2020.12.11 VR(Virtual Reality)活用で注意したい点
映像と現実の区別と現実を見失わない努力

杜 海樹 (フリーライター)

 VR(Virtual Reality)技術の進歩が増々加速している。テレビなどでも盛んに紹介されているが、専用のゴーグルを装着すると実際に現場に行ったかのような臨場感ある映像が目前に写し出され、様々な疑似体感ができる。沖縄のコバルトブルーの海でも、富士山の頂上からの眺めでも、ニューヨークの摩天楼でも、何でも写し出すことができ、家から一歩も出なくても世界中どこでも出掛けた気分に浸ることができる。また、現実にはない世界、例えば、平安時代や江戸時代の街並みを歩く、故人と再会する、アニメの主人公と対面する等々を映像を通して体感することもできるようになって来ている。今後、人工知能が発達してくれば更に映像の世界が拡がっていくことは確実であり、映像を通してできる仮想現実の世界は無限大となって行くのであろう。
 
 もう一つ、新型コロナ感染症対策で広まり始めたリモート会議についても、今後、更なる進展が予想されている。現段階ではパソコンソフトも通信回線もモニター設備も会議使用という面では初期段階といったところだが、VR同様に人工知能の発達を受け、大人数での会議運営等も当たり前と化して行き、医療や教育の分野での活用も進み、VR技術とリンクすることでの新たな使い方が生じてくることも十分予想されている。
 リモートでの会議場の設定なども自由に行うことができるようになり、日本国内に居ながらハワイのリゾートホテルで会議をしているような状況を作り出すこともできるようになるであろうし、簡単な出張などはVR技術で十分カバーできるようになるであろう。
 
 また、これまでフィールドワーク等は現地に出向くことが当たり前であったが、VRで見聞先を映像で再現できれば、家に居ながらにして簡単なフィールドワークであればできてしまうであろう。社会科の授業であれば1945年8月6日の原爆ドームの前に立って原爆が炸裂する映像を見ながら歴史を学ぶことも可能であろう。生物の授業であれば、細胞の内部を見ながら遺伝子について学ぶことも可能であろう。古文の授業であれば、清少納言が枕草子を執筆する姿を見ながら学ぶことも可能であろう。今までにない新しい取り組みも期待できよう。
 
 しかし、どんなに優れたVR技術でもリモート会議技術でも絶対に忘れてはならない注意点が一つあると思う。それは、VRもリモート会議も両方とも映像であって本当の現物を見ている訳ではないという点だ。当たり前と言えば当たり前の話だが、現れる映像が精巧であればあるほど現実と勘違いしてしまう危険性がついて回ると思われ、映像は映像、現実は現実と分けて受け止めることが不可欠と考えている。この区別ができれば、VR世界の有効活用にも期待が持てると思うのだが、区別できないとなれば現実社会を見失ってしまう危険性が高まると思われ、警戒が必要になって来ると思う。
 
 例えば、映像と現実の違いとは具体的には次の様なことだ。先程、VRで1945年8月6日に原爆が炸裂する映像を見ながら歴史を学ぶことも可能と述べたが、VRを何十回と繰り返し見たとしても本人が被爆することなどは決してないし、危害が加わることもない、それが映像というものであろう。しかし、現実の原爆が炸裂するところを本当に見た場合は、その人間は確実に被爆して死んでしまうであろうし、それが現実の世界の出来事というものだ。この点を十分理解した上で映像に接していないと、いつの間にか、どんなに危険な映像を見てもモニターの前でお菓子でも食べながら…といった緊張感のない状況が常態化し、現実の世界で起き得ることを実感できなくなってしまう。現実社会を外部から傍観するような形でしか接することができなくなる……、そうなってしまうことが一番恐ろしいと思う。
 
 VRを活用するなら、活用する以上に現実に触れる努力を怠ってはならないのではないだろうか。

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