2020.10.19  公安警察官僚が差配する菅政権、学術会議会員推薦者6人はこうして排除された

広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)
          
 時事通信は10月12日夜10時、「菅首相、『6人排除』事前に把握=杉田副長官が判断関与―学術会議問題」と電子版で報じた。内容は次のようなものだ。
 「日本学術会議が推薦した会員候補105人のうち6人が任命されなかった問題で、菅義偉首相がこの6人の名前と選考から漏れた事実を事前に把握していたことが分かった。除外の判断に杉田和博官房副長官が関与していたことも判明した。関係者が12日、明らかにした」
 「今回の人事を首相が最終的に決裁したのは9月28日。関係者によると、政府の事務方トップである杉田副長官が首相の決裁前に推薦リストから外す6人を選別。報告を受けた首相も名前を確認した。首相は105人の一覧表そのものは見ていないものの、排除に対する『首相の考えは固かった』という」
 「首相が105人のリストを見ていないと発言したことを受け、政府は12日、釈明に追われた。加藤勝信官房長官は記者会見で『決裁文書に名簿を参考資料として添付していた』と明らかにした上で、『詳しくは見ていなかったことを指しているのだろう』と説明。実態として把握していたとの認識を示し、首相発言を軌道修正した。同時に『決裁までの間には首相に今回の任命の考え方の説明も行われている』と繰り返し、人事は首相の判断により決まったことを強調した」

 ここで報じられている事実は、(1)学術会議から提出された105人の会員推薦名簿に関して、杉田官房副長官が6人を選別して推薦リストから除外した、(2)杉田官房副長官は、6人を除外する「今回の任命の考え方」を決裁前に菅首相に説明した、(3)報告を受けた菅首相は6人の名前を確認した、(4)6人を排除するとした「首相の考えは固かった」、(5)決裁文書には参考資料として学術会議からの会員推薦名簿が添付されていた、(6)菅首相は自らの判断に基づき6人を排除することを決裁した――というものだ。

 ハフポスト日本版(10月13日)によると、杉田官房副長官は警察庁出身で「危機管理のプロ」とある。言い換えれば、生粋の「公安警察=思想警察」出身の国家官僚だということだ。官邸公式サイトでは、杉田氏は1941年4月生まれの79歳、1966年に東京大学法学部を卒業後、警察庁に入庁、鳥取県・神奈川県警察本部長、警察庁警備局長を歴任した。その後、1997年の橋本内閣では情報機関「内閣情報調査室」(日本版CIAといわれる)の室長に就任、2001年の小泉内閣では「内閣危機管理監」となり、2004年に退官するまで内閣の危機管理を担った。2012年12月の第2次安倍内閣発足に伴い内閣官房副長官に就任し、菅内閣でも続投したことで約8年間にわたって官房副長官の地位にある。副長官としての在職日数は歴代2位であり、2017年からは中央省庁の幹部人事を一元管理する内閣人事局長も兼ねている。

 ハフポスト日本版は、安倍内閣時の2017年7月13日、朝日新聞デジタルが杉田氏について次のように報じていたことを紹介している。「杉田氏の執務室は官邸内で首相と同じフロアにあり、各省庁幹部が政策の説明や人事案の相談で頻繁に出入りする。歴代の事務副長官は旧自治省、旧厚生省の出身者が少なくないが、杉田氏は警察庁出身。情報収集を得意とする「警備畑」を長年歩んできた。その経験を生かして霞が関ににらみを利かせ、首相や菅氏の意向を踏まえて差配する」。

 このように「警備畑=公安畑」の経験を生かして「霞が関」全体に睨みを利かせ、安倍首相(当時)や菅官房長官(同)の意向を踏まえて官僚機構を差配してきた杉田氏が、今度は学術会議会員の交代期を利用して会員人事に介入し、あわよくば学術界全体を差配して学問研究を政治支配下に置こうとしたことが、今回の事件の本質だろう。任命から排除された6人の1人、松宮立命館大学教授(刑事法学)は、京都新聞のインタビューに答えて次のように語っている(10月3日)。

――任命されなかったことについて率直な気持ちは。
 「率直に言うと、『とんでもないところに手を出してきたな、この政権は』と思った。学術会議というのは、まず憲法23条の学問の自由がバックにあり、学術は政治から独立して学問的観点で自由にやらなければいけないということでつくられた学者の組織だ。もちろん内閣総理大臣の下にはあるが、仕事は独立してやると日本学術会議法で定められている。そこに手を出してきた」
 「しかも法律の解釈が間違っている。日本学術会議法では会員の選び方について、学術会議の推薦に基づいて内閣総理大臣が任命すると書いてある。推薦に基づかない任命はないかわりに、基づく以上は『任命しない』もないのだ。どのような基準で推薦しているかというと、結局その分野の学問的な業績、そして学者としての力があるということを見て決める。これも日本学術会議法17条に書いてある。推薦に対して『不適格だ』というなら、それは研究者としての業績がおかしいと言わなければ駄目だ。ところが、その専門家でない内閣総理大臣に、そのようなことを判断できる能力はない。だから結局、機械的に任命するしかないのだが、今回それをしなかった。任命しないのならその理由を問われるが、総理には言うことができないだろう」

