2020.09.28  行政エリートと教育現場のゆきちがいについて
       ――八ヶ岳山麓から(324)――

阿部治平 (もと高校教師)

前川喜平・寺脇研の『これからの日本、これからの教育』(ちくま新書 2017)という本を読んだ(対談なので以下「対談集」という)。
前川氏は文部科学省OBへの再就職斡旋問題で文科省次官を引責辞職し、その後加計学園問題をめぐって「(獣医学部の新設は、安倍)総理のご意向だ」とする文書は文科省内に存在する。あったものをなかったとすることはできない、と勇気ある証言をした人である。
寺脇氏は前川氏の文部省の先輩で、いわゆる「ゆとり教育」推進の立役者である。支持と批判の渦巻く「ゆとり教育」を提唱し実践した結果、文科省から追い出されるような形で退職し、いま大学の先生として教育問題についてさかんに発言し続けている人で、エリート官僚とすれば異色の人物である。
私は1965年から1999年まで高校の教員だったから、ご両所が進めた教育政策を幾分かは実践したことになろう。「対談集」では森友・加計問題や高級官僚と政治家の関係などが論じられ、ずいぶん学校現場とはかけ離れた議論をしているものだと思ったが、印象に残ったのは、「ゆとり教育」と「偏差値教育の追放」を巡る部分である。

「ゆとり教育」は1980年代に登場した。簡単にいうと教科内容を精選し、授業時間を削減するというものだった。寺脇氏らの「つめこみ」だけでは子供たちの生きる力には結びつかないという理念にもとづいて、小中学校高校で教える内容を減らし、児童生徒が自由に考え活動する時間を設け、暗記の苦痛から解放しようとしたのである。
「ゆとり教育」が提唱されたのは、それまでの「つめこみ教育」が大量の「落ちこぼれ」を出した、その反省からである。高校で同僚だった友人はこういった。
「当時は生徒の問題行動(非行)が続出したために、夜中でも土・日でもおかまいなく家庭訪問をし、警察へ行って頭を下げたり、生徒をもらい下げたりで忙しかった。高校で、こうした非行に走る低学力の生徒たちが小中学校で積み残してきた基礎学力を取り戻すことなど望むべくもなかった。あらためて小学校の段階からカリキュラムを精査し、授業時間を削減することは妥当なことだと思った」

だが、「ゆとり教育」は10年前後しか続かなかった。なぜか。
教科書会社がつくった教師用指導書「虎の巻」と教科書とに頼って授業を展開するのに慣れたものにとっては、教材を作りながら授業をやるのは、よほどの能力と時間的「ゆとり」がないと難しかったからだ。
我々現場の教員は、教科精選の結果生まれた「ゆとりの時間」を持て余すことが多かった。趣旨説明は不十分、予算も施設設備もないなか、「好きなようにやれ!」と言われても、どう授業をやったらよいか困ったのである。同僚の一人は毎週「ゆとりの時間」に郷土料理教室をやって、かなり多額のポケットマネーを持ち出した。「ゆとり」もなにも、部活動で腹をすかした生徒が殺到したからだ。
寺脇氏は「ゆとり教育」の反対勢力は三つあったという。一つは学校とは、ひたすら知識を詰め込む場であって、学ぶ側の主体性などどうでもよいという守旧派。第二は新自由主義者で、学校と子供を競争にさらしその中でナンバーワンが生まれなければ意味がないというもの。第三は教員組合などの主張で、「ゆとり教育」を入れたら学力格差が拡大するばかりだという平等主義である。

私は「ゆとり教育」支持派だったが、第三の平等主義に同調した。当時、「これからは塾や予備校が繁盛する」「親の経済力が今まで以上に成績に反映するようになる」などと、同僚間で議論したことをおぼえている。
日本の学校は、上と下がすぼんでまんなかが膨れた紡錘型の格差構造である。高校では東京大学合格者を出す進学校を頂点とし、大学では東大を頂点とする。「ゆとり教育」のカリキュラムによって授業が早く終わり土曜が休日となれば、親は子供を少しでもましな学校に進学させるために塾や予備校に通わせる。だから寺脇氏らの思惑と現場は違い、「ゆとり教育」が子供の生活に「ゆとり」を生むことははじめからあり得なかったのである。
