2021.04.03 「愛国主義」をあおる危険な道
―米中対立の行方を憂える

田畑光永 (ジャーナリスト)

 3月18日から19日にかけて、アラスカのアンカレッジで行われた米中両国の外交トップによる会談が激しいやり取りの末に喧嘩別れで終わった後、双方は事態鎮静化の道を探るどころか、米側にEUその他が加勢して、中国対その他大勢という形に喧嘩の輪が広がっている。
 現在の焦点は中国の西北部に大きな面積を占める新疆ウイグル族自治区におけるウイグル族の人権問題で、双方の相手の当事者(と思われる人物)に対する制裁合戦が火花を散らしている。
まず3月22日、EUの外相理事会が開かれ、中国でのウイグル族の扱いが人権侵害だとして、ウイグル自治区の副主席(日本風にいえば副知事か)ら4人地元幹部と1団体への制裁を決定した。EUが対中国制裁を決めたのは1989年6月のあの天安門事件以来30年以上ぶりである。
 EUに呼応してこの日、米、英、カナダも中国の当局者2人に制裁を課し、豪州、ニュージーランドはそれを支持する声明を発表した。
 これに対して中国ももとより黙っているはずはない。その22日夜、外交部秦剛次官は北京駐在のEU代表を呼び出して、EUは「虚偽情報をもとに一方的に制裁を課した」と、強烈に非難(中国語の発表では「強烈譴責」)して、対中制裁にかかわったEU議会関係者やドイツ人学者ら10人と4つの組織に対して報復制裁を課した。そして27日には米の政府機関である国際宗教自由委員会の役員2人、カナダの下院議員1人に対しても中国は制裁を課した。
 この場合の制裁というのは、対象人物の自国への入国を制限するとか、対象人物や組織が自国内に金融資産などを保有している場合にはそれを凍結するといったことがその内容なので、それ自体は深刻なものではないが、国家が他国の特定個人や組織を公に批判するという政治的な意味合いは強い。
 ところが事態はこの制裁合戦では終わらずに、新疆産の綿花をめぐる争いへと発展し、欧米が綿花の輸入を停止する動きを見せたのに対し、欧米のアパレル製品やスポーツ用品の広告に登場していた中国の芸能人たちが、その製品のボイコットをよびかけるということになってきた。
 新疆は綿花の生産に適していると見え、綿花は重要な産物である。当然、重要な輸出品でもあるが、スウエーデンの有名アパレル企業「ヘネス・アンド・マウリッツ」(H&M)が数週間前に人権問題を理由に新疆ウイグル自治区内に工場を持つ中国企業との取引を停止すると表明したのに対して、3月24日からアリババなど大手通販サイトが同社の製品を抹消、消費者が検索できなくした。
 それが政府の指示によるものか、通販サイト独自の決定かは明らかではないが、それをきっかけに同社をはじめ米ナイキや独アディダス、英バーバリーなどのCMに出演していた有名俳優やモデルたち10人以上が出演契約の終了を通告したと言われ、それに呼応するかのようにそれらの商品への不買運動が広がり始めたとされる。(「日本経済新聞」3月26日付、29日付など)
 過去にも類似のことはあった。われわれの記憶に新しいのは、2012年9月に日本政府が尖閣諸島を地主から買い上げて国有化した時である。反日運動が広がり、北京の日本大使館や上海の総領事館が投石などの被害を受けたほか、街の日本料理店や駐車してある日本車が襲われたりもした。
 今回はまだそういう事例は報告されていないが、「国の名誉が汚された」という大義名分があれば、なにをしても大目に見られるというある種の安堵感が広がると見え、騒ぎは過激化しがちになる。
 そこで困るのは、中国の場合、過激化する騒ぎを鎮静化する冷静な声がなかなか上がらないことである。なぜなら大元の対立の原因について、中国では相手の言い分が一般にはほとんど知らされないために、相手を「けしからん!」と思う気持ちにブレーキをかける材料がないのである。
 とくにウイグルやチベットなど少数民族の問題ではそうである。私も現役時代、たまに中国人の記者との間でウイグルやチベットが話題になることはあったが、特別に関心を持っている人間を除けば、彼らはほとんど実情を知らないし、関心もない。外国人がとやかく言うのはやっかみ半分で足を引っ張っているので、政府がどんどん発展しているというのだから、多少の誇張はつきものにしても、まあまあうまくいっているのだろう、というのが大方の見方で、必要がないからそれ以上詳しく知ろうという気もないようであった。
 だから反外国暴動のようなことが起こっても、「まあ待て、彼らの言い分はこうなのだ」というブレーキがどこからもかからない。私はたとえばウイグル族の職業訓練所にしても、ややおおげさに言えば、先日、アラスカで米側とやりあった楊潔篪(外交の最高責任者)、王毅(外相)といった人たちでさえ本当のことは知らないのではないかと疑っている。都合の悪い事実を明るみに出すことは、関係部門内部でさえ特に必要な場合を除けば、独裁専制統治のもとでは誰のプラスにもならないからである、被害者を除いて。
 昨年のコロナ禍で長期のロックダウンに閉じ込められた武漢での生活について、ただありのままを伝えようとしたフリーのレポーターは当局に逮捕された。朝日新聞3月31日付電子版によると、この人、陳秋実さんは昨年2月の逮捕後、天津で取り調べを受け、1年以上拘束された後、現在は山東省青島で両親と暮らしている由。友人の話ではSNSのアカウントは閉鎖され、外部には発信できず、また行動も制限されているらしいとのこと。ブログで日常を綴った「武漢日記」の著者、作家の方々女史はネットの世界ではさんざん「売国奴!」と罵られた。
 そうはいっても望みがないわけではない。改革・開放が叫ばれて、すでに40年以上になる。その間に外国に留学した中国人は数百万人を数えるはずだし、その多くは中国でそれなりの仕事をしているはずだ。その人たちはますます強権性を強める今の政権の方向にクビを傾げているに違いないと私は思っている。もとより彼らとて迂闊に声は上げられない。でも彼らを勇気づける手立てはないものだろうか。欧米も日本も中国を悪者にして足を引っ張ろうとしているだけという「世界観」が「14億人!」に定着しないような手立てが。(210331)

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