2020.11.20 『世界中がホッと一息―バイデン・ハリス米新政権の光と影』(上)
   社運を賭けた迫力、NY タイムズの「トランプ氏弾劾」社説

伊藤三郎 (ジャーナリスト)

 今月3日に行われた米大統領選挙の最終結果が投票日から10日経った13日(米国時間)、ようやく明らかになり、民主党ジョー・バイデン前副大統領(77歳)の圧勝が確定した。その数日前の7日に勝利を確信したバイデン氏はパートナーのカマラ・ハリス副大統領(候補56歳)とともに同日異例の「勝利宣言」を済ませたが、全米50州の最終開票結果は計538人の選挙人のうちバイデン氏が306人を、共和党ドナルド・トランプ現大統領(74歳)が232人を、それぞれ獲得。開票から数日間、息の詰まる接戦が続いたこんどの選挙だったが、最終的にはバイデン氏が過半数(270人)を大きく上回る結果となった。過去4年間「アメリカ・ファースト(自国中心主義)」を振り回し、世界中を困惑させたトランプ大統領の信任投票と位置付けられたこの選挙で、米国民がひとまず「ノーモア・トランプ」の審判を下したことに、世界中の多くの人々がホッと一息ついたに違いない。
 
 私は古巣の朝日新聞を定年退職してから約20年、生涯現役記者のつもりで日本と世界、とりわけ超大国・米国の動きを注視し続けてきたが、過去4年間の「トランプ時代」ほど大統領の人品骨柄にあきれ、国際条約をいとも簡単にぶち壊す乱暴な政策に落胆させられたことはなかった。とりわけ米国の有力紙、ニューヨーク・タイムズ(NY Times)をはじめとする伝統のある新聞、通信社、TV放送などのジャーナリズムを敵視、軽視し、自らに都合の悪い情報はすべて「フェイク・ニュース!」と叫んで一蹴する、その徹底した自己中心のポピュリズム……
 
 こともあろうに、世界をリードすべき米国でこんな「トランプ治世」がさらに4年続けば、世界は取り返しのつかない混乱の泥沼に―私はそんな思いを募らせ、実は新聞記者OBを中心とした会員制のブログ紙(「メディアウオッチ100」=今西光男編集長)に、一歩間違えばとんでもない勇み足の誤報に、という危険な記事を書いた。そのタイトルは「バイデン勝利動かず―トランプに傷ついた米民主主義修復への道筋は?」。発信時刻が11月4日午後(日本時間)、米国では投票が終わり、開票が始まった3日深夜から4日未明にかけて。勝敗の行方はまだ混沌、というよりも「やはりトランプ善戦、4年前の再現も」という見方も出始めたころだった。
 
 この原稿、新聞の業界用語でいえば「予定稿」、つまり今度の大統領選挙では「トランプ勝利」と「バイデン勝利」それぞれの場合の原稿をあらかじめ書いておき、勝負の行方がついたと同時に出稿、できるだけ早く輪転機を回すための原稿のこと。こんどの私の場合はブログ紙、つまりオンライン・メディアなのだが、とにかく「バイデン勝利」の朗報を一刻も早く、という執念から、おひざ元米国の通信社、TVもどちらかの「当確」を打てずに悩んでいるうちに「ゴーサイン」に踏み切った。ただし、編集長宛に「『トランプ勝利』の予定稿は書く気なし。この原稿、もし間違えばお詫びとともに全文取り消し原稿を書く覚悟です」とのメッセージを添えた。
 いま振り返ると、記者OB 中心の仲間内への甘えもあったにせよ、私としては「背水の陣」の原稿だったのである。

 その拙稿のリードは大筋以下の内容だった―
 米国と世界に「分断」という深い傷跡を残した米トランプ政権に対し、米国民はついに「不信任」の審判を突きつけた。現職のトランプ大統領と民主党のバイデン前副大統領との一騎打ちとなった米大統領選挙は3日投票を終え、開票が進んだ同深夜(日本時間4日午前)バイデン氏の勝利が確定的となった。トランプ氏はコロナウイルス感染、今月初めの入院治療から急回復し、最後まで「再選」への逆転に執念を燃やしたが、これまでの開票結果から「敗北宣言」は時間の問題と見られるに至った。
 トランプ氏は開票前から「敗北宣言はしない。郵便投票は憲法違反の疑いがあるので、開票結果が自分に不利なものになれば最高裁への提訴も辞さず」と宣言。候補者の一方が「敗北宣言」に踏み切ることによって実質的に勝者が決まる、というこの国大統領選特有の美風に従わぬこともあり得る、とされていたが、トランプ氏にそういう悪あがきを許さず「潔き敗北宣言」を迫る厳しい選挙結果となった。