いまも親が貧しいものはハナから弱者だが、さらに受験技術を教えてもらえる塾・予備校のない田舎の高校生は、授業時間が減った分、大学受験においては以前に増して不利な立場に置かれた。30数年前、東京大学の丸山昇先生は私に「近頃は地方の秀才をあまり見かけなくなりました」といった。同じ趣旨を京都大学の佐和隆光名誉教授も著書の中で発言しているが、これは当然の結果だった。
前川氏も寺脇氏も、「ゆとり教育」を実施する際に、それが塾・予備校通いの増加という作用を生み出し、社会的には親の経済力による成績格差の増大を生むということに考えが及ばなかったようだ。

もうひとつの私の関心事、「偏差値教育の追放」とは次のようなものだ。
1992年に埼玉県教育長竹内克好氏は、中学校長らに対して「業者テスト」を基準にした進路指導をやめるべしと発言した。これを受けて当時の文部大臣鳩山邦夫氏は、業者テストによる偏差値輪切りを「公教育において、あってはならない」ことだと発言した。その結果94年度高校入試から、全国の中学に対し業者テストの偏差値を進路指導に使ってはならないという指導が行われた。
業者テストの結果を利用できないとなると、中学の教師は、素手で高校選びの指導しなければならない。結果は子供も親も、確かなことを言えない中学を見限り、塾や予備校を頼るようになった。いきおい、彼らは学校の授業よりも塾・予備校のほうを重視することになる。
友人によると、その後校長会によって実施される地域共通テストが登場し、その結果から偏差値を算出することを県教委も認めざるを得なくなった。その偏差値をもって、私立高校の「相談会」に行くと、高校側は業者テストの偏差値と同様の扱いをして入学の内定を出すようになったということだ。

「ゆとり教育」は結局、保守派とメディア、さらに教員組合からも叩かれて、10年ほどで悪評の中に沈没した。国際的な学習到達度調査の結果、日本の子供の学力が低下していると判断された、いわゆる「2003年ショック」が決定的であった。だが、ほんとうに学力が低下したかどうかは、教委も政党も研究者も、だれも実証してはいない。
前述のように、「ゆとり教育」は世間の非難を浴びる前に挫折していた。主には我々教員に「ゆとり教育」に対応する能力がなかったからである。別な言い方をすれば「つめこみ教育」のほうが楽だったからだ。
現在も教師たちは、過酷な労働条件の下で疲れ、学習について行けない子供や、いじめにあっている子供、自殺など「生きる力」を喪失してしまっている子供に十分向き合う余裕がないと言われる。教職志望者が減少するのもやむを得ない。
一方、「教えて考えさせる授業」が提唱されている。教師の説明・理解確認・理解深化・自己評価という4段階で授業を進めるというものである。提唱されてかなりの時間がたつが、どの程度受け入れられ実践されているだろうか。

飛躍するようだが、ここには教員の労働条件の問題と並んで、資質・力量の問題が存在する。私は教員の資質・力量を抜本的に向上させなければ、どのような優れた提案も実践はできないと考える。日本全体の教員の能力が教育先進国なみになってはじめて、児童生徒の学習成績も国際的比較に耐えられるようになり、個性ある独創的発想をする子供が生まれる。
そのためには、公立私立を問わず学校教員の知的能力を修士課程修了程度にたかめ、給与を大幅に引き上げ、完全な休暇を保証し、在職研修を形だけのものから実のあるものにする必要がある。かりにフィンランドに倣うなら、教師の社会的地位の評価を医師・弁護士に次ぐ程度に高めることを目標にすべきであろう。こうしてはじめて高い資質を持った教員志望者を増加させることができる。

