの本命と目されていた岸田氏や対抗馬の石破氏が、ダークホースの菅氏に一気にかわされそうな形勢を伝えている。朝日新聞電子版(8月31日21時)は、「菅氏優位、細田・麻生両派が支持 総裁選、顔ぶれ固まる 」との見出しで次のように報じた。

 「自民党総裁選に立候補する意向を固めた菅義偉官房長官(71)に対し、同党の細田派(98人)と麻生派(54人)は8月31日、菅氏を支持する方針を決めた。二階派(47人)に続き、主要派閥の多くが菅氏支持に傾きつつあり、国会議員票での争いを優位に進められる情勢となっている。石破茂元幹事長(63)や岸田文雄政調会長(63)は9月1日に立候補を表明する。無派閥の菅氏は31日、最大派閥・細田派を率いる細田博之元幹事長、参院自民党や竹下派(54人)に強い影響力を持つ青木幹雄元参院会長と会談。青木氏に「安倍政権の路線を継承する」と述べ、近く立候補を表明する考えを伝えた。現職閣僚を含む初当選同期7人や、自身に近い無派閥議員14人とも会い、立候補要請を受けた」

 〝安倍政権の継承〟を約束して主要派閥の支持を取り付けた菅氏では、安倍政治を変えることもできなければ、安倍政治の弊害を打破することはできない。まして利権政治以外に興味がない二階氏が幹事長として影響力を発揮するのだから、菅氏の政治空間はますます狭くなる。菅氏がいったいどんな政権構想を打ち出すのか見ものだが、安倍政権のエピゴーネンでは「暫定政権」の域を出ない。「表紙が違っても中身が同じでは意味がない」として、後継者の席を蹴った気骨ある政治家の言葉を懐かしく思い出す。
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