2020.12.17 菅首相は「Go To トラベル」とともに去るか
二階・菅連立政権の終わりの始まり(1)

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 菅義偉首相は12月14日、観光支援策「Go To トラベル」について、28日から来年1月11日にかけて全国一斉に一時停止する、と表明した。
 京都でも感染者の急増で市民の危機感が高まっていた。
 12月初めの京都新聞に「京都の感染者、なぜ少ない?」(12月4日)という記事が載った。京都は大阪に比べて繁華街の規模が小さくて接触の度合いが少ない、市民の警戒心も強いから―というのがその理由だ。ところが、その1週間後の朝日新聞には、「2日連続 最多更新、新たに感染者75人」(12月10日)との見出しが躍り、市民の間では一気に危機感が高まった。京都府内の11月26日から12月2日までの感染者数は162人(1週間合計)と比較的安定していたが、それが12月3日から9日までの1週間合計は308人といきなり倍近くに跳ね上がったからだ。

 「Go To トラベル」の対象に東京発着分(10月1日から)が加わった頃から、京都を訪れる観光客が急に増え始めたことは誰もが感じていた。京都市観光協会が毎月発行している「データ月報」(登録会員には毎月送付される)によれば、今年10月に京都市内の主要ホテルを利用した日本人客の延べ宿泊者数は、2019年同月より2%上回ったという。今年5月には前年同月比で95%減まで落ち込んでいたのだから、菅首相がこの話を聞いたらさぞかし喜ぶことだろう。尤も外国人の延べ宿泊者数の方は7カ月連続で「ゼロ状態」(99.8%減)が続いているので、両者を合わせると「半減状態」であることには変わりない。

 京都市民の多くは、「Go To トラベル」の波に乗って大量の観光客が京都を訪れることに日頃から強い警戒感を抱いている。日曜・休日などの嵐山、清水、祇園、伏見稲荷などの観光地には誰も寄り付こうとしないし、平日でも避ける人が多い。私自身も伏見稲荷大社の近くに住まいしており、近くのお総菜屋さん(丁寧な味付けで美味しい)なども利用していたが、最近は滅多に近寄らなくなった。観光客相手のお店だけではなく、住民相手のお店までが影響を受けるようになってきているのである。聞けば、ご近所の方々も同様らしい。

 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身会長は12月9日、衆院厚生労働委員会で感染状況が2番目に深刻な「ステージ3」相当の地域について、「人の動き、接触を控えるべき時期だ」と述べ、観光促進事業の「Go To トラベル」を一時停止すべきとの認識を示した。ところが、政府の方は全く逆方向に動いている。12月8日には「GoToトラベル」を来年6月末まで延長し、当該予算3000億円を予備費から支出することを決定した。日頃は「専門家の意見」を尊重すると言いながら、いざとなれば「国の決定事項をすべて分科会にかけることはない」(田村厚労相)と言うのだから、これほどのご都合主義はない。要するに、専門家の意見は適当に「つまみ食い」するだけで、全ては菅首相の政治的意向が優先されることになっているのである(朝日新聞12月10日)。

 だが、事態は急変している。1日当たりの新規感染者数は12月12日、全国で3000人を超え、東京で621人といずれも過去最多を記録した。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は12月11日、感染状況が4段階のうち2番目に深刻な「ステージ3」相当と分科会がみている地域を「減少」「高止まり」「拡大継続」に3分類し、「高止まり」「拡大継続」地域では観光支援事業「Go To トラベル」の一時停止を求めた(各紙12月12日)。

 菅首相と小池東京都知事は先日、65歳以上と基礎疾患がある人に限って都内発着の「Go To トラベル」利用の〝自粛〟を呼びかけたが、こんな生ぬるい対応でコロナ感染が収まるなどとは誰も思っていない。この程度の手打ちで「国民の命と暮らしを全力で守る」(首相施政方針演説)ことが可能になるのであれば、誰も苦労はしない。ドイツのメルケル首相が身を震わせ、国民にコロナ危機を訴えた光景とはあまりにも違い過ぎる。なぜ、菅首相はかくも「Go To トラベル」にこだわるのか。また、その背景に何があるのか。

 先日、大阪で開かれたある研究会の席上、菅首相と二階幹事長の関係が話題になった。この件について、二階幹事長の地元、和歌山から来たメンバー(複数)の生々しい発言が興味深かった。二階幹事長の権力基盤は観光と国土強靭化(土木公共事業)、菅首相と二階幹事長はこの両軸で固く結ばれている〝一蓮托生〟の関係だというのである。

 二階氏は1992年以降、全国5500社の旅行業者を傘下に収める全国旅行業協会のトップを30年近くに亘って君臨している。二階氏は観光業界では〝ドン〟と呼ばれており、絶大な権力を振るっている。〝ドン〟とは首領・ボスのことであり、その人物の一声で全ての物事が決まる比類ない権力者のことだ。その二階氏が自民党幹事長の要職にあり、しかも「Go To トラベル」推進者として旗を振っているのだから、観光業界にとってはこれほど頼もしい存在はない。

 地元の和歌山県では、二階氏の意向は文字通り「天の声」として扱われているらしい。「赤字空港」として有名な南紀白浜空港から日航が撤退したくてもできないのは、運輸行政に目を光らしてきた二階氏が許さないからだと言われている。実現可能性の低い「統合リゾート」の申請に和歌山県が手を挙げたのも、二階氏の強い意向があったからとされる。また、和歌山大学が国立大学の中で唯一「観光学部」の設置が認められたのも、二階氏の影響が大きかった。関係者の話によると、文部科学省がなかなかウンと言わない中で、二階氏が斡旋に乗り出した途端、即座に設置認可が下りたのだという。