「ゆとり教育」の失敗も「偏差値教育追放」の失敗も、どこか似たところがある。くりかえすけれども私見では、「ゆとり教育」が空回りしたのは、教員の資質と力量を向上させる課題を見過ごしたためである。その教育政策はいずれも、理想論の表層を掬っただけで終わっている、という点だ。実際寺脇氏は、この「対談集」の中で、偏差値教育をなくすことの意義については語っているが、今日までこれがなくならない理由についてはあまり語っていない。
今日の教育の閉塞状況を打破するために、前川氏や寺脇氏など教育界に影響力を持つ人たちには、あらためて具体的かつ現実的な提案をしてもらいたいと思う。これは元高校教員の、切なる願いである。(この稿はかつての同僚4人の協力による。反論を期待したい)
Comment
学校の主機能が、なんであるかという考察が抜け落ちている。
知識を得、思考力を鍛え・・・・・。
は、表の目標。
子どもに序列をつけるという目的もある。
それは、生徒全員に同じ評定をした教員が受けた処分から、はっきりわかる。
序列をつける、それをどう判断するのか、それについて語らない教育の制度設計に携わる人は、さほどの知見保持者とは思われない。
なう (URL) 2020/09/28 Mon 16:49 [ Edit ]
 歌人の内野光子氏が「政権内部にいたキャリア官僚が辞めた後,政権批判をして国民受け」をしている状況を嘆いておられる旨の発言をなされている。(「どうしようも内角,発足ー私たちは何をなすべきか」ちきゅう座9月19日)。同感なので返事を差し上げようと思っていたところ,阿部治平氏の,国民受けしている元キャリア官僚お二人を紹介されている記事を拝読して,小生のゆとり教育観を披露させて頂きたくコメントさせて頂きます。(以下常体)

 寺脇研氏の経歴から,ゆとり教育実施の前に広島県の教育長就任を抜いてはいけない。組合潰しのために40歳そこそこで教育長に就任した寺脇氏の下で,板挟みに苦しんだ高校長が自殺された。つまり如何なる教育であれ,文部省の存在それ自体が学校教育を歪めて来たのである(その反対が教育の正常化)。政治的になることを好まないので一点だけ取り上げれば,文部省は「当分の間,学習指導要領(以下要領という)を文部省が作る」と言った。しかし70年経っても,要領を作成し学校現場に押し付けている。そういうことを前川氏は指摘しない。前川氏の主張には全面的に賛成だが,問題の根幹は彼が言わなかったことにある。
 さて,ゆとり教育が実施されようとしているとき,小生の娘はまさにこれに遭遇した。親に似て数学でその後落ちこぼれた。しかしその過程でなぜ娘が算数・数学に弱いのかを調べていくうちに,学校制度そのものに問題があることを感じた。
 詰め込み・超過密路線で育った子どもたちから多くの落ちこぼれができた。要領が出来る子どもたちの育成に重点を置いてきたからである。富国政策(強兵の方はゆっくりと増強されてきた)。制度的には1教科の授業数が多くなれば他の教科も多くの授業数を要求した(教科エゴ)。これは生徒の能力を超える。わき見している暇はない。つまり教師の指導能力が高い,低いの話ではない。授業内容も発達心理学から見て平均能力より高い授業内容を各教科とも教科書に盛り込んだ。これも落ち零しを多く生んだ要因である。例えば小五にドイツ語の単語がいくつか登場した。また例えば掛け算九九。小学2年ないし3年に掛けて覚える。それを2学年だけにした。世界的に見ても3学年で掛け算九九がスラスラいえる子どもが少ないことを考えたとき,日本の教育程度は高かったと言えよう。さらに言えば,微積分の初歩を習って教員になるのは日本だけである。多くの国は微積分を習わなくても小学校教師になれる。
