2020.10.05 ナチが共産主義者を襲つたとき 
     ―菅政権の一撃を見て考える―

半澤健市 (元金融機関勤務)

  「ファシズム体制」は安倍継承から菅攻勢に深化している。
 私は安倍政権の7年8ヶ月の体制を護り抜くのが菅政権の仕事と考えていた。それは大甘であった。彼らは守備から攻撃に転じている。「菅体制」からの最初の一撃は日本学術会議新会員の任命拒否である。

 太平洋戦争に協力した反省から学問の独立を理念とし軍事研究とは距離を置く日本学術会議が生まれたのは1949年である。憲法第23条は「学問の自由は、これを保障する」とうたった。以来、会議は国力の発展と現実政治のなかで科学政策のマスタープランや文科省のロードマップ策定に関わってきたという。

 政権との軋轢があるなかでも、会員任命は会議側の推薦に基づき首相が異論なしに任命する慣行が続いてきた。それが今年、3年に一度の定員半数の105名任命中、初めて6名の任命を首相が拒否したのである。9月28日であった。
 6名は安倍政権に批判的な言動のあった研究者であるとメディアは報じている。「ご飯論法」の加藤官房長官は記者会見で説明を拒否した。「東京新聞」10月3日朝刊によれば、首相は「法に基づいて適切に対応した結果だ」と立ち止まらずに答えている。

 6名は次の諸氏である。
芦名定道・京大教授(宗教学)
宇野重規・東大教授(政治思想史)
岡田正則・早大教授(行政法学)
小沢隆一・東京慈恵医大教授(憲法学)
加藤陽子・東大教授(日本近代史)
松宮孝明・立命館大教授(刑事法学)

 新聞の扱いはハッキリと二分された。一面トップは「東京」、一面左肩は「毎日」と「朝日」であり、3紙とも数頁を費やして政権への批判的な報道を行った。「毎日」は、2面全部を使い「官邸 学問に人事介入」と大きく報じた。「読売」、「産経」、「日経」の扱いは小さく且つ「客観的な」書き方であった。
学術会議は10月2日の総会で6人の任命を求める首相への要望書を提出する方針を決めた。会議の新旧会長も不満を表明している。
 私は「彼らは守備から攻撃に転じている」と書いたが、メディアによっては「観測気球」とみるものもある。いずれにせよ、菅政権のこの一撃は極めて重大な発信だと思う。

 政治学者丸山眞男は、論文「現代における人間と政治」(1961年)の中で、キリスト者マルチン・ニーメラーの短文を引用している。

 ■(ニーメラーの文)ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。けれども結局自分は共産主義者でなかったので何もしなかった。
それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は依然として社会主義者ではなかった。なおも何事も行わなかった。
 それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかった。
 さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であった。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであった■

 丸山は、ニーメラーが「端緒に抵抗せよ」、「結末を考えよ」という二つの原則を引き出したといってこの短文を引用したのである。ニーメラーは一時はナチの賛同者であったり戦後は共産主義者とも共闘するなど、その宗教者としての生き方への評価は分かれるようであるが、この短文は記憶に値すると思う。「端緒に抵抗せよ」の教訓を読者と共有したい。(2020/10/03)

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