2021.03.04 「反省」だけならサルでもできる、だが「サル芝居」は3日間しか続かなかった、
        山田真貴子内閣広報官の辞職が意味するもの
               
広原盛明 (都市計画・まちづくり研究者)

 2月25日、7万円接待問題に関する国会予算委員会での山田真貴子内閣広報官の答弁を聞いて、瞬間「反省だけなら猿でもできる」というCMを思い出した。猿の調教師が「反省!」と言ったら、猿が目の前の机に片手を付いて首を垂れると言うあのユーモラスなポーズだ。それが如何にもしおらしげに反省しているように見えて、拍手大喝采だった。ゼミの学生たちにも大うけで時々その仕草を真似ていたことを覚えている。それを「猿真似(さるまね)」というのかどうかは知らないが、山田氏の答弁の雰囲気はそれにそっくりだったのである。

 菅首相長男らから超多額の接待を受けていた山田内閣広報官は、野党議員の追及に対して「国家公務員倫理規程に反した行為でした」「深く反省しています」「心の緩みがありました」などと神妙に繰り返したものの、「責任を取ります」「辞任します」とは絶対に言わなかった。きっと調教師である菅首相から「反省だけ!」と命令され、その通りの「ポーズ」を取っただけのことだろう。山田氏が辞めると自らの任命責任を問われることになるので、菅首相としては辞めさせるわけにはいかなかったのである。

 菅首相は2月24日、山田広報官が「真摯(しんし)に反省しているので、今後とも女性広報官として職務の中で頑張ってほしい」と語り、すでに続投させる考えを示している。これを受けて加藤官房長官は2月25日、記者会見で山田氏が1カ月分給与の10分の6(約70万円)を自主返納し、東北新社へは飲食代の返金を申し出たことを明らかにした。加藤氏は、これらの行為を以て「本人は今回のことを深く反省し、職責の重さを十分に踏まえた対応」と受け止め、山田氏には「高い倫理観をもって公正に職務を遂行するよう、いっそう精励してもらいたい」と伝えたという。「反省」して給与の一部を自主返納すれば、処分もなくこれまで通り内閣広報官の仕事を続けさせるというのだから、これで「一件落着」として処理するつもりだったのだろう。

 山田内閣広報官は、我々研究者仲間ではつとに有名な人物だ。菅首相が就任直後、学術会議会員候補者6名の任命を拒否し、その後出演したNHK「ニュースウオッチ9」でキャスターからその経緯を問い質された際、「説明できることと説明できないことがある」と言いよどんだ場面があった。要するに、任命拒否の理由は「説明できない」ような理不尽なことだと、自分で認めてしまったのである。

 予定にない突然の質問に激怒した菅首相の意を受け、山田氏が放送翌日にNHKに抗議電話を入れたとするニュースが駆け巡った。当該キャスターは今年3月で番組から降板させられることが決定したこともあって、その信ぴょう性がますます高まっていたのである。ところが、山田氏は2月25日、野党議員の質問に対して「番組出演後に電話を行ったことはございません」と明確に否定した。

 ここでまた思い出すのが、加藤厚労相時代に有名になった「ご飯論法」のことだ。「ご飯を食べたか」という質問に対して、パンは食べているのに「ご飯は食べていない」と答える本質を紛らわせる答弁技術のことだ。山田氏の場合は「抗議をしたかどうか」がNHK介入の本質であって、「電話をしたかどうか」は伝達手段の話にすぎない。「電話をしたことはなかった」としても、別の方法で抗議した可能性までを否定しているわけではないのである。

 ことごとさように、首相官邸による情報操作は極めて巧妙に仕組まれている。しかし、このような目先のテクニックで国民をだませると思ったら大間違いだ。高齢者世帯の1カ月分食事代にも匹敵する高額な接待を、赤坂のホテル内にあるフランス料理店で受けた山田氏が、首相長男を含めてのたった5人の会食で、「長男の顔をよく覚えていない」だとか、「長男に会ったことはそれほど大事なこととは思っていない」だとか、「大した話はしなかった」とか...、そんな噓八百が通じるはずがないのである。

 だが、事態は翌日から急転する。総務省幹部を連続接待した東北新社が2月26日、菅首相長男を統括部長から解任・更迭して人事部付にすることを発表した。長男はまた、子会社の「囲碁将棋チャンネル」取締役も辞任した。会食に長男と度々同席しながら監督責任を果たせなかったとして、二宮社長も同日付で辞任した。こうして接待側の責任者たちが次々と辞任するに及んで、接待された側の山田氏に対しても「辞任すべき」との声が日増しに高まり、包囲網は刻々と狭まっていったのである。