 さて、私に上記「バイデン勝利」の執筆を急かせた大きなきっかけは、投票日の2週間前、米NY Times紙が『国難に終止符を!』というタイトルの社説(10月19日付け国際版)を載せたことだった。2017年に始まったトランプ政権の政策を徹底批判したその明快な内容には、トランプ政権への「最後通告的」迫力、社運を賭けたか、と思わせる不退転の決意がにじみ出て、「これはトランプ氏にとって厳しい選挙となる」と深い感銘を覚えたのである。
 社説はまず「トランプ大統領の再選への挑戦は第二次世界大戦以来、米国の民主主義に対する最大の脅威です」と書き出す。続けて「われわれNY Times の論説委員会としても、選挙という正当な手段によって選ばれた大統領を軽々に告発するものではありません」と礼節を守る姿勢を表明した上で、この4年間米国内外に困惑と反発を招き続けたトランプ氏の乱暴で間違いだらけの政策を並べ立て、「あなたは米国大統領にふさわしくない人物です」と切り捨てた。
 そして次のような「結語」へ―
 「トランプ氏とは高潔さのかけらも持ち合わせぬ人物です。彼は米国憲法を守り、維持する、という自らの宣誓を繰り返し破ったのです。
 さて、この国の民主主義が危機にさらされている今、米国の選挙民は、共和党支持者も含めて、投票によってこの国を守り、維持する以外に危機克服の道はないのです」

 国は違えども同じジャーナリズムに身を置く一もの書きとして上記社説に共感。私事だが、古巣「朝日新聞」とは長年提携関係にあるN.Y. Times紙の、この悲痛な叫びに米国民が果たしてどう答えるか、固唾をのんで見守ったが、「ノー・モア・トランプ」との結果が出て、太平洋の彼方の国の出来事とは思えぬ興奮と安どの念を噛みしめている。
 同じブログ紙に4年前、世界を驚かせたトランプ政権の誕生を「トランプ氏が吠えまくった“既成の政治権力”“一握りの特権階級”への失望と怒りが、共和党、民主党という二大政党の枠を超え、全米50州の境界線を越えるトランプ氏支持票となった」と書き、その「投票による革命」によって生まれた異端のトップ権力者を「劇薬的新大統領」と表現したのを思い出す。
 いかに破天荒な大統領といえども選挙という神聖な手続きを経て生まれたリーダーに対し「軽々に告発」するものではない、と敬意を表したNY Times 論説委員会と同じ思いだったが、さて政権始動直前の続編では「飛びついたトランプこれから何をする」と、しっかりした体系に基づく政策構想を持っているとは思えなかったトランプ新大統領を、失礼ながら柳に飛びついてもやることがない蛙にたとえ、世界中が不安の眼差しで見つめていることを指摘した。
 果たしてその後のトランプ時代4年間―内政では先ず「移民排斥」をむき出しにしたメキシコとの国境の壁建設に始まり、オバマ前大統領の目玉政策だった社会福祉の拡充政策、「オバマケア」つぶしへの圧力。そして、何と言ってもコロナ禍への対応のまずさと開き直りによって「死者20万人超」という世界最悪の被害をもたらした明らかな失政の責任を中国のせいにするというトランプ流言い逃れは、ついにその限界を超えたというほかない。
 また、外交面では「NAFTA(北米自由貿易協定)」の一方的破棄と改定の強要に始まり、中国の習近平、米国のオバマという両リーダーの決断によって一歩前進を見た地球温暖化対策の歴史的合意「パリ協定」をいとも簡単に離脱、そして昨年来人類全体を襲い続けるコロナ禍の最中にその重要な砦とされる「WHO(世界保健機関)」からの離脱と、その暴挙に枚挙の暇なし。
 
 こうした内外に広く深く横たわる「トランプの爪痕(つめあと)」をバイデン新政権はどう修復するか。分断化で歪んだ米民主主義をリハビリの軌道に乗せ、悪化した欧州諸国との関係をどう立て直すか。「新冷戦」とも言われる中国との対立の行方は……
 国際的には“トランペット政権”(トランプのペット)と揶揄された安倍前政権。その後始末のドサクサの中からに生まれた安倍亜流の菅政権には、「バイデン新時代」の日米同盟をどうするか、その構想力に不安を禁じ得ない。
 
 現時点では、上記拙稿『バイデン勝利動かず』に書いた「トランプが敗戦談話」を、つまり「潔き敗者(good loser)」となって政権移行に協力を、という期待は依然お預けのまま。ただ、開票の遅れた接戦州で相次いで法廷闘争を展開し、徹底抗戦を続けてきたトランプ陣営だが、13日にはペンシルバニア州で闘争を続けてきたトランプ陣営の弁護団が闘争を断念。「われわれが身を引くことが原告(トランプ)のためになる」との声明を発表。これに先立ってアリゾナ州の弁護団も闘争を断念。法廷闘争の前途は日を追って厳しくなっている。
 さらに、「トランプ氏は15日、『彼が勝利したのは、選挙が不正だったからだ』とツイートした。『不正選挙』という留保をつけたが、バイデン次期大統領の勝利に初めて言及。」(「朝日新聞」11月16日付朝刊)
 上記のように「トランプ氏の意地と抵抗」の先行き、バイデン・ハリス民主党チームへの政権移行への道筋にはなお「予測不能」の影が付きまとう。が、世界を困惑させたトランプ政権を生んだ2016年米大統領選は、4年後同じルールの選挙でトランプ不信任の結果を生み、米国の議会制民主主義はコロナ危機のギリギリの段階でなんとか復元力を見せた。その点だけは動かぬ事実であり、今度の大統領選挙のひとまずの成果だろう。
 そして、こんどの大統領選のもう一つの明るい果実、ハリス副大統領(候補)、史上初めてホワイトハウス入りする女性リーダーへの期待などを<下>で考えることに。

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() 2020/11/20 Fri 00:25 [ Edit ]
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