2021.01.21 主体性なきアメリカ依存では
――八ヶ岳山麓から(328)――

阿部治平 (もと高校教師)


 日本政府は、菅義偉首相と次期米大統領バイデン氏との初の首脳会談で、共同声明に「米国の核兵器で日本の防衛に当たること」を明記するよう求める方向で調整に入ったという(産経2021・1・4)。
 アメリカが核兵器を先制使用しないといえば、中国や北朝鮮がアメリカの核攻撃を警戒せず通常兵器で周辺国を攻撃できる、という安倍前首相の思い込みを、菅首相は引継いでいるようだ。

 正月3日の信濃毎日新聞「ジョセフ・ナイのワールド・インサイド」欄で、ナイ氏は「中国が増大する経済、外交、軍事力などを用いて、現状を変えようとする地政学的目標へつき進んでいる」「米国はかつて、中国が我々と同じように『責任ある利害関係国』となることを望んでいた。だが、習近平国家主席は、中国をより対立的な方向へと導いている」と中国を非難したのち、昨2020年12月7日にアーミテージ氏と共同で発表した第5次アーミテージ・ナイ報告書「2020年の日米同盟-グローバルな課題とともにある対等な同盟」に触れ、次のように述べている(信濃毎日2021・1・3)。
 「われわれの主張は、日本は日米同盟の中で指導的役割を果たしている、というものである。トランプ政権下で米国の外交方針が定まっていない間、日本は地域的な目標を設定し、自由貿易協定や多国間協力を擁護し、地域の秩序を形成するために新たな戦略を実行してきた。これらの業績の多くは、安倍晋三首相によるものである。彼は、憲法第9条の再解釈を主導し、国連憲章の下での日本の集団的自衛権の行使を可能とした。そして米国を除く11ヶ国による環太平洋連携協定(TPP)を実現させた」
 「幸い安倍政権下で内閣官房長官を務めた菅義偉首相の下でも、この地域的リーダーシップの政策は続くであろう」
 ナイ氏は知日派として知られ、アーミテージ氏とともにカーター、クリントン両民主党政権の防衛・外交分野で重要な役割を果たした人物である。

 安倍政権は、アメリカの対中国政策に対応して、「日米共同の抑止力」を提唱し、強引に解釈改憲をすすめて自衛隊の海外派遣を「合法化」し、防衛対象を世界的課題や宇宙、サイバー空間に拡大した。たしかにこれはアメリカにほめてもらえる実績である。
 安倍氏はそのほかにも「戦後外交の総決算」をうたって北方領土問題や拉致問題の解決に意欲を示したが、領土問題ではロシアのプーチン大統領とは26回も会談したのに歯が立たず、拉致問題では北朝鮮の金正恩委員長には全く手が出なかった。安倍氏はナイ氏のいう「地域的リーダーシップ」を取ろうとしてASEAN諸国に対中国包囲網の構築を働きかけたが、失敗した。けれども、ナイ氏はこれを無視して彼を褒め、菅内閣に安倍路線を継承するよう求めているのである。

 私の印象をいうと、アメリカはニクソン・ショックとベトナム戦争敗北以後、緩やかに衰弱しだした。その後東欧・ソ連の社会主義体制が崩壊して、一人勝ち、「唯一の超大国」といわれた。愛国主義的アメリカ人の得意の絶頂期だった。湾岸戦争をやり、9・11の同時多発テロ事件ののちアフガニスタンにも攻め込んで、アメリカが世界にとって必要不可欠な存在であると示したかったのだが、結局中東に混乱と殺戮、破壊をもたらしただけだった。
 中国に対しては、ナイ氏も触れているが、アメリカが誘導すれば中国は民主主義国家になると夢見て「関与政策」を遂行した。これが誤りだったと気づいたのは、ようやく21世紀も数年すぎてからのことである。
 片や中国は、アメリカをはじめ先進諸国に大量の留学生を送り込み、先端技術を獲得させ、ついには軍事力・技術力分野でアメリカに迫るところまで来た。間もなくGDP ではアメリカを追い抜くだろう。これに対してアメリカ人の間には、中国を実体より過大に見て、中国に首位の座を奪われることを恐れる傾向が生まれている。第5次アーミテージ・ナイ報告書が日本を「対等な同盟国」と持ち上げた背景はここにあると言っていい。

 では、日本の事情はどのようなものか。
 日本は敗戦後75年間アメリカに追随してきたから、日本人はこれが当たり前だと思っており、どうしてもアメリカ依存から抜け出すことができない。ならば、アメリカに頼り切って、中国と全面的にあらそうかといえば、そんな度胸はない。貿易額ひとつとっても日本は、中国貿易が全体の20数%を占める。これにアジア諸国をくわえると50%をはるかに上回るのに対して、アメリカは10数%に過ぎないのである。

 米中対立、北朝鮮の核ミサイル装備、日韓関係の深刻化などアジア圏内に多くの不安材料を抱える中、現在の日本にとって最大の安全保障上の問題は米中の「軍事対立」である。それも尖閣海域ではない、台湾である。なぜなら台湾統一こそ、中共で最大の国家的課題だからである。
 いまのところ中国は台湾海峡の中間線を越えて戦闘機を飛ばしたり、東沙諸島に圧力を加えたりしているものの、台湾軍との武力衝突は避けている。だが、何らかの事情で大漢民族主義が高揚したり、深刻な国内矛盾が生じたりすれば、そのとき、台湾への武力侵攻が生まれる(たとえば1979年のベトナム侵攻)。もちろんアメリカは台湾を見捨てることはできない。このときアメリカは確実に日本の参戦を促すだろう。在日米軍基地は中国のミサイルの的となる。

 台湾危機を避けるために日本は今から何をしなければならないか。
それは日米同盟の強化でも、中国への接近でもない。わたしは、中国を加えた東アジア・東南アジアの経済、政治上の多国間協調を構築することだと考える。もちろん日本は対米従属外交を多少とも修正しなければならないが、そうすることによって危機が迫るまえに、アジア諸国とともに米中間の有効な調停工作を行うことが可能になる。
 菅政権は、日本人の嫌中感情を利用して、安倍政権よろしく「自由で開かれたインド太平洋」構想という「中国包囲網」の構築を試みるかもしれない。だがアジア諸国は、すでにかなり中国に絡み取られていて、日本のいうことなど簡単には聞かない。中国は、2020年末に日本など15カ国で構成する「地域的な包括的経済連携(RCEP)に参加し、さらに環太平洋連携協定(TPP)への参加に強い意欲を示している。情勢を見越して、中国包囲網を突破しようとする戦略なのである。

 いまわが日本の国会で多数を占めるのは、対米依存にかたくなにしがみつく主体性なき党派である。アジアの多国間協調など夢のまた夢か―。(2021・1・15)
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