2020.10.16  「米大統領選」不正投票叫んで裁判闘争 民主主義破壊のトランプ「再選シナリオ」
金子 敦郎 (国際問題ジャーナリスト)

 (筆者金子さんは、元共同通信社ワシントン支局長。「リベラル21」にもしばしば寄稿されている。本稿は、筆者の了解をえて、ブログ「ウオッチドッグ21」に掲載した論文を転載した。10月12日現在、米国の主要世論調査によれば、民主党のバイデン候補が、共和党候補のトランプ大統領を約10%リードしている。坂井定雄)

 新型コロナウイルスに感染したものの3日間の入院で済ませたトランプ米大統領の容体について信頼すべき情報が隠されたたまま、本人の「強い大統領」を誇示するパーフォーマンスが続いている。しかし、ホワイトハウスでは政権幹部や訪問者の陽性判明が相次ぎ、クラスター(感染者集団)が発生していた疑いが濃厚になった。世論調査によれば、大統領選挙を争う民主党のバイデン前副大統領とトランプ氏の支持率の差がさらに広がった。トランプ氏の再選の道はますます遠のいてきたようだ。
 米メディアの報道からは、バイデン氏および民主党が勝利への自信を持ち始めたことがうかがわれるが、喜んでいる余裕はないようだ。トランプ氏は選挙戦で敗れても郵便投票による「不正選挙」を叫んで政権移行に応じないと公言してきた。まさかの非常事態がいよいよ現実味を帯びてきたからだ。

郵便投票は民主党有利か
 トランプ氏のコロナ感染が分かる前の9月末、主要世論調査のどれをとっても、支持率でトランプ氏はバイデン氏にはっきりした差をつけられていた。平均値をとると50・1%%対42・9%、その差7・2ポイント。勝敗のカギを握るとされる激戦6州だけの平均差では3・5に縮まる。だが、2州はほぼ互角なので、残り4州では5ポイント前後の差。再選のためには6州のほとんどを制する必要があるとされる。この両者の差はトランプ氏コロナ感染で、9・7ポイントに拡大した
 コロナ感染の勢いが今も止まらない米国では、各州の選挙管理委員会が大統領選挙に郵便投票を取り入れた。外国基地に駐留する米軍将兵など多数の海外居住者がいるので、投票日まで1カ月半もある9月18日から郵便投票を含めた期日前投票が始まっている。トランプ氏は郵便投票では(民主党の陰謀による)大量の不正投票が横行すると主張して、執拗な反対を続けてきた。 
 米メディアによれば、郵便投票は各州で期日前投票に広く使われてきており、2018年中間選挙(大統領選を除く上下両院議員や州知事、市長、州議会選挙など)では総投票の4分の1、3100万票が郵便投票だった。ワシントン・ポスト紙と研究機関の共同調査では、2016年大統領選挙と2018年中間選挙での郵便投票から抽出した1460万票のうち二重投票などの不正票は372件、全体の0・0025 %に過ぎなかった。その他の学者や研究機関の調査でも、郵便投票での不正は直接投票よりも低いとされているという。
 それにもかかわらずトランプ氏が郵便投票反対を続ける理由は、誰にも見えている。コロナ感染防止に忠実な民主党では有権者のほぼ半分が郵便投票を選んでいる。南部など人種差別が根強い地域では、黒人やヒスパニック(中南米系)は投票所で様々な妨害や嫌がらせを受けることが多いので、郵便投票は歓迎だ。彼らには民主党支持が多い。郵便投票は民主党少数派の投票率を高めて、トランプ氏には不利になるとみられる。だが、不慣れから無効票が大量に出る恐れがある。
 コロナ感染の脅威を軽視してマスク着用を嘲笑してきたトランプ氏の支持者には高齢者が多い。彼らにはコロナ感染を避ける上で郵便投票の方が望ましい。しかし、郵便投票反対のトランプ氏はできるだけ投票所で投票するよう求めていて、共和党の郵便投票者は3割程度にとどまっている。