 観光業界のドンである二階氏にとって、安倍政権の打ち出した観光立国政策は文字通り「渡りに船」だった。2016年に自民党幹事長に就任して以来、二階氏はあらゆる手を使って幹事長ポストにとどまり、観光立国政策を活用することで自らの勢力を拡げてきた。コロナ禍によって危機に瀕している観光業界に対して今年7月からスタートした「Go To トラベル」も、二階氏が最高顧問を務める自民党「観光立国調査会」が政府に観光業者の経営支援や観光需要の喚起策などを要望したことが切っ掛けになっている。二階幹事長は「政府に対して、ほとんど命令に近い形で要望したい」と応じ、ここから「Go To トラベル」が始まったのだ。要望実現に尽力した菅官房長官と二階幹事長との間に「密接な関係」が生まれたのはこの時とされ、以降、両氏はことあるたびに会合を重ねるようになったという。

 この事業を1895億円で受託したのは、「ツーリズム産業共同提案体」だ。同団体は、全国旅行業協会(ANTA)、日本旅行業協会(JATA)、日本観光振興協会という3つの社団法人とJTBなど大手旅行会社4社で構成され、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会、日本旅館協会といった宿泊業の関連団体が協力団体として14団体が参加している。観光関連14団体からは、自民党「観光立国調査会」関係議員37名に対して、少なくとも約4200万円の献金が行われていることが、『週刊文春』(2020年7月30号)の取材で明らかになった。

 一方、菅首相が観光立国政策に手を染めるようになったのは、2012年に政権復帰した第2次安倍内閣の中で官房長官に抜擢されたことに始まる。安倍内閣の「地方創生」戦略の中で、外国人を呼び込んで産業を振興する「観光立国政策」が重視され、菅氏が実質的な推進役となったことがその切っ掛けだった。インバウンド(外国人旅行者数)が年々増加する中、菅氏は観光立国政策を推進することが自らの政治的存在感を高め、権力の座を駆け上がる有力な道筋であることに確信を持ったのだろう。このときから「ポスト安倍」を狙う菅作戦がスタートしたのである。

 しかし、菅氏には二階幹事長のように観光業界との「太いコネ」がなかった。そこで政策面で頼ったのが、後にブレーンとなるデービッド・アトキンソン氏(国際金融資本ゴールドマンサックス、元アナリスト)である。菅氏は「2013年から始めた観光立国の仕組みづくりに際して、アトキンソンさんの本を読み、感銘を受け、すぐに面会を申し入れた。その後何回も会っている」と語っている(『週刊東洋経済』(2019年9月7日号)。

 アトキンソン氏は、菅官房長官によって安倍政権の「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」委員に起用され、2020年4000万人、2030年6000万人のインバウンド目標(外国人旅行者数)を主導するキーパーソンとなった。著書『新・観光立国論』(東洋経済新報社、2015年6月)の中では、インバウンド目標は「2020年5600万人、2030年8200万人」が可能だと主張し、観光ビジョン構想会議の第1回ワーキンググループ会議(2015年12月)においても、この数値目標を強力に主張している。

 こうして、二階幹事長と菅官房長官(当時)は政界と事業の両面で「果実」を分け合う関係になったが、このことが「二階・菅連立政権」の誕生に結びついたことはまず間違いない。有力な派閥の後ろ盾を持たない菅氏にとっては二階幹事長の支援が不可欠であり、観光業界のドンである二階氏にとっては観光立国政策を推進する菅氏の存在が不可欠だったからである。研究会の席上でも、両者は早くから「ポスト安倍」戦略を練っていたという説が有力だった。安倍政権はその内に終わる、問題はその時に誰がどのような形でイニシアティブを取るかが政権の行方を決める...。二階・菅両氏はその日に備えて周到な準備を重ね、綿密な作戦を立てていたのだろう。情勢を読めない岸田氏や石破氏が完敗したのも「むべなるかな」というべきではないか。

 その後も菅首相は二階幹事長に対し、「恩返し」ともいうべき大盤振る舞いを続けている。首相は12月11日、自民党国土強靭化推進本部本部長を務める二階氏と首相官邸で会談し、二階氏が国土強靭化の予算拡充を求める党の緊急決議を「不退転の決意で実行し、国民を安心させてもらいたい」と要請したのに対し、首相は「しっかり応える」と述べ、その日のうちに強靭化計画を閣議決定した。もともと国土強靭化計画は、この数年、全国各地で発生した集中豪雨による水害などに対する緊急3か年計画として策定され、2020年度で終わることになっていた。それが菅政権では2021年度から新たな5か年計画として継続され、しかも総事業費は15兆円という超大規模の予算に膨れ上がったのである(時事ドットコム12月11日)。

 二階幹事長にとっては「わが世の春」ともいうべきご時勢だろうが、しかしこの事態は長く続きそうにもない。「Go To トラベル」の強行によってコロナ感染状況はますます悪化している。それとともに内閣支持率も確実に低下し、12月12日実施の毎日新聞世論調査では、菅内閣の支持率は40%となり、11月7日前回調査の57%から17ポイントも下落した。不支持率は49%(前回36%)となり、菅内閣発足後不支持率が支持率を初めて上回った(毎日新聞12月13日)。

 菅政権の新型コロナウイルス対策については、「評価する」が14%で前回34%から20ポイントも下がり、「評価しない」は62%で前回27%から35ポイントも大幅上昇した。毎日新聞はこの結果に関して、新型コロナ対策の評価が下がったことが支持率の大幅減につながったと分析している。この事態に菅政権はどう対処するのか。「Go To トラベルと感染拡大の関係については明確なエビデンスはない」として、依然として事業継続に固執するのか、それとも撤回して判断の誤りを認めるのか、菅首相はいま「瀬戸際」に追い詰められつつある(つづく)。

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