 加えて菅首相が同日、6府県を対象とする新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言先行解除に際し、通例となっている記者会見を突如中止したことも国民の不信に輪をかけた。山田広報官が記者団の集中砲火を浴びることを懸念したのか、それとも首相自身が山田氏の任命責任を問われることを避けたかったのか、あるいはその両方だったのか、いずれにしてもさしたる理由のないままに2月26日夕刻、「ぶら下がり会見」に急きょ切り替えたのである。

 ところが、この「ぶら下がり会見」が裏目に出た。日頃はほとんどモノを言わない番記者たちが、ここぞとばかりに記者会見を中止した理由を追及した。6府県の緊急事態宣言先行解除に関する首相説明などはどこかへ吹っ飛んでしまい、広報官が仕切らない本来の記者会見が実現したのである。「山田広報官のことは全く関係ない!」と弁明する首相の表情が大写しで同時中継され、否定すれば否定するほど「山田隠し」の構図が浮かび上がる結果となった。

 山田氏の広報官としての強権ぶりは有名だったらしい。会見に参加する記者たちから事前に事細かに質問内容を聞き出し、それをもとに官僚が「答弁書」を作り、菅首相はお得意のペーパー読みで回答をするだけだ。山田氏は政権の意に沿わない質問をする記者は徹底的に無視し、いくら手を挙げても指名しない。首相の答えに納得せずに食い下がる記者に対しては、制止することも厭わない。挙句の果ては「このあと次の日程があります」と質問を途中で打ち切り、首相を窮地から救い出すレスキュー隊の役割も引き受けていた。

 情けないのは、山田氏にかくの如くいい様に牛耳られている記者クラブの方だろう。首相会見は記者クラブの主催なのだから、司会は当然記者クラブが引き受けて然るべきなのに、唯々諾々と官邸側の差配に従っている始末、これでは真面な記者会見など出来るわけがない。背後にはNHKから民放、衛星放送まですべての許認可権を独占している総務省の睨みがあるからだというが、その頂点に立つのが山田内閣広報官だったというわけだ。

 だが、山田氏は記者クラブを牛耳っても利害関係のない国民全体を支配することはできない。記者会見の仕切りは広報官の仕事の一部にすぎず、本来の仕事は国民に対して政府見解を伝える「政府窓口」であり、国民に信頼されなければ政府方針は伝わらない。スポークスパーソンは、国民の信頼に足る人物でなければ務まらない職責であり、政治家と同じく「信なくば立たず」の世界に生きているからだ。その職責にある山田氏が、利害関係者の菅首相長男から7万円余の接待を受けながら、「顔を覚えていない」「話もしなかった」などと噓八百を並べた瞬間に、彼女の「サル芝居」は事実上終わったのである。2月25日に「反省!」のポーズをとってから僅か3日、2月28日に山田氏は辞表を提出し、「急病入院」を口実に官邸を去ることになった。まるで、ドラマを見ているような3日間だった。

 この頃、菅首相は週末になると表情が暗く、口数が少なくなるという。世論調査がある度に支持率が低下し、最近では大半の世論調査で「不支持」が「支持」を上回るようになった。いつ不時着するかもしれない〝超低空飛行〟が続いている上に、「コロナ対応の失敗」「東京五輪開催をめぐる森元首相の女性蔑視発言」「同じく後任をめぐる失態」「総務省や農水省の接待問題」が相次ぎ、とりわけ菅首相の抜擢人事だった山田内閣広報官の接待ダメージがボディブローのように利いてきている。

 菅首相は目下、言を左右にして山田広報官の任命責任を回避しようとしているが、いずれは責任を取らざるを得なくなる。まして、自分の長男が当事者であるだけに、如何なる口実をでっち上げても責任を免れることはできない。最近「モリカケに今度は菅の親子丼」という川柳が大手紙に載り、永田町でも話題となっているという。菅首相が苛立つ身内の不祥事であるだけに、コロナ禍のなかで国民の不満がさらに拡大すれば、間近に迫る衆院選をにらんでの自民党内の菅降ろしに火が付かないとも限らない。国民の信頼を失った政治家は、国民の信託に応えることができず、政界を去るほかはない。菅首相をめぐる政官界の暗闇は、河井夫妻の分かりやすい選挙買収事件よりもはるかに深く、それを垣間見せたのが山田広報官に演じさせた今回の「サル芝居」だったのである。
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