2020.09.08  夏の終り・高原野菜の物語
       ――八ヶ岳山麓から(323)――

阿部治平 (もと高校教師)

この夏はあまり良いことはなかった。
梅雨の長雨のために日光が足りず、ブロッコリーやセルリー(セロリー)、モロコシ(トウモロコシ)の成長が遅れ、目方が市場の規格に達しない「はねだし」が続出した。特に水田を畑に転換したブロッコリー畑は、根腐れのために20から30アールが全滅という畑も出た。耕地が平らだから水が抜けにくいのである。
8月初旬大雨があって梅雨が終わった。その後はかんかん照りで、3週間雨らしい雨が降らなかった。10月11月に出荷するセルリーやブロッコリーの苗が枯れだした。畑のくろ(畔)に浅井戸を掘ってあればモーターで汲上げて水やりもできるが、そうでないとまた全滅である。
この数年、雨といえば長雨と豪雨、晴といえば水不足。すでにこれを異常気象とは言えないのではないか。来年もこうなら平年並みというべきだ。いまのところ順調なのは稲作だけだ。長雨の時期でも気温が低くなければ稲草は育つから。このところの晴天が出穂を促した。私の小さい頃は絶えず冷害を心配したものだが、その当時でも8月下旬の「原山祭」までに穂が出れば稲は実るといわれていた。今すでに穂首が傾いでいる。
温暖化が進み、冷害の心配はなくなったが、標高1000メートル以下では高原野菜は病気がちで栽培しにくくなっている。そこで、ワイン用のブドウを植えた農家もある。冬のマイナス10℃から15℃という低温を無事越せれば,ミカンだってマンゴだって夢ではない。

ノブさはモロコシを栽培している。彼の悩みはハクビシンとシカである。モロコシの「俵(実)」がふくらむころハクビシンは畑に潜り込み皮をむいて食い散らかす。シカはちょっとずつ次々と実をかじって移動するから、うね一列全部だめになることがある。今年はハクビシンの害がひどいという。彼は畑の周りに網をめぐらしたが効き目がない。彼は食い荒らされたモロコシの皮を手にして、悔しがったり嘆いたりした。
「土産物屋へもっていけばひとつで110円から120円、農協だって100円程度はする。毎日4,5本ずつ食われたのじゃ間尺に合わない。捕まえて皮をひんむいてやりたい……」
ところがしばらくして彼の畑のそばを通ると、「ビー、ビー」という警戒音がする。見ると畑のくろにしゃもじ大の器具があって光が点滅している。「若い衆(息子)がインターネットで手に入れたものだが、ハクビシンが寄ってこない」という。

セルリーやブロッコリー、モロコシは体力がなければ栽培はできない野菜である。たとえばセルリーは中ぐらいの規格(中Lという)だと段ボールに5本詰めて10キロだ。この運搬が腰を痛めやすい。このために花卉やホウレンソウに転換した人もかなりいる。
とくにセルリーの栽培は体力を消耗する。セルリー畑には、出荷の時期になると真夜中から明け方まで照明が輝いている。人はヘッドライトと蚊取り線香を身につけてセルリーを切取る。大都市の市場からの注文を農協が取り次ぎ、「朝何時までに何十箱出せ」と伝達してくる。農協はセルリー関係の肥料・農薬と市場を独占しているからその指示には従わなければならない。できるだけ鮮度を保つために深夜からの作業が求められる。未明に収穫されたセルリーは朝のうちに東京や大阪、名古屋の市場に届く。
今一番困るのは、繁忙期の労働力不足だ。セルリー畑のくろに軽トラがずらりと並んでいれば、近所の年寄りを頼んでの収穫とわかる。わが村は中国からの技能実習生を雇っていたが、中国側との賃金交渉がうまくゆかないで、契約は打ち切り。実習生が来ないようになってもう4,5年たつ。だから働ける者はだれでもお願いして収穫をやる。夜中の1時2時から働くときは時給2000円ほど、3.4時間遅れて早朝からの人は1900円くらいである。

2019年全国の基幹的農業従事者(農業の担い手)は140万人、その平均年齢は67歳である。それが去年は2015年よりも2割がた減った。一方農業分野で働く外国人は19年10月時点では3万5513人と5年前にくらべて倍増した。その多くはベトナムなどアジア諸国からの技能実習生である。
ところが八ヶ岳山麓のレタスとかキャベツの主産地では、コロナ禍のためにあてにしていたベトナムや中国などアジア諸国からの技能実習生が来ないから、人手不足は深刻だ。(信濃毎日 2020・09・01)。実習生といっても、「母国の発展に役立つ技術を伝える」とかいう当局のうたい文句とは無縁で、実態は気の毒なほどの低賃金労働者である。
コロナ禍が収束しても、これからはアジア諸国からの低賃金労働者は年々来なくなるだろう。送出し国の景気がまあまあなら、就職口は母国にもある。慣れない日本の生活をしなくてもいいからだ。
コロナ禍が広がってから、解雇、雇止めは長野県内ではもう1000人をこえている。新規求人が大幅に減少し、有効求人倍率は1.0を割ってしまった。わが村は外見は純農村に見えるが、兼業農家が大半だ。かなりが臨時工だから解雇、雇止めも出たらしい。これからもコロナ禍があるうちは失業が増える。

とはいえ、ひとつだけ景気のよい話があった。カズさんは花卉の「鉢物」をやっている。笑いをおしころして「大きな声じゃ言えないが、売行きが良くて生育が間に合わない」といった。都会の人は「Stay home 」とかいわれて、外へ出られないからうちの中を鉢花で飾るわけだ。大いに祝ってやったらゼラニウムだのの鉢を2つもくれた。
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