2021.01.28  個性重視から学力重視へ
          学習指導要領・学習成績評価法など

小川 洋 (大学非常勤講師)

 筆者は先に当サイトで、戦後の高校入試の変遷を概観し、平成に入って個性が強調されたものの、その後学力重視へと転換していった経緯を論じた(12月23日)。今回、朝日新聞の記事データベース「聞蔵」で、この間の教育関連記事で「個性」と「学力」の語がどれだけ頻出したか調べてみた。予想どおりではあるが、結果は以下のとおり(図中の数字は学習指導要領改訂年)。本論では、文科省が学習内容を定める「学習指導要領」などを中心に、個性から学力への転換の経過をみてみたい。
個性重視から学力重視へ
 「個性」と「学力」の出現回数は、90年ころにはほぼ同数であったが、その後、2000年に向けて、個性が学力を凌ぐ勢いで増加する。ピークは、98年の学習指導要領の告示の年である。この改訂は、学校週5日制の導入もあり、減少する授業時間の条件のもとで、教育内容を大幅に削減し、「ゆとり」と「生きる力」をキーワードとするものであった。知識を教え込むのではなく、ゆとりある教育によって、自ら学び自ら考える力を育成する「個性を生かす教育」が謳われたのである。学力観そのものの見直しも求められた。
 学習指導要領の施行(告示と施行とは通常3年程度のタイムラグがある)と並行して学習成績の評価法の見直しも図られた。現在40歳代以上の人たちにとって馴染み深い、5段階の相対評価が戦後長らく利用されてきた。学年やクラスの成績上位・下位のそれぞれ7%に5と1が、それに準ずる23%ずつが4と2とされ、残りは3の評価が与えられた。教員は生徒のテストの点数や提出物の評価などから、ある程度、機械的に成績を割り振っていけばよかったのである。
 「新しい学力観」では、その方法は否定された。学習評価の観点として、①関心・意欲・態度、②思考・判断、③技能・表現、④知識・理解、の4つが示され、それぞれにA、B、Cの評価が与えることが求められた。この順番にも意味があり、学力の基本は自ら学ぶ姿勢であり、「関心・意欲・態度」が根本とされて最上位に置かれ、「知識・理解」はその結果であるとして最下位に置かれたのである。
 この評価法は教育心理学などの研究者たちが考案した理論に基づいて、それなりに丁寧に作られたものだったが、実用性が求められる学校現場では、マニュアル化が行われた。教員は授業中、生徒の「意欲」を見逃さないよう、何回、発言したり挙手したりしたかなどを記録するように求められ、テストの点数などと同等あるいはそれ以上の扱いをされることになった。そして、4つの観点のすべてがAならば5を付け、3つなら4、といった作業が行われることになった。その結果、テストでは常に満点、提出物の評価も最高点をとるが、日頃の授業で発言することが少ない大人しい生徒は、「意欲」評価がBとなって、5の評価を得られないような現象が生じたのである。

 学力(知識)重視への転換
 98年の指導要領は、発表されるや否や各方面からの猛烈な批判を招いた。子どもたちの学力低下が進んでいることは自明のこととされ、新しい学習指導要領は、さらなる学力低下をもたらし、取り返しのつかない事態を招くとする議論が、文科省内部も含めて各方面から一斉に沸き上がったのである。
 これらの動きに応えて、当時の遠山敦子文科相は「学びのすすめ」とするメッセージを発表し、「確かな学力」をキーワードとする暫定的な指導要領の改訂に乗り出した。学習指導要領は文科省のルーティン作業として、約10年ごとに改訂されてきたから、この回の改訂は、まったく例外的であった。扱う内容を大幅に増やした学力重視の指導要領が、03年に発表された。この間、新聞紙上では、「個性」の出現度はほぼ一貫して下降線をたどり、一方の「学力」は上昇をたどった。なお14年に一時的にカウント数が急増したのは、民主党政権下で廃止されていた、小学6年生と中学3年生に対する全国学力調査が再開され、学力問題への関心が高まったためである。
 高校入試も多少の時間差をもって、個性重視から学力重視へと転換した。複数回の受験機会、推薦入試の拡大、面接導入など、「個性を見極めるため」の改革も元に戻りつつある。改革にもっとも熱心だった埼玉県を例にあげると、05年には推薦入試を前期募集と名称変更して中学校側の推薦手続きを廃止し、さらに10年には学力検査を導入して、中学校の成績を重視する選抜は無くなった。12年には、前期・後期を廃止し1回のみの学力試験による選抜へと完全に元に戻った。面接も12年からは希望校のみとされ、現状では145校中、職業科をもつ高校などを中心に69校と半数以下の実施となっている。なお実施校には、いわゆる進学校とされる高校が一校も含まれていない。

 成績評価法の変更
 文科省は17年告示の学習指導要領の実施に合わせ、19年に学習評価法も変更した。それまでの「4つの観点」は、「3本の柱」へと、組み替えられた。①知識・技能、②思考・判断・表現、③主体的に学習に取り組む態度、の3本である。4つの観点で最下位に置かれていた「知識」は、3番目だった「技能」と合わせて、最上位に置かれ、主体的な取り組みという「意欲」は最下位に下げられた。知識と意欲が逆転したのである。
 現在、文科省から各教育委員会向けに解説が行われ、学校現場では新しいマニュアル作りが進んでいることだろう。知識を教え込む授業を得意としてきた日本の教員たちにとっては、馴染んだ教育である。挙手を数えたりノートを点検したりするのではなく、テストなどで測れる「知識量」や「技能レベル」で、成績評価をすればよくなる。高校入試も学力試験一本に戻りつつあり、それに伴って偏差値も完全復活の様相である。
 個性重視が謳われた時期、全国の小中学校の教育目標が、一斉に「個性を育てる〇〇校の教育」となったという、ブラックユーモアのような状況があったが、今や個性の大合唱はすっかり過去のものになった。

 教育の基本は教員である
 この20年で、「教育改革」は一回りして、教育目標は学力に回帰したようである。しかし、高度経済成長期に定着した偏差値を基準として選別するシステムによって育てられる子どもたちが、学校教育を終えてから生きていく社会は、グローバル化、IT技術の発達など、大きく様変わりしつつある。文科省が10年毎に学習内容・方法および評価法の見直しをして、学校現場を一斉に指導するような教育行政は限界に来ている。
 どのような組織でも、無能な上部組織が現場の活力を削ぐような余計なお節介をすれば根枯れを起こす。いま求められている改革は、クラスの生徒数を減らし、学習指導以外の仕事から解放するなど、教員の負担を軽減し、自由裁量権を広く与えられた教員が授業の質を常に高める努力を促すような環境だろう。そのような教育活動の要求に応えられないような教員の再教育や退場をさせる仕組みも必要である。とりあえず、安倍政権によって導入された教員免許更新制など、教員を無意味に縛る制度は真っ先に廃止しなければならない。
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