2021.05.07 交戦権放棄の“平和憲法”を礎に

いまこそ新思考の日本外交を

 伊藤三郎((ジャーナリスト)


 先日ワシントンでの日米首脳会談でバイデン米大統領との初顔合わせを済ませた菅首相は「台湾海峡の平和と安定」に日米連携を、という極めて重い課題を背負って帰国した。ただ、帰国後は新型コロナ感染対策と「無理筋」の東京五輪・パラリンピック対応に追われ、日米同盟の重要課題に取り組む余裕などとてもなさそうに見える。
 そこで、本格化するバイデン外交に対し、日本がとるべき「新思考外交」(以下「新外交」)を提案する。ポスト・コロナの世界に向けたそれは、ずばり「平和憲法」を礎とした「不戦の誓い」と「世界連邦」を視野に入れた国連の大改革である。
 私がこの時期にあえて「新外交」を提案するのは、先の太平洋戦争敗戦直後から70年余の間、しっかり維持された「平和憲法」、なかんずく一国の主権の重要な柱である「交戦権」の放棄をうたった「憲法9条」こそ、この国の民意と受け止めるからである。

 そこで先ずは、「新外交」の原点となる「平和憲法」制定(1946年11月)当時の記録「(昭和)天皇・マッカーサー(元帥)会見公式記録」から。その存在は記者仲間だった時事通信社OBの故・長沼節夫氏に知らされ、東京・永田町の国立国会図書館でマイクロフィルムから書き写した。長沼氏によると、哲学者・鶴見俊輔がこの文書を「50年後も価値を失わぬ」と語ったという。その原資料は現在の「平和憲法」が成立(1946年11月3日)する直前、米国大使館での「天皇・マッカーサー」会見に随行した寺崎英成・御用掛が記録したものだ(原文のまま)。

 元帥 非常に良い憲法が成立致しました。その基本的な部分は世界的に良いものだと考えます。(中略)
 陛下 今回憲法が成立し民主的新日本建設の基礎が確立せられた事は、喜びに堪へない所であります。この憲法成立に際し、貴将軍に於て一方ならぬ御指導を与えられた事に感謝いたします。
 元帥 陛下の御蔭にて憲法は出来上がったのであります。(微笑しながら)陛下なくんば憲法も無かったでありましょう。
 陛下 戦争放棄の大理想を掲げた新憲法に日本は何処迄も忠実でありましょう。
 世界の国際情勢を注視しますと、この理想よりは未だに遠い様であります。その国際情勢の下に、戦争放棄を決意実行する日本が危険にさらされる事のないような世界の到来を一日も早く見られる様に念願せずに居れません。
 元帥 最も驚く可きことは世界の人々が戦争は世界を破滅に導くといふ事を十分認識して居らぬことであります。戦争は最早不可能であります。戦争を無くするには戦争を放棄する以外には方法はありませぬ。それを日本が実行されました。五十年後に於て、私は予言致します。日本が道徳的に勇敢且賢明であった事が立証されましょう。百年後に日本は世界の道徳的指導者となった事が悟られるでありましょう。(略)

 この会見が行われた敗戦翌年の1946年はマッカーサーの大改革が始まったばかり。やがてマッカーサーが去り(1951年)、朝鮮戦争(1950~53年)を境に米ソの冷戦が深刻化。米国の対日戦略も「安保条約」をテコに「非武装・中立」から「再軍備」要求へと大きく転回し、自民党は党是の「憲法改正」の実現、交戦権放棄を宣言した「憲法9条」の骨抜き政策を着々進めてきたが、それでも「平和憲法」は今日までの70年間余を生き続けた。この事実を日本国民の「民意」と受け止めての「新外交」提案である。

 「君、世界連邦って、何か知ってるかい?」「ああ知ってるよ、夢みたいな話だろう」
 これは笠信太郎(1967年死去)が朝日新聞の論説主幹時代の1963年11月に行った講演の冒頭に披露されたもの。軽い冗談のようで、実は、きわめて真面目な話である。これに続く「憲法9条」をこれからの日本外交の基本に、という笠の訴えは、歴史の大きな転換期の今こそ新鮮に響く。笠の著作からその主張を読み解くと――

 「憲法(9条)が放棄している戦争とは、第1に『国権の発動たる』戦争、第2にこうした戦争とか、武力による威嚇とか、武力の行使とかを『国際紛争を解決する手段としては』これをやらない、というのでありますから、この戦争には二重の条件が付いております。(略)それでもまだ、この放棄という言葉ではっきりしないところを、憲法第9条は、その最後に『国の交戦権は、これを認めない』という一句ではっきりさせている(略)」
 「この交戦権を自ら否認するという前代未聞の憲法が、まごう方なき現実の日本国民の憲法であります。(略)しかし、それを遵守するにつきましては、一つの重要な前提があります。それは(略)憲法9条の冒頭に書かれている一句(略)『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する』ということ。それを前提として戦争を放棄し、交戦権を自ら否認しているのであります」

