2020.10.07 学術会議会員が「公務員」だから何だというのだ
       ――菅発言の支離滅裂をこのままにしていいのか

田畑光永 (ジャーナリスト)
                        
 学術会議の新メンバー候補として推薦された105人のうちから6人を任命しなかった問題で、一昨日(5日)夕、菅首相がやっと口を開いた。聞いてあきれると同時に、この人の頭の構造に空恐ろしい粗雑さを感じた。野党のみなさん、「鉄は熱いうちに打て」というが、「くず鉄はすぐに打ち砕いて」ほしい。
 発言を聞いてみよう。開口一番、「日本学術会議は政府機関で、年間約10憶円の予算を使って活動している。会員は公務員の立場だ」ときた。こんなわかりきったことを念押しするのは、「10憶円はおれが出してやっている。公務員なのだから総理大臣の言うことは絶対のものとして聞け」という意味だろう。
 そして「人選は現会員が後任を事実上指名することも可能な仕組みで、推薦された方をそのまま任命してきた前例を踏襲してよいのか考えてきた」とこれまでのやり方に不満をのべる。その不満の中身は「現会員が後任を事実上指名することも可能な仕組み」である。「事実上」と言っているのだから、現会員が後任を指名した前例があるわけではなさそうだが、「事実上」でも「指名することが可能な仕組み」が気に入らないなら、それがなぜよくないと思うのか、きちんと説明するのがものを言う際の礼義である。ましてや総理大臣は誰よりも偉いと自任しているらしい人間なら、自分の発言の重さを心得ているはずなのだから、理由も言わずにいいの悪いのを云々するのは不謹慎のきわみである。
 したがって「推薦された方をそのまま任命してきた前例を踏襲してよいのか考えてきた」そうだが、それならなぜ、その疑問を学術会議に提起して意思の疎通をはからなかったのか。安倍長期政権でずっと官房長官を務めていたのだから、総理が任命する機会に何度か立ち会っていたはずである。なぜ今まで黙っていて、いきなり「任命拒否」という刀を振り回したのか。
 「省庁再編時に相当議論が行われ、総合的、俯瞰的な活動を求めることになった。その観点から今回の任命を判断した」というが、「相当議論が行われた」というのはいつのことなのか。これまで議論があったことは確かだが、伝えられるところでは、結局、現行の仕組でいいということでここまで来たわけだから、その変更の理由をまず明らかにするのが議論の筋ではないか。
 「総合的、俯瞰的な活動を確保する観点から今回の任命を判断した」。これまた分からない。「総合的、俯瞰的な活動」というが、学術会議は議論の場である。そこで「俯瞰的活動」とはなんだ?高層ビルの屋上、あるいは何とかタワーの上で会議を開けということかと、くだらない突っ込みを入れたくなるくらい意味不明だ。そして、それがどうして「今回の任命を判断」する観点になりうるのか。ひょっとして任命を拒否された6人はじつは高所恐怖症だとでもいう秘密報告が内閣調査室あたりから上がって来たのか。
 首相は質問に答えて、「今回の人事と学問研究の自由とは全く関係がない」と声を強めて答えた。巷間伝えられる6人が政府の政策に対して反対あるいは批判的な見解を明らかにしたことが任命拒否の理由ではないかという推測は誤りだ、と言いたかったようだが、本当に過去の学問的見解の表明が無関係だとすれば、それはそれで大変なことである。
 なぜなら6人は任命を拒否されたのだから公務員ではない。それで拒否した理由が学問的立場と関係がないとすれば、個人的理由による任命拒否ということになる。とすれば、本人にも、社会的にも、理由の説明なしのまま一私人になにか専門領域以外で欠陥があると宣告するのと同じだ。名誉棄損であるばかりでなく、ことは人権にかかわる。
 その意味でも、任命拒否の理由はきちんと明らかにすべきである、というより、しなければならない。個別の人事については発言をひかえる、というのが、好都合にしばしば使われる弁明だが、そんな誤魔化しを通用させてはならない。政府による個人の人権蹂躙である。しっかり追及してほしい。
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