2021.03.24 雪のアラスカに啖呵の火花
         幕が上がった米中対決第二幕                      
 
田畑光永 (ジャーナリスト)

 まさかこれほどまで、と予想した人は多くなかったろう。3年続いた「トランプの幕」が終わった「果し合い!米中対決」は2か月の幕間が終わって、米側の主役がバイデンに代わり、さて第二幕の始まりやいかに?と、思いを巡らす間もなしに、いきなり双方の組頭が満座の中で啖呵の切り合いを見せるという展開となった。まさか双方が仕組んだわけではなさそうだが、とにかく起こったことは、報道を継ぎ合わせると次のような成り行きだった。
 舞台はアラスカ・アンカレッジのホテル「キャプテン・クック」。3月16日に東亰で日本との「2+2」(外相と防衛相の合同会談)、18日に韓国との同じく「2+2」を終えて駆けつけた米のブリンケン国務長官、ワシントンからのサリバン安全保障担当補佐官の米組と、楊潔篪(ようけっち)・共産党外事工作委員会主任に王毅外相の中国組との会談が、現地時間18日午後1時(日付変更線を逆にまたぐため時刻はさかのぼる)から始まった。
 中国側にすれば会談のこの設定自体がそもそも面白くなかったらしい。ブリンケン氏が日本、韓国という味方陣営とは相手国へ赴いて会談を重ねながら、目と鼻の先の中国に足を伸ばすことはせず、わざわざアンカレッジなどという辺鄙なところへ呼びつけられる形だからである。
 それはともかく、事前の打ち合わせでは会談の始め方は、まず米側の2人がそれぞれ1分ずつ挨拶、それに通訳の時間を足して約4分、つぎに同様に中国側2人が挨拶して合計約8分、そこで報道陣を会場から退出させて、本格的な話合いへ、ということであったとされる。
 実際はというと、まず米側2人の挨拶がそれぞれ1分くらいずつ伸びて、全体で予定の2倍の8分くらいかかったらしい。続いて立った中国側の楊潔篪氏は米側が予定をオーバーしたのだからと予定を大きく上回って15分ほど演説した。
 というのは、最初の米側のブリンケン氏の挨拶がたんに時間が伸びただけでなく、短いながらもウイグル族問題、香港、台湾など具体的な論点を挙げて会談に臨む姿勢を明らかにしたものであったために、楊氏の方はそれに反論する形で、約15分話し続け、挨拶というより早速、論戦の口火を切った形になったのだった。
 そして、このあたりはテレビ映像にも映っていたが、この楊演説の間、米側の出席者の間ではさかんにメモがやり取りされており、楊氏が話し終わったとたん、退出しようとする報道陣に室内に留まるように米側の席から声がかかり、再度ブリンケン氏が立って、楊発言に反論した。
 そうなると楊氏のほうもまた報道陣を呼びとめて再反論を加えるということになり、結局、外交折衝というより、公開討論会のごときやり取りがなんと1時間半も続いたのであった。
 会談は18日の午後に2回、19日に1回の都合3セッション行われる予定だったが、その後のやり取りについては、とくに内容が明らかにされる会見はなく、ただ気候変動への対応については両国間に話し合いの場が設けられることが発表された。
 この顛末について、米中双方ともに相手が自国内むけに「政治ショウ」をやったからだと責任を押し付け合っている。双方ともに言い分はあるだろうが、私の見るところ、いわゆる米中対決がトランプ時代に比べて妥協がはるかに難しくなってきたことを、双方の交渉当事者が身にしみて感じ、その分、会談の雰囲気が緊張したものとなったのではないかと考えている。
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 トランプ大統領(当時)が巨額の貿易赤字を理由に中國からの輸入品に高率の関税をかけると言い出して、「米中対決」の口火を切ったのは3年前、2018年の3月であった。それからの米中間のやり取りを細かく追う煩は避けるが、トランプ氏の最大の目的は大統領再選を果たすために中國からいかに有利な交渉結果を引き出すかにあった。たとえば、今回もすでに問題として言及されている新疆ウイグル自治区における人権侵害の問題について、2019年6月に大阪で開かれたトランプ・習近平会談に同行したジョン・ボルトン安全保障担当補佐官(当時)は回想録『トランプ大統領との453日』の中で次のような内情を明かしている。
 「通訳しか同席しないオープニングディナーの席で、習近平はウイグル自治区に強制収容所を建設するそもそもの理由をトランプに説明した。米国側の通訳によれば、トランプは遠慮なく収容所を建設すべきだ、中国がそうするのは当然だと思う、と答えたという」(邦訳朝日新聞出版刊・345頁)
 またこんな一節もある。
 「(トランプ大統領は)中国が大豆と小麦の輸入を拡大することが選挙戦の結果にいかに大きな影響を及ぼすかを力説した。トランプが言ったことをここに一字一句書き記したいところだったが、政府による出版前検閲によって差し止められた」(同・334頁)
 交渉の場でのトランプの発言が公表をはばかるようなものであったことが推測される。相手がこういう人間であれば、中国とすればやりようはいくらでもある。トランプ個人を喜ばせさえすれば、事態が深刻になることはないと考えたであろう。
