2020.10.21  化学物質過敏症患者に尽くした水城まさみ医師が遺したもの
        シリーズ「香害」第16回

岡田幹治 (ジャーナリスト)

 国立病院機構盛岡医療センターで20年近く、化学物質過敏症患者の診察に尽力した水城まさみ医師が9月3日死去した。72歳だった。それから一か月余り。遺したものの大きさを考えている。

◆「化学物質過敏症(CS)専門外来」を開設
 水城医師は2002年12月、盛岡医療センターに「化学物質過敏症(CS)専門外来」を開設し、呼吸器内科・アレルギー科の診察と並行して、CSやシックハウス症候群(SHS)の診察に当たってきた。
 当時は自宅や勤め先の新築・リフォームが原因でSHSになり、それが進行してCSになる人が急増して、大きな問題になっていた。
 SHSは、建材や接着剤から放散された有害化学物質などを吸い込み、めまい・吐き気・手足の冷え・うつ・記憶力や意欲の低下・関節痛・目やのどの炎症など、多岐にわたる症状が出る病気だ。これらの一つが発症する人もいるし、いくつもの症状が同時に出る人もいる。
 SHSは、原因の建物を離れると症状が和らぐが、場所に関係なくどこでも、ごく微量の成分を吸い込むだけで症状が出るのがCSだ。重症のCSになると、普通の生活も仕事も登校もできなくなる(病気に気づき、環境を整えたり養生につとめたりすれば回復する場合が少なくない)。
 SHSもCSも、合成化学物質を多用するようになった文明社会がつくり出した新しい病気で、SHSは2002年、CSは09年に病名が登録された。
 08年に香りつきの柔軟仕上げ剤が国内で販売され始め、以後、柔軟剤や制汗剤が原因でCSになる人が増えていく。近年は消臭除菌スプレーや文房具にまで香り成分が配合されるようになり、そうした製品による「香害」が深刻になった。

◆室内空気質の測定を勧める
 水城医師の診察は、患者の訴えにじっくり耳を傾け、症状をつかんだうえで、科学的根拠に基づいた治療をするのが常だった。そうした患者に寄り添った親身な診察ぶりが広く知られ、患者は全国から受診した。ここ数年は病と闘いながら、7月まで診察に当たった。
 ある患者はこう回想する――。体調不良で寝込んだり、ネガティブな感情に支配されたりしたときも、少しでもよくなった点を見つけ、それを指摘して励ましてくれた。でも、推測やあいまいな期待を持たせるようなことは言わないので、とても信頼できた。
「やせた体で背筋をすっと伸ばし、パソコンの画面でなく、私の方をじっと見てくださった先生の姿を思い出すと、涙が止まりません」
 こんな例もある。40歳代のAさん夫婦と子一人の家族が、無垢材をふんだんに使って新築した自宅に入居したところ、頭痛、咳、息苦しさなどがひどくなり、自宅にはとても住めなくなった。自宅を離れると症状は出なくなる。
 水城医師はSHSだと診断し、自宅室内の空気質を業者に測定してもらうことを勧めた。そのさい、揮発性有機化合物(VOC)の総量(TVOC)だけでなく、ガスクロマトグラフも実施し、どんな物質の濃度が濃いかまで調べることを勧めた。
 測定すると、TVOCがすべての部屋で、1立方メートル(㎥)当たり2000マイクログラム(㎍)前後に達していた。厚生労働省が定めた暫定目標値である400㎍の5倍にもなる数値だ。
 同時にガスクロマトグラフによって、α‐ピネンという物質が1700㎍前後もあること、リモネンという物質が次に多いことが明らかになった。
 スギやヒノキなど針葉樹に含まれているこの2物質は、皮膚炎や呼吸器系・神経系の障害を起こす性質があり、これが原因であることがわかった。健康に配慮して無垢の木材を多用したことが仇になったわけだ。
 Aさんは、CSとSHSに理解ある工務店に相談し、これらの物質がほとんど放散されないような改良工事をした結果、3人が安心して住める住宅になったという。

