2021.02.15  バイデンご祝儀ムードに冷水、ミャンマーのクーデター
          スー・チーさんの安否を世界中が懸念

伊藤三郎 (ジャーナリスト)

 「クーデター後のミャンマーの状況がとても気がかりです。かつてない規模での市民による不服従の動きに対して軍が強硬手段に出るのではないかという懸念が高まっていることを、今日のドイツ国営放送が伝えています」(2月8日)

 季節の節目「節分(2月2日)」を象徴するように、バイデン米大統領の就任ご祝儀ムードを一瞬で凍り付かせる暗い事件が起きた。ミャンマーの軍事クーデターである。冒頭の一節はその数日後、長野県在住の親戚(自称・実践する国際問題研究者56歳)A氏がブログのソーシャルメディアに投稿した文章。地球の裏表に位置する二つの国でほぼ同時に進んだ政変劇は、「これから同盟関係を修復し、世界に再び関与する」と宣言したバイデン積極外交の行く手に立ちはだかる「地球大の混沌」を象徴するかのようだ。

 この二つのドラマ第1幕の舞台は、ともに昨年11月の国政選挙、そして、その選挙に敗れた側の政治勢力が「選挙に不正が」と騒ぎ立て……そこまでは双子の如くそっくりな幕開けだったが、その後の展開は大違い。
 米国では選挙の敗者・トランプ前大統領がこの国の良き伝統とされてきた「潔き敗北宣言」を拒否したため混乱が続いた挙句、トランプ支持者たちが連邦議会に乱入。米国200年の「民主主義」の歴史にドロを塗る悪あがきの末に、漸く予定通り1月20日にバイデン新政権が誕生したのだった。
 
 一方ミャンマーでは、昨年の総選挙でアウン・サン・スー・チー「国家顧問」率いる与党・国民民主連盟(NLD)が選挙民の80%余の票を獲得という圧倒的勝利を得て、この3月には新政権発足の予定だった。スー・チーさん率いるNLD政権が国軍の特権を認める現憲法(2008年制定)を改正するなど「一段の民主化」をどう進めるかが注目されていたが、特権喪失への危機感を抱いた国軍が2月1日、ミンアウンフライン最高司令官の指揮によってクーデターを起こし、「国家顧問」という最高指導者の地位にあったスー・チーさんを拘束。容疑は国軍が主張していた「選挙違反」ではなく、「外国製スマフォの違法所持」という別件で、などと伝えられているが、スー・チーさんの安否や再選挙によって再び「民政移管」が進められるのかなど、真相はまだ闇の中……

 ミャンマーの国軍は国民の間に広がる抗議の声にどう対処するのか、世界中が注視する中、前記A氏の友人でミャンマー事情に明るいBさん(東京在住の日本人女性)が以下のコメントをA氏へ――
 「本当に心配でここ1週間コンピュータに張り付き状態です。ミャンマーでは本日が大きな抗議活動3日目、大都市での抗議活動もさらに大規模化していますが、文字通り全国に拡大を見せています。デモにあたっての注意事項など(過去の経験を踏まえて)が市民の間で共有されているようですが、国軍がこの先どう出るか、緊張が高まっているようです」

 さて、つい先日の就任演説で自らの勝利を「米民主主義の勝利」と宣言すると同時に「民主主義は壊れやすいもの」と語ったバイデン氏は、間髪を入れずミャンマーの国軍を非難。掌握した権力の即時放棄、スー・チーさんら民主化推進組織の人々の早期解放を要求。国軍の出方によっては経済制裁を、という強硬な姿勢を表明した。
 この米国の戦略に沿って「先進国首脳会議(G7サミット)」のメンバー7か国(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国)外相と欧州連合(EU)上級代表は「ミャンマーでの軍事クーデターを結束して非難する」との声明を発表(3日ロイター)。
 こうした強硬姿勢で米国は国連安全保障理事会(安保理)に臨んだが、ここでも米国への対抗意識を強める中国は「内政不干渉」の原則に立ってミャンマー国内の混乱を静観する姿勢で一貫。結局「決議案」ではなく“深い懸念”を表明する「報道声明」にとどまった。その舞台裏については「報道声明では、拘束されたスー・チー国家顧問らの即時解放を要請しましたが、安保理関係者によりますと当初、声明案にあった“クーデターを非難する”との文言は中国の意向が反映され、削られたということです」(5日TBS NEWS)。
 ミャンマーとは長い国境を接し、同国の真ん中に安全保障の生命線ともなる石油パイプライン建設を計画中の中国にとって、今後さらに友好国としての絆を固めようという戦略は明らか。