 笠はさらに、この前提を詳しくした以下の「憲法全体の前文」を指摘する。
 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
 このように組み立てられた「交戦権の放棄」について、笠はさらに念を押す。
 「(交戦権の放棄は)日本がその重要なるその主権の一部を、すでに世界に向かって提出したということを意味いたします。言いかえると、もし将来、世界連邦が実現するならば、その世界連邦政府に向かって当然提供しなければならぬところの主権の一部(交戦権)を、日本は前もって(略)手放しているということであります。これは日本の立場から世界連邦をというものを考える場合に、きわめて重要な一点であります。そしてそれは、日本が、世界に向かって世界連邦を主張しうる最も有力な、筋の通った根拠である……」
(「」内はいずれも「笠信太郎全集」<1>『世界と日本』 文芸春秋社 1963年刊から)
 
 一方、米ソ両超大国が核兵器と大陸間弾道ミサイル(ICBM)を軸とした際限ない軍拡競争を続ける中の1961年、若きケネディ米大統領が颯爽と登場、その就任演説で「次の仕事にとりかかろう」と呼びかけた。笠はこの演説に注目し、次のように解説する。
 「(ケネディは)こう言っています――もし協調の橋頭堡を、疑惑のジャングルの一角に築くことができたら、こんどは次の仕事にとりかかろう。それは、新しい力の均衡ではなく、新しい法の世界の創造という事業だ、と。これは、平和は、軍備によって保てるのではなく、(略)主権の寄り合いという無政府の状況を法秩序をもって覆うてしまうことが次の仕事(略)、それには各国の主権のうち世界の問題にかかわる部分だけを、部分的に世界権威に移譲すること以外には達成の道はないのでありますから、ケネディが次の仕事と言ったのは、世界連邦ないしは世界権威のごときものをめざしていたのだ(略)と思います」(同)
 
 米ソ冷戦の深刻化する中で朝日新聞の論説主幹だった笠は、ケネディという若き政治家の出現によって、世界連邦がいよいよ現実の国際政治のテーマとして浮上か、と期待。明るい空気で迎えた1962年の元旦に「世界法の支配する世界へ」と題する社説でこう書いた。
 「ケネディ大統領自身がいうように『戦争のための兵器は、それがわれわれを滅ぼしてしまわないうちに、われわれがこれを滅ぼしてしまわなくてはならない』とすれば、道はやはりただ一つで、(略)そこに、さんとして陽のかがやく青空に出る道があるならば、われわれ日本国民の進路も、もうあれこれと迷うことは許されまい。すでに、ここ数年の間、われわれが掲げてきた理想として世界連邦への脱出以外に、この恐るべき危機を抜け出る道はあるまい。(略)一途に己の道を行こうではないか」(同全集<7> 『朝日新聞社説十五年』)
 
 だが、その年10月、ケネディ大統領がキューバにソ連ミサイル基地建設中と発表し、キューバ海上封鎖を発表(「キューバ危機」)。ケネディ・フルシチョフ双方の妥協で、ウ・タント国連事務総長の調停案を米ソが受け入れたことで、世界中を震撼させた核戦争危機が回避される。が、それから1年1カ月後、「ケネディ暗殺」(1963年11月22日)と歴史は暗転したのだった。

 冒頭の「天皇・マッカーサー」会見記録に戻ると、鶴見が言及した「50年後」を超えて、70年後の今日もこの記録は一定の「価値を失」っていない、と私は思う。「戦争放棄の大理想を掲げた新憲法に日本はどこまでも忠実でありましょう」と天皇が語った通り、現在もその基本は守られているし、天皇曰くの「戦争放棄を決意実行する日本が危険にさらされることのないような世界」と、笠が掲げる「世界連邦」とは軌を一にする。
 また、同盟相手の米国で、「民主主義の立て直し」に着手したバイデン政権の本格始動は、ソ連との冷戦終結を目指したケネディ大統領の登場に通ずるものを感じる。

 そんな今こそ、戦争放棄の「憲法9条」を礎とした「新外交」に打って出るチャンスではないか。気候変動問題はすでに国連の主導のもとに着実な前進を見せ、バイデン登場と同時に米国は国連が勧進元を努める「パリ協定」(2015年)に復帰、という流れは、世界連邦実現への着実な一歩と受け止めたい。問題が「人類の危機」ともなれば国民国家同士が意地を張り合う時間的余裕などないはずだから。

 それに続けて、懸案の国連安保理の改革。具体的には常任理事国(戦勝5カ国)の拒否権剥奪。次に、より重要な核保有国に対する「軍縮の促進」と、本年1月に発効した核兵器の保有や使用を全面禁止する核兵器禁止条約への日本の加盟。「広島・長崎」での核兵器による悲惨な被爆体験を持つ日本は、核禁条約グループ50余の国々の先頭に立って核保有5カ国に対し核軍縮を迫り、それを「新外交」の一歩にすればいい。米国の「核の傘」に頼る国であっても同条約に参加できない理由はない。世界各国に対してこうした日本の「新外交」の立場を丁寧に説明すれば、米国との対立で神経質な中国だって日本の立場に理解を示すはずである。

 これから先どんな政権が生まれるようと上記「新外交」を粛々と進めれば、米国の力の外交政策の下働きをするために「憲法改正」に貴重な時間を浪費する時代遅れの政党など自然消滅するはずである。(歴史上の人物は敬称略)



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