不正投票再集計―選挙無効化狙う
 トランプ、バイデン両候補のテレビ討論会はまともな討論にならない無残な結果に終わったが、トランプ氏の重大発言が飛び出した。「不正投票」による選挙結果は受け入れないとの発言を再確認。さらに全米で続いている人種差別抗議デモに介入して衝突を引きこしている極右や白人至上主義の武装勢力をなぜ非難しないのかという司会者の質問には答えず、名前の出た極右武装団体に対して、テレビ画面を通して「下がって、待機せよ」と呼びかけたのだ。
 トランプ氏とその陣営は「不正選挙」を監視するためとして、支持者に投開票日には投票所に集まるよう呼び掛けてきた。これがトランプ反対票に大きな威圧を加えることは間違いない。討論会でのこの発言を受けた極右や白人至上主義者のグループは大喜びで出動準備を始めたと報道された。
 米メディアによると、トランプ氏は選挙で敗れても大量の不正投票によるものとして、選挙の無効化に持ち込むもうとしている。そのシナリオはこうだ。
 選挙当日に投じられた票は締め切り後すぐに開票されるが、郵便投票は選挙当日までの消印があり、3日後までに到着したものが有効とされる。民主党の郵便投票はほぼ半数と膨大な数なので、すべての開票が済むには1週間はかかるとみられる。この間、郵便投票を抑えた共和党票の割合が多い当日投票の開票が進み、得票数中間速報では多分トランプ氏がリードして、トランプ氏は勝手に勝利宣言する。しかし、郵便投票の開票が進みバイデン票が迫って、追い越される。そして「不正票のためだ」となる。
 トランプ氏は接戦で敗れそうな州の郵便票の開票ストップ、あるいは再集計を裁判所に要求。民主党も訴訟とデモで対抗するだろう。双方のデモの間で衝突が起こる恐れも強い。騒然とした中で訴訟合戦はそれぞれの州裁判所から始まる。トランプ氏の再集計要求は恐らく複数州に及ぶだろう。その州の知事、議会、裁判所の両党勢力がせめぎ合、訴訟合戦が続く。最後は連邦最高裁へ。

最高裁判事後任に保守派承認を急ぐ
 トランプ氏の頭には2000年選挙での「フロリダの決戦」があるに違いない。開票が最後になったフロリダ州が大接戦となり、いったんゴア候補(民主党)当選と報じられたが、ブッシュ候補(共和党)が1784票差の勝利と逆転、総票数の0・5%以内のため自動的に再集計となった。州議会は共和党、州最高裁は民主党がそれぞれ多数を占めていたことから、訴訟と再集計が繰り返された末、ブッシュ氏のリードが154票まで縮まった。ここで保守派多数の連邦最高裁がさらなる再集計を求めた民主党の上訴を却下し、ブッシュ当選が決まったのは12月13日だった。敗北したゴア候補は総得票数では55万票ほどリードしていた。
 期日前投票が始まった日、最高裁のリベラル派判事ギンズバーグ氏が死去した。この偶然がトランプ氏を後押しすることになった。死去からわずか1週間、待ち受けていたかのように保守派のバレット連邦高裁判事を指名、共和党優位の上院に選挙前承認を求めた。最高裁判事の色分けは保守5人、リベラル4人だったが、保守派の最高裁長官がバランスをとる役割を担っていた。トランプ氏の人事が決まると、6対3と保守が圧倒的となる。保守の3人はトランプ氏の指名者だから、最高裁まで持っていけば自分の「再選」を間違いなく支持すると踏んだのだ。
 大統領選挙が迫っている時期には、民意尊重の原理に従って終身制の最高裁判事の後任選びは選挙の勝者にゆだねるのが不文律となってきた。トランプ氏にそれを期待しても無理な話だろう。しかし、政権中枢のコロナ集団感染に加えて共和党上院議員にも感染者が出てきたので、トランプ氏の日程設定がずれ込む可能性が出ている。
 裁判合戦がもつれにもつれて、憲法が新政府発足の日と定めている1月20日までに決着する見通しが立たないこともあり得る。その場合はどうなるか、憲法にははっきりした規定がないが、下院が各州1票を投じて大統領代行を選ぶという説も出ている。これだとトランプ氏が有利。

事態憂慮する米メディア
 今世界ではベネズエラ、ベラルーシ、キリバスなどが大統領選挙の不正問題で混乱に陥っている。米国で同じようなことが起これば、米国の恥になるし、米国のみならず世界の民主主義は大きな打撃を被る。
 米国では選挙実施・管理は州当局に任されていて、投票、開票の実務は党派を超えて選挙実務のベテランが担っている。だが、権力と責任を持つのは知事、州司法長官、州務長官。いずれも選挙で選ばれているから、連邦レベルの党派対立はそのまま持ち込まれることになる。
 連邦政府は武装した連邦職員を投開票が行われる地域に派遣してはならないと法律で決められている。混乱や衝突などの治安問題に発展すると、州・自治体警察と州兵が対応する。大統領は州兵を指揮下に入れることができる。米メディアには事態を憂慮する記事や論評が目立っている。

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