2020.12.15 コロナ下ハンガリーでの入院体験記(下)
 
盛田常夫 (経済学者、在ハンガリー)

貧しい病院食
 もう一つ、ハンガリーの入院患者が直面する問題がある。それは病院食である。この問題も、社会主義時代からほとんど変わっていない。しかも、ほとんどの旧社会主義国でも状況は同じである。
 朝食はパン1-2個に小さなマーガリンかジャム、ハム1-2枚がついていて、紅茶でいただくことになる。食材も紅茶も、品質は最低限のものが使われている。パンが皴しわなのは、水分を多く入れて焼いているからである。
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 お昼には温かい食事が用意されるが、簡単なスープと野菜のポタージュの組み合わせがほとんどである。これを完食している人は少なく、半分以上の食材がゴミ箱横のバケツに捨てられている。
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 今は病院内にビュッフェが設置されているので、お腹が空けばそこでサンドウィッチを食べることもできるから、病院食を食べなくても困ることはない。
 入院して数日間、夕食がないのに気づいた。看護士に聞いたら、そんなはずはないという。よくよく考えてみると、夕食のパンは昼食時に一緒に配られていた。それをてっきり昼食と思っていたが、看護士からはそれが夕食であるという説明は一切なかった。あってもなくても困るようなものではないが。下の写真がある日の昼食時に配られた夕食である。
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 真ん中の白い物は大根の生の輪切り(皮つき)である。レバーペイストとリンゴが1個ついている。
 トイレにしろ食事にしろ、社会主義時代から問題が放置されているのは、医療と直接関係がないと考えられているからだ。だから、医師も看護士も、それほど真剣に考えない。これを変えるのは至難の業である。
 蛇足だが、この病院食を提供している会社は毎日、千食を超える食事を配送しているだけでなく、清掃作業も請け負っているようだ。独占的な事業取得の背景には特別な人間関係が予想されるが、競争相手のいない事業はおざなりの仕事になりがちである。

患者の権利
 こういう状態の病院に長居したくはない。とくにコロナ感染のリスクが大きい現状ではなおさらである。コロナ患者の搬送口と陰性患者の入口は別になっているが、医師や看護師はコロナ陽性者の病棟を行き来している。床に消毒用のマットが敷かれているわけでもない。
 新たな患者が病室にやってくる度に、気を付けなければならない。一応、PCR検査を受けているとはいえ、狭い部屋に3ベッドが詰められているから、別の病気の感染のリスクが大きい。ほとんどの救急患者はせき込む人が多く、夜の呼吸は荒い。トイレの衛生状態を考えると、いつ何時、コロナ感染が起きても不思議ではない。
 地方の町からカテーテル検査にやってきた患者は1日で帰る予定だったが、医師から2晩の宿泊を依頼された。1泊と2泊では、病院の診療報酬が違うので、ご理解をお願いしたいと説明していた。その彼が帰った後に、60歳前後のロマ人が入ってきた。別の病院で腫瘍の化学療法を受けている途中に、心臓発作を起こしたらしく、ここに来ることになったという。到着した途端に、家族や知人へ電話を次から次へとかけまくる。もともとロマ人は話好きで声が大きい。病室は一挙に賑やかになったが、医師の言うことはあまり聞かない。
 私に聞いてきた最初の質問が、「煙草をどこで吸えばよいか」ということだ。「昨日、ベランダでタバコを吸っている患者がいて、医師からおしかりを受けた」と話したが、その程度のことで諦めることはない。そうこうしているうちに、隣室にもう一人、若いロマ人が入室した。私にトイレットペーパーを求めてきたので1個渡した。彼は午後10時になってもスマートフォンから大きな音量で音楽を聴いていた。ドアを開けっぱなしにして。そのうち、私にタバコがないかを尋ねに来る始末である。
 月曜日に予定されていたカテーテル検査が延期されたので、センメルワイス大学の知人の医師に、どうやったら病院から退院できるかのアドヴァイスをもった。「コロナ禍の状況で、体調にとくに問題なければ、感染リスクのある病院に長期に留まる意味はない」ので、なるべく早く退院したほうが良いということだった。「病院は監獄ではないから、患者の意思によって退院する権利は保証されている。したがって、まず自らの意思として、自己責任で退院したい旨を担当医に伝えること」という指示を得た。看護士にその旨伝え、担当医の到着を待った。
 医師は「翌日には確実にカテーテル検査をするから、もう1日だけとどまり、検査の後、午後に退院しないか」と説得しようとしたが、もう忍耐の限界だと伝えた。コロナが一段落し、季節が良くなったところで、検査のことは考えたいと伝えた。
 ハンガリーの場合、退院に際して、医師が各種データとともに、所見報告を作成し、これを患者に渡すことになっている。この所見報告書が次の診療の際のベースになる。作成には1時間ほどかかる。4ページにわたる所見報告が作成され、それぞれに署名し病院を後にした。
 翌日、聖ヨハネ病院修道会病院の渉外担当者に、病院へ寄付したいので、必要なデータを送ってほしい旨メイルした。この返事は即座に届き、手続きを行った。寄付金が何に使われるかは分からない。トイレの清掃、トイレットペーパーや石鹸の購入に使われないことだけは確実である。

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