◆電磁波過敏症を併発することもある
 盛岡医療センターの専門外来では受診者に、CSの問診票と電磁波過敏症の問診票を合体させた「生活環境と健康に関する調査票」(北條祥子・尚絅学院大学名誉教授監修)に記入してもらっている。その結果、CS患者の半数が電磁波過敏症も併発していることがわかった。
 このため水城医師は、いまや電磁波過敏症は特殊なものではなくなったと考え、自宅周囲の電波塔や携帯基地局だけでなく、自宅での電磁波曝露にも注意するよう促していた。新築や増改築の際はCS対策を実施するとともに、資格をもった電磁波測定士に相談して電磁波曝露も少なくするよう助言していた。
 水城医師は、新型コロナ禍にあっても電磁波への警戒を忘れなかった。今年6月、「いわてCSの会」の会報に「新型コロナウイルス感染拡大と化学物質過敏症」について寄稿を求められると、その中に「オンラインと化学物質過敏症」という項目を設けて次のように書いた――。
 テレワークやオンライン授業が広く行われるようになったが、教育における電磁波曝露の危険性について日本ではほとんど語られない。しかし、加藤やすこさん(いのち環境ネットワーク主宰)の情報では、ロシア政府は「新型コロナ対策中の教育で、無線周波数電磁波への曝露を抑えるために」という勧告を出している。
 その勧告はまず、18歳未満の子どもには学習目的でのスマートフォンの使用を禁止し、有線ネットワークに接続したパソコンやノートパソコンを使うことを勧めている。
 使用時間についても細かく定め、たとえば6~12歳はあらゆる種類のパソコン使用の合計時間が2時間を超えないようにすること、6~8歳は10分パソコンで学習したら30分休憩すること、すべての年代についてできるだけ通常の本やノートで学習することなどを勧めている。
 水城医師は。このようにロシア政府の勧告を紹介し、これらは経費をかけずにすぐ採用できることだと指摘したうえで、文部科学省の担当者や教育現場の先生方、保護者やテレワーク推進に関わっている方々にぜひ考えていただきと述べている。

◆一般医師向けの共著が遺作となった
 水城医師は研究と啓発にも力を入れた。多数の論文を発表するとともに、市民向けの講演などで、「CSの原因になる香りの自粛」や「香りの強い柔軟剤の使用自粛」「安全性の高い製品の開発の必要性」などを訴えた。
 最後に取り組んだのが、一般医師向けの対応マニュアルづくりだ。
 CSやSHSは症状が多岐にわたるため、患者は様々な診療科を受診するが、その際、CSの専門医でなくても的確に対応できるようにしたいと考えたのだ。
 コツコツ書き継いできた原稿は、小倉英郎医師(高知県の大西病院院長)と宮田幹夫医師(東京都のそよ風クリニック院長)、乳井美和子さん(同勤務)の協力を得て共著『プロブレムQ&A 化学物質過敏症対策』(緑風出版)にまとめられた。水城医師は8月末まで校正作業をしていた。
 この本は遺族が仕上げ、9月29日に出版された。目次は次のようになっている。
 1 化学物質過敏症、シックハウス症候群とは
 Ⅱ 化学物質過敏症、シックハウス症候群の診断は
 Ⅲ 各科の対応(内科一般、アレルギー科、精神科・診療内科、整形外科、歯科)
 Ⅳ 患者さんへの助言と、療養指導について
 Ⅴ 診断書や意見書について
 Ⅵ 資料
 目次が示すようにこの本は、CSとSHSがどのような病気であり、どのように診断するかを記した後、内科から歯科に至る各科ごとに対応法を示している。
 監修に当たった宮田医師は「CS患者は他の病気の患者とは異なる悩みや不安を抱えている。この本を活用し、そうしたCS患者を理解する医師が増えてほしい」と話している。
 この本はまた、望ましい食事についての説明が計26ページもあるのに加え、診断書や意見書について、労働災害(労災)を申請するときや障害年金を申請するときは、それぞれどのように書いてもらうとよいかなどが具体的に書かれている。その点で患者にとっても役立つ内容になっている。
 出版社には「良い本を出していただいた」「こんな本がほしかった」などの声が寄せられている。

◆専門のクリニックを増やせ
 盛岡医療センターの専門外来が7月末で閉鎖され、国内に残るCS・SHSの専門外来は10施設に満たなくなった。
 岩手県内のある患者は「これからは東京都内の専門クリニックを頼るしかないが、果たして東京まで無事に行けるか不安だ」と話している。
 CSやSHSの診察・治療は、問診が中心で時間がかかるが、手術をすることも沢山の薬を処方することもない。このため収益性が悪く、この数年、閉鎖が続いている。
 しかし、化学物質など環境変化に起因する病気の患者は増加しつつあり、専門外来の必要性は高くなっている。CS・SHS・電磁波過敏症などの医療をどう充実させるか、どんな公的支援ができるか、ぜひ厚生労働省などに考えてほしい。
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() 2020/10/22 Thu 15:43 [ Edit ]
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() 2020/10/22 Thu 16:14 [ Edit ]
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() 2020/10/27 Tue 15:28 [ Edit ]
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() 2020/10/27 Tue 15:29 [ Edit ]
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