2021.04.08 大坂なおみ、1年ぶりの敗戦

盛田常夫 (経済学者、在ハンガリー)

 昨年2月のフェドカップの敗戦以後、負けなしできたテニスの大坂なおみの連勝が23 (2000年以降最長、WTAトーナメントの連勝記録歴代第9位)で終わった。2020年フェドカップ対スペイン戦で、大坂はスペインのソリベストルモに0-6、3-6で完敗し大粒の涙を流した。クレーコートの敗戦だから仕方がないところもあるが、全豪4回戦の敗戦に続く連敗は、苦しかったに違いない。
 そこから連戦連勝を重ねてきたが、3月31日の2021年マイアミオープン準々決勝で、伏兵のサッカリ(ギリシア)に0-6、4-6で完敗した。1年ぶりの敗戦だが、負けるときはこんなものである。大坂の弱点が徹底的に突かれた結果だから、これを糧にいっそうのトレーニングに励んで欲しいものだ。
ゲームに入り込めなかった大坂
 マイアミオープンは全豪オープンから1カ月以上の間があったから、トップ選手は皆、ゲーム勘を取り戻すのが難しかった(下位選手は小さな大会に参加していた)。マイアミオープンはグランドスラム大会に次ぐWTA1000の大会で、シングルス128ドローで行われる。シード選手は1回戦免除になり、大坂は2回戦から登場した。勝負所で決めきれないもどかしさはあったが、順当に緒戦を勝ち上がり、幸運なことに3回戦の相手が棄権したために、1時間半程度の試合時間で4回戦へ進んだ。4回戦の相手メルテンスは難敵だが、序盤の好調なサーヴィスを維持し、他方でメルテンスが肩の不調でメディカルタイムをとったために、少々気が抜けた試合になった。この試合もほぼ実質1時間20分程度で終わり、大坂は3時間程度の試合時間でWTA1000大会のベストエイトに勝ち進んだ。本来なら、ラッキーと言うべきだが、試合を重ねる中で集中度を高めていく大坂にはいささか物足りない実戦になった。引き締まらない環境の中で、緊張感を保つのは難しい。これが準々決勝敗退の伏線になった。
 他方、サッカリは全豪オープンでは1回戦で敗退しているランキング25位の選手である。しかし、今大会は好調を維持し、2回戦、3回戦をそれぞれ1時間で終わらせ、4回戦ではペグーラ(アメリカ)にマッチポイントを何度も握られながら、2時間40分にわたる熱戦を制して大坂戦に臨んできた。接戦を勝ち上がったサッカリは最初から気合が入っていた。失う物がない者の強みである。
 サッカリは170cmほどの身長だが、強打一本やりで臨んできた。驚くことに、サーヴィスも絶好調で、ファーストサーヴィスは170km/hを超え、セカンドサーヴィスのそれは大坂より速く、150km/hを超えるスピードで強く打ってきた。男子並みのスピードである。錦織よりも速い。
 これにたいして、強い風が気になったのか、大坂のファーストサーヴィスが入らず、緩いセカンドサーヴィスが餌食になった。女子テニスでも130km/hを下回るサーヴィスは叩かれる。もっとも、緩いサーヴィスを強打するとネットに掛けやすいのだが、この試合のサッカリのリターンはほぼ完ぺきだった。試合を通して、大坂は38本のセカンドサーヴィスを放っているが、22本も打ち抜かれた。サッカリ陣営は大坂のセカンドを徹底して叩くという作戦が立てていたのだろう。これに対して、大坂はサッカリのセカンドサーヴィスで獲得したポイントは13本中6本にすぎない。
 この試合の大坂のファーストサーヴィスの確率は40%(26/64)、その40%のなかでポイントを獲得できたのが半分(13/26)で、サーヴィスエースはわずか1本である。これほどサーヴィスが悪いと勝てない。サッカリのサーヴィス・データはすべての点で大坂を上回っていた。大坂が負けた最大の原因がサーヴィスの不調だが、サーヴィスの不調はストローク戦にも影響する。リズムに乗れない大坂はストローク戦でもミスが目立ち、サッカリの完勝となった。
明確になった弱点
 大坂が敗戦から改めて学ぶことがある。最大のテーマはセカンドサーヴィスのスピードである。190km/hを超えるファーストサーヴィスを打てる大坂だが、セカンドサーヴィスのスピードは50km/h以上も減速する。ファーストサーヴィスは超一流だが、セカンドサーヴィスは並みの選手である。フィセッテコーチの下、コースを変えたり、回転をかけたりして、セカンドサーヴィスが叩かれない工夫をしているが、サッカリ戦のように、跳ね上がるボールがちょうど相手の打点に合ってしまうと、簡単にリターンエースをとられてしまう。
 女子選手の中で大坂が頭一つ抜け出しているのは、一にも二にも、男子並みのファーストサーヴィスにある。勝負所でファーストサーヴィスが決まれば、試合を優位に進めることができる。ところが、この武器がもぎ取られると、途端に苦しくなる。この試合はそのことを身にしみるように教えてくれた。女子のトップテンにいる選手は皆、速いサーヴィスを持っているが、そのなかでも安定性で大坂が群を抜いている。しかし、その武器が通用しないと、試合を作るのが難しい。
 近年のテニスは、男子も女子も、安定して速いサーヴィスを打てる選手が良い成績を残している。とくに男子の場合、コンスタントに190km/hのスピードが出る選手でないと、上位の選手と戦えない。ロシアの若手の上位ランカーは必要な時に210、220km/hのサーヴィスを打つことができる。かれらのセカンドサーヴィスは160-170km/hで、錦織選手のファーストサーヴィス並みのスピードである。スピードの次元が違う。現在の男子テニスの世界ではセカンドサーヴィスのスピードも150km/hは不可欠である。このスピードに達しない選手がトップテンに留まることは難しい。いくら変化球が多彩で、制球力があっても、直球の威力が140km/hの投手が活躍できないのと同じである。強靱なフィズィカルを持った若手選手が次から次へと台頭してレベルが急激に上がっている男子テニス界は、サーヴィスフォームを変えた程度の錦織選手がトップテンに戻ることができるような状況にはない。
 グランドスラム大会の成績を上げないとランキングは上がらない。しかし、男子のグランドスラム大会は3セット先取だから、サーヴィス力がない選手は大会の序盤で体力を消耗してしまう。1ポイントを取るのに長いラリーを続けていたのではどれだけ体力があっても長続きはしない。緒戦から3時間4時間の試合をしていたのでは後が続かない。今の男子テニス界では強烈なサーヴィスを武器とする若手選手が目白押しで、いわばメジャーリーグの大谷選手のような男子選手が次々と現れている。だから、錦織選手がトップテンに返り咲く余地は残されていない。
 錦織選手が非力ながらトップテンを4年も維持できたことはテニス選手としての才能を示している。もう少しフィズィカルが強く体力があれば、ビッグスリーに肉薄できたはずだが、体の強さには天性のものがあるから、これだけは仕方がない。
 大坂なおみ選手の活躍が示すように、女子も男子も高い身体能力がないと、世界のトップのレベルに立つことはできない。日本ではフィズカルが強いスポーツマンの多くがプロ野球に流れるから、なかなかマイナーなテニスに身体能力の高い選手を呼び込むことができない。錦織選手や大阪選手の活躍にあこがれて、テニスの世界に入っていく子供たちが増えると良いのだが。

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