 京都新聞は全紙を使ってこの大型インタビュー記事を掲載しているが、私が最も強い印象を受けたのは、「政権 とんでもないところに手出した」という見出しだった。この記事を読んだ何人かの仲間と議論したが、異口同音にこの見出しが一番印象に残ったという。菅政権の蛮行に対する学会や研究者仲間の気持ちをあらわすのに、最もぴったりする言葉だからだ。

 これは私の単なる憶測かもしれないが、法政大学時代の菅青年は空手道に熱中して憲法をあまり真面目に勉強しなかったのではないか。安倍前首相の成蹊大学時代の恩師(憲法学)も同じようなことを言っていたところをみると、両者は案外似ているのかもしれない。学生時代にあまり勉強せず、学問研究に対するリスペクトもなく、政治世界に飛び込んだ政治家にとっては権力だけが全てであり、権力さえあれば全てを支配できると思い込みがちだ。「たたき上げ」という言葉がそんなキャラクター・イメージと重なることになれば、本当の苦労人は心外だと思うに違いない。

 だがしかし、この間の新聞雑誌はもとよりテレビ番組でもこの問題が頻繁に取り上げられるようになり、一般社会には縁遠かった学問研究の世界に関する理解が格段に進んだことが注目される。憲法23条に保障された〝学問の自由〟を否定し、思想統制が広がれば、それはいつか庶民生活にも及んでくることがおぼろげながらも理解し始められている。10月末から始まる国会論戦で本格的な議論が始まると、菅政権のファッショ的性格はますます露わになり、「たたき上げの庶民政治家」のイメージは一挙に崩壊することだろう。すでにNHK世論調査で内閣支持率の低下傾向が表れている。これに続く各紙の世論調査でどんな結果が出て来るか、「とんでもないところに手を出した」菅政権に対する審判が、早晩明らかになることだろう。


前政権に厳しい批判をした識者を忘れず仕返し(10月10日公開原稿の筆者による補強差し替え)

―元科学ジャーナリストの怒り
 日本学術会議の会員任命拒否の問題、衣の下の鎧、早くも出てきましたね。これで、菅首相なる人物に、ただ好意的だった人たちも、はっと気付くのではないでしょうか。
 アカデミズムに対する劣等感と、安倍政権時代に厳しい批判をした識者を決して忘れずに仕返しする、権力を持った者のおごりが、早くも露呈したわけですから。
 日本学術会議は、1949年の創立当時から、戦争に手を貸した科学者の反省をもとに、政府から独立した立場で、研究者間の選挙で会員を選び、内外に日本の科学者を代表する学術団体として活動し、内外の課題や、政府の政策に、適切な声明や勧告を出してきた歴史があります。しかし保守政権が続き、国は次第に学術会議の独立性を嫌い、政府機関だから、政権の意向を忖度する組織にしようと干渉し、会員の選出方法を、選挙から学協会や会員相互の推薦制に替えました。
 私は2001年ころ、総合科学技術会議の、学術会議の在り方検討委員会に参加していましたが、何回もまじめな討論の結果を取りまとめたはずの報告書が、所管の総務省に容認されず、たくみに書き換えられて、最後の会議で採択公表され、先に結論ありきの会議だったのかと唖然とした思い出があります。
 今回の菅首相の会員任命拒否事件に、科学者世界だけでなく広く一般国民の大反発を受けて、あわてた保守勢力は、問題をすり替え、学術会議の存在を、行政改革の方向から見直し、解体してしまおうと画策し始めています。国の将来を危うくする暴挙です。
 学術会議創生期の、二度と再び戦争に加担する研究はしないという反省と、広く学問研究の自由を守る気概、時の政権からの独立という、理想的なあり方が、70年を経過して国の在り方や、政治家の考え方が大きく変節し、軍事研究に予算を付けたがる時代になりかかっていることを、今、国民として良く考えてみなければなりません。
 学術会議会員が、推薦性になってから、一般研究者からも遠い存在になりかかっていることも懸念されます。いずれにしろ、これ以上、研究者まで、政治を忖度しないと、研究費がもらえないような時代にならないよう、しっかり公に議論してほしいと思います。 (了)
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