2020.10.14  「平和の鐘 一振り」が約80カ所に広がる
         「長崎原爆の惨禍を忘れまい」の思いを込めて

岩垂 弘 (ジャーナリスト)

 「こよなく晴れた青空を 悲しと思うせつなさよ……」。9月28日夜、テレビを観ていたら、藤山一郎が歌う古関裕而作曲の『長崎の鐘』が流れてきた。そうだ、ここで歌われている「長崎の鐘」とは、被爆して崩れた浦上天主堂の瓦礫の中から掘り出された鐘のことだったなと思い至った時、毎年巡ってくる長崎原爆の日(8月9日)に平和を願って鐘を鳴らそうという運動を1人で続けている人のことが脳裏に浮かんだ。「平和の鐘 一振り」運動を続けているフリーライターの鶴文乃さん(79)=茨城県つくば市=である。

 鶴さんは長崎原爆の被爆者。当時4歳だった鶴さんは爆心地から約4キロの山奥に母といて被爆。父と兄は長崎市内に出かけていて被爆、数日後に亡くなった。このため、原爆へのこだわりが強く、これまで長崎原爆をテーマとした小説やノンフィクションを発表してきた。
 
 執筆活動のかたわら、2006年に次のようなニュースレターを内外の友人・知人へ英文と和文で送った。
 「うち鳴らそう、世界中の鐘を! それもたった一振りの鐘でいいから、毎年8月9日AM11:2(日本時間)に!
 1945年8月9日11時2分にアメリカによって、原爆が長崎の浦上に投下されてから61年になりました。当時3、4発しかなかったとされる原爆(核兵器)は、今や3万発を超えていると言われます。幾度となく完全に地球を破壊するのに十分な数です。
 数限りなく生命を育んでいる地球を、人間の勝手で破壊していいわけありません。そこで、最後の被爆地、長崎の悲劇を忘れず、これから核なき平和な地球を祈願して、全世界の平和の鐘(教会、諸施設など)を、毎年8月9日11時2分(日本時間)に合わせて、一斉に鳴らせましょう! たった10秒間で約7万の犠牲者を出した、その一瞬を実感するために、たった一振りの鐘で結構です。
 犠牲者を多く出した浦上地区はカトリック信者の町でした。どうか全世界の教会がリードして、この『平和の鐘 一振り運動』が広がりますように。このニュースレターを受け取ったあなた、あなたの町の教会やお寺に働きかけてください。世界では真夜中に鐘が鳴る地域も出てくるでしょう。うるさいと怒らず平和のために祈ってください。平和を願う人々が連帯することが、最後の希望になると信じます」

 どうすれば長崎で起きたことを知ってもらえるだろうか。そして、どうすれば核兵器の怖さを知ってもらえるだろうか。そう悩んでいた時、たまたま目に止まったのがNHKテレビのドキュメンタリー『原爆投下・10秒の衝撃』だった。それは、原爆が広島の街を壊滅させるのに10秒しかかからなかった、と伝えていた。「そうだ。この10秒間の恐ろしさを世界の至るところで、体感することはできないものだろうか」。そこで思いついたのが「平和の鐘 一振り運動」だった。

 寺、神社、教会、公の施設などにお願いして、あの瞬間に、鐘や鈴、サイレンを鳴らしてもらうという運動だ。これを耳にした人たちは、「いったい何だろうと」と思案するにちがいない。運動の趣旨を説明すれば、それが、核兵器がもつ非人道的な残虐さを伝える警鐘であり、原爆の犠牲者への鎮魂と「核なき社会」実現への祈りを込めた響きであることを理解してくれるのではないか、と考えたという。

 運動を広げたい。が、一人では限界がある。そこで、運動の趣旨に賛成する人を増やし、その人たちが、自ら近くの寺、神社、教会、公の施設などに足を運んで「平和の鐘 一振り」を頼む、というやり方はどうだろうか、と考えた。そこには「そうすれば、ヒロシマ・ナガサキを被爆者だけの問題に終わらせず、市民の1人ひとりが自らの問題としてとらえることができるはず」「平和運動は特定の人たちに委ねるのでなく、市民のだれもが無理せず関われるものでなくてはならない」との鶴さんの思いが秘められていた。

 こうした運動を始めてから、今年で14年になる。鶴さんによると、「一振り」に参加しているところを正確にはつかめていないが、報告があったものから推定すると、これまでに鳴らしてくださったところ、ずっと鳴らしてくださっているところを合わせると約80カ所になるという。
 これには、寺では、妙法寺(茨城県)、護国寺、池上本門寺(東京都)、総持寺(神奈川県)、延暦寺(滋賀県)、本妙寺(熊本県)、神社では、大宝八幡宮(茨城県)、教会では、福音ルーテル教会(静岡県)、南宮崎カトリック教会(宮崎県)などが含まれている。埼玉県川越市の「時の鐘」も鳴らしてくれた、という。

 海外は、マグデブルグ協会(ドイツ)、ホーリーファミリー協会(ベルギー)、サンペール協会(フランス)など数カ所という。

 今夏も新たに鐘を鳴らしてくれたところがあった。
 8月22日付の長崎新聞によると、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連資産」の構成資産の一つ、熊本県天草市の「天草の﨑津集落」に近い公園の鐘を、8月9日午前11時2分に地元住民らが、平和の祈りを込めて鳴らした。その記事は、鶴さんが提唱する『平和の鐘 一振り運動』の一環だったと伝えていた。

 鶴さんは語る。「この運動は、鐘を鳴らす場所の数よりも寺や教会に『鐘を鳴らしてください』と要請する行動を起こす人を増やすのが目的なので、なかなか広がりません。私自身も『鳴らしてください』と、お願いにうかがうのですが、追い返された経験があります。何か色がついた運動と思われたのでしょうか。でも、協力してくださる方は少しずつ増えています」

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