 しかしそこで詰め込み批判の世論を気にした文部官僚たちは学校にゆとりが必要であることを感じゆとり派の審議会委員を任命して、教育を総合的な学習に舵を切らせたのである。その主役が寺脇審議官である。前川氏は英国に国費留学。寺脇氏は米国留学中に総合的な学習を知り実践。日本に持ち帰った。しかし西欧はこの教育が学力を低下させるものであることを知って廃止しようとしているとき10年遅れで寺脇氏はこれを日本で実施しようとした。
 しかし実施するには日本の学校でも実施可能だという教育実践が必要であった。そこで研究学校を各地に指定し研究報告をまった。しかしながら指定された学校はこの教育実験が失敗した(あまり効果がなかった)とは報告できない。効果があったと報告せざるを得なかった。研究発表を見に行った教師たちはそれほど素晴らしい研究だと思わなかった(近所の教師たちの感想の多くもそう言っていた。PTAの親たちは文部省指定の研究学校ということで何が何だから分からないが,学校に協力して交通案内に立ち,お昼にはみそ汁=豚汁などを配って参観教師をねぎらった)。系統学習で育ってきた教師たちに無理やり生活単元学習(総合学習の理論的背景)をやれと言っても無理であった。すなわち文科省への研究報告は嘘の塊であった。今でもそうだ。
 1930年代にソ連はデューイの生活単元学習を止めて系統学習を取り入れた。それが戦後の,米国を出し抜くスプートニク発射に繋がった。科学と科学技術の発達には系統学習がどうしても必要である。円周率を3とするか3.14とするかは系統学習と密接なつながりがあるとは言わないが,3よりは大きく4よりは小さいという「近似」の感覚が数学の特徴の一つである。結論から言えば「3」は大坂工業会にとっては不都合であり,精密な製品は造れない。ゆえに「3」でいいとするゆとり教育(総合的な学習)に反対し通産省を通して寺脇文部省に苦情を申し入れたのである。漢字が読めない,分数の計算ができない高校生や大学生では製品を作るのには困るのである。(新しい要領が出来る頃,教科書も変わり学校の教員もそれに備えるのは3、4年前である。4月1日に突然変わるということはない。しかしゆとり教育は5,6年も前から授業時数や授業内容の削減が行われていたらしい。特別な命令が文部省から出向中のキャリア官僚が指導していたという)。
 寺脇氏や梶田叡一氏のゆとり教育は教科エゴや超過密路線の真逆の物としては有効であった。しかし,総合的な学習は最初は「教科」ではなかったが,導入されて行くと「教科」という事にされた。教科数が9教科から10教科に増えた。最近では道徳は教科に馴染まないものであったが,下村大臣によって「教科」とされた。要するに子どもにとっては大きな負担であり,或る教科に熱中しているとき時間が来たから次の教科ですと言われれば,学習意欲が減退するのは当然である。もう少し理科の実験がしたい,絵をかきたい。子ども一人ひとりによって学習意欲に差がある。違いがある。しかも息抜きの時間(道徳や総合学習の時間)が評価されることになり密かに学校を息苦しいものにした。それを無視してきたのがこれまでの文部行政であり,文部官僚であった。歌人内野光子氏が憂うるとおりである(『どうしようも内閣、発足~私たちは何をなすべきかなのか』 内野光子2020年月19日 ちきゅう座,評論・紹介・意見)。
 朝日新聞文化欄シリーズから転載された「特別企画”ル-ツ”シンポジウム 「外国語学習って一体なんなのだ」(時事英語研究,1977年10月号)は加藤周一の「大学生になるために」に対する,当時の識者10人の英語学習体験を載せている。その10人の英語教育論に対して,加藤が10人すべてを論駁した文章が11月号である。小生はそれらを読んで日本語と数学を必修課目にすべしという加藤の考えに賛成して今日に至る。