 こうした中、英仏など欧州の主要国は「クーデター非難」の基本線は米国と歩調を合わせつつも、経済制裁などの強い措置を発動することが権力を握ったばかりの軍事政権を中国側へ追いやることになるのでは―という慎重論も見え隠れする。そんな微妙な情勢からか、「クーデター非難」声明も外相レベルに止め、声明の中で「結束して非難する」とことさら「結束」という言葉をいれたのも、結束が心もとないことの表れか。

 とりわけ「欧米クラブ」の色が濃い「G7」グループの中に在って、ミャンマー国軍とスー・チーさんが代表する「民主化」陣営の双方と繋がりを持つと言われる日本の立場は「グレイゾーン(日和見的)」と見られがちである。とりわけ対米関係ではことあるごとに「日米(軍事)同盟の絆」の確認に忙しく、昨年9月に安倍首相の後を継いだ菅首相とバイデン新大統領との関係にも前途に暗雲が立ち込める。

 菅首相はバイデン氏が選挙に勝った直後の昨年11月と先月28日の2回にわたって電話協議を行い、「日本政府高官は、『こちらが投げた球は全部返してくれた』と語り、日米が『対中』で足並みをそろえる形となった」(「朝日新聞」1月29日付け)というが、果たして本当に満足のいくやりとりだったのか、眉に唾をつけたくなる。
 というのは、米国の日本防衛義務を定めた日米安保条約第5条の「尖閣諸島」への適用を昨年11月に続き明言した、というのだが、少なくとも昨年の協議では米政府側は「島の名前は言わなかった」という説が流れたし、米政府側は「尖閣」を明言したくないのでは、という見方が付きまとう。
 なぜか。米国が「台湾関係法(Taiwan Relations Act)」という法律で、台湾防衛のための武器供与を台湾に約束している。「尖閣」の帰属については、その台湾も絡んでいることもあって米国は明確にしていない、という事情があるためだ。
 そういう極めて微妙な問題について就任早々、取込み中の新大統領に何度も確かめる、というのは、外交儀礼上も、戦略的にもいかがなものか(そもそも日本が米国を信頼しきれていない証、との第三国の憶測を誘うのでは?)。
 
 菅・バイデン関係でさらに気に掛かるのは、すでに「待ったなし」段階を入った「東京五輪・パラリンピック(以下「東京五輪」)」開催問題である。7日、ラジオ番組に出演したバイデン氏は、「東京五輪」開催への賛否を問われて「安全に開催できるかどうか科学に基づいて判断されるべきだ」「開催できることを願っているが、まだわからない」と、聞き方によっては「否定的」とも取れる発言をし、さらに「菅首相と(電話で)話した。彼は五輪を安全に開催できるよう一生懸命に取り組んでいる」と語ったが、菅首相の方は、電話協議直後「東京五輪についてのやり取りは」との記者団の質問に「やりとりはなかった」と答えている(2月9日「朝日新聞」)。これは「バイデン、菅のどちらかがウソを」という厄介なすれ違いで、菅首相の進退にも関わる重大問題に発展しかねない。

 このように、新型コロナウイルス(「COVID 19」)感染対策に加えて政権の命運にかかわる重大問題を何重にも抱えるに至った菅首相には、今連日のように霞が関・外務省周辺に結集し「スー・チーさんの解放を」などのプラカードを掲げる在日ミヤンマーの人々数千人の訴えに、耳を傾ける余裕がなさそうに見える。
 そこで、ミャンマーの人々と共にスー・チーさんの「即時解放」を祈りつつ、私の耳に焼き付いているスー・チーさんの肉声を最後に記す。
 
 時は1996年2月、古巣「朝日新聞」が開く国際シンポジウムのお膳立てに奔走していた私は、まだ断続的な軟禁状態にあったスー・チーさんをヤンゴンのご自宅に訪問。かねてお願いしていた原稿『アジアの平和と世界』を受け取る機会に、スー・チーさんから次のような「日本のみなさんへのメッセージ」を託された。
 『日本の人々は世界の平和維持に特別の責任を負っています』
 『日本の人々に、いまビルマ(現ミャンマー)で何が起こっているかを知ってもらうことは大変重要なことなので、朝日新聞を通じて日本の人々と接触を続けることができるのは、私にとって非常にうれしいことです』
 『日本の人々は戦争の恐ろしさと平和のありがたさを同時に知っている。だからこそ日本が平和に果たすべき役割は限りなく大きいのです』(「朝日新聞」1996年2月26日付から)
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