2020.12.28 学術会議任命拒否から検閲・監視社会が見えてきた
韓国通信NO656

小原 紘 (個人新聞「韓国通信」発行人)

 菅首相は学術会議が推薦した6名の候補者の任命を拒否した。理由の説明は控えさせていただくという。「させていただく」と、許しを請う表現に傍若無人さと薄気味悪さが漂う。 
 政治に実行力が必要なのは当然だが、知も尊重されなければならない。知の源泉である学問の世界にまで政治家が踏み込んだ今回の事件。知的集団に知性も教養もない政治家たちがしかけた「勇み足」とはとても思えない。
 首相は「ガースー」とおどけて見せるが、意味が分からない私には「カス」としか聞こえなかった。笑いごとではない。これを突破口に菅内閣はデジタル社会実現に名を借りた管理社会、監視社会へ突き進むに違いない。改憲するまでもなく憲法が換骨奪胎されようとしている。
 エドワード・スノーデンが警告した本格的な監視社会の到来。電話の盗聴からメールの監視、日々の行動、交友関係、思想傾向まで監視される社会。監視カメラは犯罪の捜査、テロ予防のためだけのものではない。1949年にジョージ・オーウェルは小説『1984年』で個人の思想と行動のすべてを管理する全体主義社会の到来を予言した。セックスの世界まで管理する恐ろしい社会だ。

<韓国の文化人ブラックリストの波紋>
 学問と思想の自由に露骨な干渉をした任命拒否。興味深いことに韓国ではつい最近、同様の大規模な思想侵害事件が発覚して大騒ぎとなった。いわゆる「文化人ブラックリスト事件」である。
 2016 年秋に始まった朴槿恵大統領の退陣を求める運動のさなか、政府が作成した反体制文化人のブラックリストが明らかになった。9473名にものぼる文化人たちに政府が「アカ」の烙印を押したことへの衝撃は大きく、ローソクデモの火に油を注ぐことになった。
 韓国政府は文化事業に国費を使う以上、政府に批判的な人物をマークするのは当然という立場だったが、思想や行動によって人間を差別することに韓国市民は挙って反対した。朴槿恵政権の主張と菅首相の類似性には驚くばかりだ。
 ブラックリスト作成の首謀者は、大統領秘書室長(当時)金淇春(キム・ギチュン)だった<写真>。
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 彼は、朴正熙軍事政権を支え民主化運動を弾圧したことで勇名を馳せた。娘の朴槿恵政権でも側近・黒幕として政権を支えたことで知られる。リスト作成、職権乱用の容疑で逮捕され、2018年に懲役4年の実刑判決を受けた。リスト作りは文化観光省を巻き込んだ組織的な犯罪とされたが、国による烙印によって、現在も差別に苦しむ後遺症が社会問題となっている。
 思想信条の自由は民主国家の基本である。韓国社会は厳しく実行犯を裁いたが、日本では任命リストから6名を外したといわれる杉田官房副長官の国会喚問すら実現していない。
 民主主義のタガが外れっぱなしの日本は、韓国とどう向き合うべきか。韓国の友人とこの問題で話してみたいと思うが、結論は言わずもがな、恥をかくだけなのでやめておこう。

<政治家はソーシャルディスタンスを保て>
 ブラックリスト事件を調べていくうち、有罪判決を下した裁判官が興味深い発言をしていることに気がついた。文化政策については政治家、高位公務員は「腕の距離くらいの距離を保て」と語った。文化、芸術、学問について国(政治家)は干渉するなという趣旨だ。
 コロナ感染予防のためにマスクとソーシャルディスタンスが強調される昨今、3年も前に韓国の裁判所はコロナウィルスにも、また日本の学術会議事件にも通じる名判決を下した。
 リストを作成した金淇春の暗躍ぶりは枚挙にいとまがないが、今回の任命拒否の実行方と目される杉田和博官房副長官は未知の部分が多い。一貫して警察官僚、それも警備・公安畑を歩み、2012年から今日まで官房副長官、2017年から官僚掌握の要として内閣人事局長に就任。国家権力の影の実力者と言ってよいだろう。公僕は憲法を守り、学問、思想に差別を持ち込んではならない。韓国の民主化運動から学ぶことは多い。

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