 教育問題の解決は教科数を減らすことである。教科の必修は日本語(国語)と数学(算数)とし残りの教科を選択制とすることである。日本語の尊重は日本文化を理解する上で必要不可欠である。天平の甍や元禄文化を理解する上でも,古今和歌集などを読む上でも英語より日本語が重視されなければならない。我々は日本人なのである。漢字と共に仏教伝来以来,日本には文字があった。また同時に国際人でもある。数学が今日の科学や科学技術を習得する上で,世界共通の基礎教科であることは言を俟たないであろう。しかし経済活動や意思伝達のためにこれからは英語と共に中国語が世界共通語になる可能性が出てきた。しかもその中国語は,日本語が外来語をカタカナ表記によって取り入れて消化したように,数学や科学の用語を上手く取り入れ,数理科学学習を容易にした。
 火薬や紙,あるいは羅針盤を発明した中国は眠れる獅子といわれたが1840年の阿片戦争に敗れた後も眠ったままであった。ところが科学技術の用語を中国語にうまく翻訳することによって科学学習を容易にした。それが戦後の,独立後の最先端の華為5G技術やTikTokに繋がったのである。
 中国は,軍事的には超音速5以上のミサイル(東風17)を開発して米国に追いつき追い越した。またロシアのプーチン大統領が2018年3月,西側記者団に原子炉推進のミサイル(音速5以上)を開発したと発表したように,それらの科学技術は系統学習の賜物である。しかし総合的な学習から抜け出すことに遅れた米国は未だに最先端の技術を開発していない。軍拡競争はよしてほしいが,系統学習を廃止しようとしたゆとり教育(最近では総合学習から Active Learning と名を変えた)では科学技術の進歩はおぼつかない。現に米国の英語(国語)力や数理能力はG20どころかG25に入るのが精いっぱいである。
 必修教科を日本語や数学とし,残りの教科を選択制にすることが『教育の空回り』を防ぐ有効な手段であると考えている。たとえば大学で「バンキョウ」と呼ばれている一般教育科目は多くの学生から嫌われている。卒業必修単位数が多すぎるからである(その深層心理には小学校以来の教科数の多さへの反発がある)。もちろんリベラル教育は必要である。3つ4つの準必修教科は必要であろう。しかしフィンランドの教員の多くが修士号を持っているとしても例えば小学校教員が九つも十つもの教科を教えることはない。日本文科省は教師に負担をかけ過ぎである。また部活動指導など土・日出勤の,日本の中学校教師は世界の絶滅危惧種といっても過言ではない。
 国際学力テストTIMMSやPISAで上位に食い込んでいるのは系統学習の上海,シンガポールや台湾そして韓国である。民度が高い地方ばかり。ゆとり教育の空回りは一つに系統学習を軽んじたこと,二つに学習意欲を削いだこと(教科数の多さ,能力の高い子には易しすぎる学習内容、能力の低中な子には学習意欲の強制),そして三つに学習指導要領を文部官僚が未だに作成している事に由来するだろうと考える。地方に任せるべきであろう。それはできる。教育委員が任命制に変更された昭和33年以降と違って今年2020年は,このコロナ禍で首相の学校休業の要請があっても,半日は授業をしたりした学校・地方教育委員会が少なからずあったし,またさらに国の方針に反して,和歌山県のように自主的にPCR検査を徹底してやった地方自治体がある。すなわち,国の判断を誤りとして地方自治体が独自に政策を実行できる好個の例を示したほどに地方の実力は上がったのである。地方分権法を大いに活用すべし。

 阿部治平氏の『行政エリ-トと教育現場のゆきちがいについて』を読んで以上のような感想を抱く。
箒川 兵庫助 (URL) 2020/10/01 Thu 00:43 [ Edit ]
 前回の拙稿において偏差値教育からいかに脱却するかについては何も論じなかった。寺脇研氏とは面識はないが,偏差値進路指導について情報を共有したことがある。
 鳩山邦夫文部大臣の偏差値教育を止めよというお触れにも関わらず学校現場はこれをやめなかった頃の話である。しかし考えるまでもなく,前川流に論じれば「今まであったものを急になくすことはできない」。なぜなら学校の先生に頼ることができない親は不安を増すであろう。授業料を払うにも困った親に私学へ払う金の余裕はない。すなわち代替案がなければさらに深い闇に紛れ込んで偏差値利用が延々と続くことは明らかであった。
