2020.09.29  新聞の改憲問題報道に違和感
       国会ばかりに目がゆき国民の動きは無視

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 その記事を読んで、思わずうなってしまった。「こんな底の浅い記事を書いているから新聞は読まれなくなったんだな」と。その記事とは、朝日新聞9月12日付朝刊3面トップに載った『考 次期政権の課題』という続き物の6回目で、いわば安倍政権がこれまで進めてきた改憲作業を検証した記事だった。安倍首相最大の念願だった改憲が挫折したのを受けた意欲的な報道には違いないが、私には国民(読者)不在の記事ではないかという思いを禁じえなかった。

 その記事には2本の見出しがついていた。主見出しが「改憲論議 首相主導が裏目」、サブ見出しが「『9条に自衛隊を明記』野党は反発」である。少し長くなるが、記事本文の最初の部分を以下に掲げる。

 「安倍晋三首相が望んだ憲法改正が最も実現に近づいたのは、2016年7月の参院選で『改憲勢力』が衆参ともに3分の2を占めた時のことだ。
 その後の衆院憲法審査会で自民党は、改憲項目の具体的な絞り込みは急がず、議論を積み上げる中でまとめていく方針をとった。数を頼みに改憲案の発議を急いでも、その後の国民投票で否決されるおそれがあったからだ。
 だが、思うように進まぬ議論にしびれを切らしたのは首相だった。翌年の憲法記念日に改憲派集会に送ったメッセージで『9条に自衛隊を明記』と打ち上げ、2020年の施行と期限まで示した。だが、これがあだとなった。
 露骨な首相主導に立憲民主党などが猛反発。やがて憲法審査会は、開くこと自体が難しくなっていく。改憲勢力に数えられていた公明党も、9条の解釈変更で集団的自衛権の行使を認めたことへの支持母体の強い反発もあり、9条改正には腰を引いた。
 自民は18年3月ら9条も含めた『改憲4項目』をまとめたが、財務省による公文書改ざんなどで政権への逆風が強まると、党内でも改憲への機運は急速に薄れていった」

 安倍改憲の挫折までの流れはこの通りだろう。こうした政治的経緯はすでに報道されており、ここには新しい事実の紹介はない。要するに、この記事が言いたかったのは、首相の狙いは与党の一角の公明党と立憲民主党など野党の抵抗で実現しなかった、ということだろう。

 でも、公明党と野党が安倍改憲を阻んだ、と言い切ってしまっていいだろうか。一見そう見えるが、そうした見方は重大な事実を見落としているのではないか。私に言わせれば、安倍首相の改憲意図を砕いた最大の要因は、広範な市民による護憲運動であった。

 改憲作業を推進する安倍政権にとって最大のつまずきは、2019年7月の参院選だったと私は思う。この選挙で、改憲勢力は参院で改憲の発議に必要な3分の2を割ったのだから。つまり、改憲勢力は参院で改憲発議ができなくなったのだった。

 その時の攻防を詳しく見てみよう。
 参院の議席定数は245だから、改憲発議に可能な「3分の2」は164議席。当時、自公両党に日本維新を中心とする改憲勢力は非改選で79議席を擁していたので、2019年7月の参院選で改憲に必要な議席164を獲得するには改選議席124のうちの85議席を獲得する必要があった。だから、自民党は参院選に全力を注いだ。

 参院選の結果はどうだったか。
 改選議席124の当選者の内訳は、自民57、立憲17、国民6、公明14、共産7、維新10、社民1、れいわ2、無所属ほか10 。この選挙により非改選の議員を含めた参院議員は245人となったが、うち改憲勢力は160人にとどまり、改憲発議に必要な164人に届かなかった。僅差ではあったが、国会での改憲か護憲かを巡る攻防では護憲勢力の勝利であった。

 護憲派が勝利できた要因は、なんと言っても、野党が全国で30あったⅠ人区に統一候補を立て、10人を当選させたことが大きかった。岩手、山形、秋田、宮城、新潟、長野、滋賀、愛媛、大分、沖縄の選挙区である。

 ところで、参院選が迫っても、野党間の統一候補擁立作業は難航した。その野党を統一候補擁立に踏み切らせた一つのきっかけは、市民を中心とする護憲派の野党への働きかけだった。 
 
 野党各党の背を押したのは、「市民連合(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合)」である。これは、集団的自衛権行使容認に道を開いた安保関連法案に反対する運動が盛りあがった2015年に、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会 、安全保障関連法に反対する学者の会、 安保関連法に反対するママの会、 立憲デモクラシーの会などに属する有志の呼びかけで発足した市民のプラットフォーム。
 それ以来、市民連合は「安保法制の廃止と立憲主義の回復を実現するには、野党に頑張ってもらう以外にない。野党共闘に向けた政党間の協議が進まないというのであれば、まずは市民が広く連帯することで、市民が野党共闘をリードしよう」として、野党共闘を後押しする活動を続けた。

 2016年の参院選挙では、32の1人区で野党統一・市民連合推薦候補の擁立を実現し、11の1人区で勝利した。
 そして、2019年7月の参院選を迎えたわけだが、そこでは、前述したように、1人区で野党統一候補を10人当選させることができた。
 選挙に先立ち、市民連合と5つの野党・会派(立憲民主党、国民民主党、共産党、社民党、社会保障を立て直す国民会議)は13項目の政策協定を結んだ。その第1項目は「安倍政権が進めようとしている憲法『改定』とりわけ第9条『改定』に反対し、改憲発議そのものをさせないために全力を尽くすこと」であった。
 
それから、「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」が果たした役割も見逃せない。これは、安倍首相による9条改定を阻止するために護憲団体が大同団結して2017年に発足させた組織で、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会に加わる「戦争をさせない1000人委員会」「憲法9条を壊すな!実行委員会」「戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター」の3団体のほか、九条の会などが参加している。

 全国市民アクションは、発足と同時に「安倍改憲NO!憲法を生かす全国統一署名」(略称3000万人署名)を始め、2019年6月末までに947万筆を集め、国会に提出した。目標を達成できなかったものの、市民の護憲意識を高める上で一定の役割を果たし、これが参院選に影響を与えたとみて差し支えないだろう。

こうした経緯をたどってくると、安倍首相の野望を潰えさせた主役は公明党と野党ではなく、むしろ、広範な市民を中心とする護憲派だったとするのが妥当な見方ではないか。

 もっとも、朝日新聞の記事も、後半部分で「改憲案を最終的に承認するのは国民投票だ。これは憲法改正の主役は国民であることを示しており、国会はその手助けをするに過ぎない」と述べている。そこまで言うなら、「主役」である国民が、この7年8カ月の間、安倍政権の改憲作業とどう闘ってきたかについても言及すべきではなかったか、と私は考える。
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