 ところがバイデン政権はトランプ時代と打って変わって同盟国重視の方針を掲げ、スクラムを組んで中国に向かおうとしている。今回の会談直前に「米日豪印」(クワッド)のリモート首脳会談を開き、国務・国防両長官が日本、韓国を歴訪して「2+2」に出席したのは、米一国との「大国外交」での国益取引で妥協の道を探りたい中国の腹を見透かして、米側が前もってそれを拒否する態度に出たとしか見えないであろう。
 ブリンケン長官が「各国は中国が現状を変更しようとしていることに懸念を感じている」と述べたことに、楊潔篪主任が「米国にはほかの国を代表する資格はない」と反撃し、日本に対し中国外務省の趙立堅報道官が記者会見で、久しぶりに「米国の手先」呼ばわりを復活させたのも、反中国戦線の拡大を恐れる気分の裏返しではないか。
 トランプ時代のように「利益」で取引ができないとなると、対立は民主、自由、政治権力の在り方をどう考えるかに帰着する。これに対する中国側の立場は、それは各国の国内事情であり、「米には米の民主、自由があり」、「中国には中国の民主、自由がある」、したがって「内政干渉はやめよ」の一点張りで、切り抜ける以外に道はないのはこれまでと同じである。
 となると、米中の対立は、今後は「米+その他」対「中国」に拡大する一方であり、その対立は実利による妥協抜きの「民主とは何か、自由とは何か、政権とは何か」という原理的な問題に収斂するだろう。そうなっては一方が一方に勝つとか、負けるとかいった形の決着は望めそうにない。
 こう考えると、「米中対決!バイデンの幕」は展望のない、ただ非難の応酬と時に武力のデモンストレーションによる緊張の高まりだけに終始する、かつての冷戦時代の再現になるのであろうか。じつは私は別の展望もありうると考えている。
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 今回、楊潔篪主任は米国に向かってこう発言した。
 「米国は国内に人権などの面で多くの問題を抱えている。米国はまず自らの姿勢を改め、自らの事柄をきちんとするべきで、自分の問題をうまく解決できないからと世界に矛盾を転化し、視線を逸らすべきでなく、中国の人権、民主について四の五の言うべきでない。中国共産党の指導と中国の政治制度は中國人民の心からの支持を得ており、中国の政治制度を変えようとするいかなる試みも徒労である」
 そして米国の人権問題の例示として「ブラック ライブズ マター」を挙げた。
 また楊潔篪主任はこうも言った。
 「中国共産党の政権掌握は歴史の選択であり、人民の選択である。中国の発展には中国共産党の指導は欠かせない。これは中国人民の高度の共通認識であり、国際社会の普遍的な認識である」
 こうした論理は中国共産党のマスメディアや全人代などの政治宣伝活動の場で金科玉条のように繰り返されるものである。そういうものとして接する限り、われわれは特に奇妙とも思わなくなっているが、今回のように相手のある論争の一部として目にすると、その内容の空疎さに改めて気づかされる。
 たとえば楊氏は「ブラック ライブズ マター」の問題を、横暴な警官の行為に対する民衆の無秩序な騒ぎと捉え、米の抱える人権問題の深刻さを立証するものとしているが、権力による人権抑圧を人々に知らせる方法もなければ、取り上げるメディアもなく、無数の泣き寝入りによって保たれる見せかけの「安定」と比べて、「ブラック ライブズ マター」運動の広がりがどれほど素晴らしいものか、世界の大多数の人の目には明らかであろう。
 また、国民党との内戦に勝利したことを「歴史の選択、人民の選択」というけれど、それは一体何年前のことなのか。それは現在まで有効なものなのか。その間に中国共産党が大きな過ちを犯したことは、今の権力者のずっと先輩たちがすでに認めているではないか。
 また「人民の高度の共通認識」とはいつ、どのように測定したのか。そんな疑問を発すること自体が罪といった前提でもなければ、こんな根も葉もない、恥ずかしい文章は誰にも書けない。
 そうなのだ。国民を常時、監視カメラの網の中に置き、公けにはものを言わせない、聞かせない状況の中では、いかなるドグマもそれなりに効力を持つだろうが、自由な言論世界ではその空虚さは直ちに白日のもとに曝される。
 じつは私は「米中対決!バイデンの幕」がその呼び水になるのではないかと期待している。経済的実利で妥協する余地のない原理原則の一見無意味な論争こそ、空虚な論理を白日のもとに曝すからだ。
 われわれ外国人には中国の現状を変えるなどできることではない。でも、こういう文章を国内外に散布させ、それを他国の多くの人間の目に触れさせ、その反応を知ることは、中国人にとって中国という国のほんとうの姿を自分自身に知らせることになるのではないか。
 せっかくここまで中国という国の在り方に他国の人間の関心が集まっているのだから、議論だけでもいい。世界中の国が米中対決にそれぞれの立場で参加して、世界に映る中国の姿を中国人に見えるようにしてほしい。あとは中国人自身の判断に任せよう。(210322)

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