 中学校教員の中の,その学校の進路指導に責任を持つ教員だが,公立学校への合格率が低くなれば,責任ある教員への批判が高くなることは明らかであろう。しかも学校が変わってもこれまでの負の噂は消えない。つまり学区全員の責任ある教員はお互いに情報交換をして負の噂をなくすために一人の総責任者に任せているのが現状であろう。
 しかし偏差値進学指導をなくすことはできる。各都道府県で統一試験をすれば,得点分布のおおよそが分かる。他方で各高校のこれまでの実績からして,各高校の◎×学科は何点以上の成績と公表しておけばよい。
 いやそれでもその学科を受験したいという生徒もいるので都道府県全体で再試験する。それで最終合否を判定する。番狂わせもあるかもしれないが,偏差値教育(進路指導)は無くせる。
 高校から大学への場合も容易ではないが,可能である。各高校の入学者を例えば3割以下と限定するのである。多少の緩みはあっても中学→高校ほどの混乱は起きない。大学の定員の3割ないし2割8分以内などに制限し,絶対に3割を越えないようにし,「3割おじさん」になるようにすべきである。
 大学から各官庁への登用も同じ。同じ大学からの採用を3割未満とするのである。これが出来るかできないかは社会全体の合意に掛かっている。耐え難きを忍び忍び難きをたへて合意すべきである。その結果,偏差値教育は皆無とはならないが,その弊害除去の確実性が増す。
 しかし反論もあるだろう。優秀な官僚が集まらなくなる。しかし財務省の文書改竄,隠匿あるいは厚労省の統計改竄をみればキャリア官僚ほど優秀な者ほど法律を守らない。それでいいのか。植草一秀教授も告白しているように,財務官僚時代,上司に言われて上司の政策に都合のいい統計作成を命じられた。それが大蔵省ではなくて経企庁から発表されたという。ウソの連続である。ヤラセ・デタラメはここに極まったと言えよう。すなわち,東大法学部を出たキャリア官僚だけでは駄目なのである。
 教育の話はそうではない。官僚の中でも文部官僚は5,6流だそうだ。中野好夫東大英文科教授(故人)も書いている。ダメな官僚の集まりだから学校現場はさらにダメになったと言えなくもない。
 ゆとり教育が学校教育に取り入れられることに反対して,上越教育大の朝倉という教授は辞任された。戦後の教育改革で社会科担当として学習指導要領作成に係った方である,と聞いている。
 他方,小生の近くにある国立大学では理科の教授と社会科の教授が対立していたという。ゆとり教育は社会科教員に多い。なぜだろうか。小生は約30年間日経の熱心な読者であった。何もわからず目を通していたのだが,あるときICU大学の高校社会科教員が論説欄か何かで「総合学習はデューイの生活単元学習に基づく」と解説されていた。ではそれまでは何だったのかと問われれば,教育の主流派,J.S.ブルーナの「発見学習」であったと言えよう。ケインズ・MMT派が昔主流で現在は反主流派であるように。
 しかし教育関連の書はたくさんあるが難解というよりハッキリ定義できない用語がたくさんあり勉強するのにも困った。
 "heuristic" という教育用語がある。ブルーナが用いた重要な概念であるが,難解すぎる。しかし系統学習の重要な概念である。日経は,教育にも力を入れていて学生アルバイト3兆円産業などという記事も載せていた。ある時,没落する系統学習つまりヒュ-リスティック理論と別れを惜しむ専門家の,生活単元学習を呪っている文章を載せた記事を読んだことがある。盛者必衰の理をあらわす。人間の思考方法は,永井道雄元文部大臣が言ったように8つある。八ヶ岳に上るにもいくつかの道(ルート)があるのと同じである。
 社会科学的方法と発見的思考方法とは異なるから社会科教師には辛い面があったと思われる。してみると例外は朝倉教授である。現在は10人に石を投げれば一人は大学教授であるか,警察の厄介になるかだろう。しかしこれだけ私学が増えれば安普請の教授の数も増えるだろう。教育問題の根本には,憲法に違反して私学援助をしたことである。教育の機会均等というもう一つの項目があり私学にも税金を投入することになったようだがこれが大きな誤り。住民基本台帳によって学生一人ひとりに学費を払えばよかったのである。大学事務局に払いだしたために,日本電通事業のように中抜きされたのである。ゆえにタオル今治市におけるような獣医学科設立の問題が発生する。
 昔々,ナダ・イ・ナダという精神分籍兼作家がいて「五教科の平均を出す」ことに何の意味があるのか,という疑問を呈しておられた(というよりも学生であったナダ氏が質問して教師連中を大いに困らせた,という)。通知簿の平均を出すことになんの意味があるのか。意味なんて何にもねえ(nada y nada)ことも明らかである。しかし選抜はなされなければならないから小生は3割未満論で我慢したい。
 ところで私事に渡って恐縮だが,高校時代,進路指導の担任は,数Ⅲを勉強してください,と命令調でおっしゃられた。理数系進学者にとっては必要であるが,小生のような文系進学者には余計なお世話に聞こえた。しかし数学は嫌いではなかったから勉強した。しかし力を入れて勉強したのは地理・世界史であり物理や化学であった。ところが高3の受験間際に私立大学(M大学とJ大学)英文科を受けて見なさいという進路指導が担任からあった。しかも小生はMやJを希望していなかったので驚いた。体が弱かったから空気が汚い,水が美味しくない都会では済みにくいと考えていた。後で考えてみれば英語の学力の偏差値からすればその程度であると分かったのである(担任は模擬試験の結果からそう判断したのだ分かったのは,後年のことであった)。
 暗記力抜群の前川氏は小学校時代,登校拒否したことがあるという。その理由は分からないが画一的な教育が嫌だったのかもしれない。一方寺脇氏のように早熟児はどんどん勉強が捗ったに違いない。大器晩成型の子どもは偏差値教育(輪切り)で損をする。他方で女々しいことを言わず(差別している用語かな?),東大法学部に入学することが重要だと信じて已まない集団もいる。人間いろいろ。
 最後に申し上げたいが,偏差値教育をなくす方法がもう一つある。パンキョウ(一般教養課程教科)の多さに辟易している学生が多いことを逆手に取る方法である。手短に申せば,教科領域を多くするのである。試験科目を多くするのである。10kmマラソンの掛かった時間を点数に換算。俳句を作る。連歌を作る。楽器を演奏する。自画像を描く。槍投げ記録。砲丸投げ記録。核戦争を起こす方法を考えよ。あるいは起こさない方法を考えよ。米国から武器を買えと言われても断る方法を考えよ・・・等々。
 採点する方も,問題を考える方も大変だが偏差値教育をなくすためには金をかければよいだけの話である。そしてさらに全ての教科を必修受験科目として出題するのである。予備校の数も増えるだろう。傾向と対策も広がりを見せるであろう。しかしいずれにしても偏差値が出しにくい状況を作ればいいのである。
箒川 兵庫助 (URL) 2020/10/05 Mon 00:18 [ Edit ]
ご意見をいただきありがたく存じます。ずいぶん参考になりました。小生山中の一人暮らしで、自分の意見を俎上に載せて議論していただく機会がありません。夜郎自大になっていることは重々承知していますが、どうしようもありません。今後ともぜひご批判をお願いします。
阿部治平 (URL) 2020/10/06 Tue 04:05 [ Edit ]
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