2021.06.04   大坂なおみ選手のこと
 
盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
 
 プロスポーツの世界では若い選手が世界の頂点に立つことがある。もちろん、並外れの才能あってのことだが、肉体的な強靭さは必ずしも精神的な強靭さを伴わない。戦う上での精神的な強靭さと社会生活上の精神的な強靭さはまったく別物だ。とくに十代や二十代そこそこの若者は、競技上の高い評価と社会生活者としての未熟さとのギャップに戸惑い、そこから生活が乱れることが良くある。だから、若い選手への精神的なケアはきわめて重要である。大坂選手だけでなく、現在の女子テニス界には若手の有望選手が多い。たとえば、17歳の天才少女ガウフは社会生活者としてはまだ子供である。しかし、プロの世界は子供であっても、大人の振る舞いを要求する。それが大きな精神的不安や負担になることが多い。14歳で全仏ベストフォーに進み、天才少女と騒がれたジェニファー・カプリアティはマリファナに手を出し、テニスから遠ざかった。テニス界の「カプリアティ症候群」である。

 20歳の若さでグランドスラム大会に優勝した大坂選手だが、2018年の全米オープン優勝は精神的に非常に苦しいものだった。セリーナ・ウィリアムズ選手の振る舞いによって、2万人近いニューヨークの観客は大坂選手にブーイングを浴びせた。まるで勝利してはいけないような雰囲気の中でウィリアムズ選手に完勝したが、喜びより罪悪感をもたされるような精神状態に陥れられた。何の非もないのに、20歳の一人の若者が2万人の観客を敵に回すという異様な状況が、大坂選手に与えた心理的精神的な影響は計り知れない。
 競技の中で見せた勝負強さは動物的本能のようなものだが、それが社会生活上の精神的な強さを保障するものではない。大坂選手のプロスポーツ選手としての成功と、日常生活上の精神状態には大きな乖離が存在する。それは人だれにも見られることだ。社会経験を積む以外にこの乖離を克服する手立てはない。だから、「大金をもらっているのだが、大人の振る舞いをせよ」というのは暴論である。

 大坂選手は2018年の全米に続き、2019年の全豪を制した。準決勝、決勝はともにチェコのプリシュコヴァとクヴィトヴァである。とくにクヴィトヴァ戦では、第1セットを取り、第2セットもそのまま押し切れるはずが、急に流れが変わってクヴィトヴァが取った。嫌な流れになったが、最終セットの接戦を物にして勝負強いところを見せた。手に汗を握る戦いだった。これほどの勝負強さがあるから、精神的にも強靭なのだろうと考えがちだが、勝負の世界と社会生活の精神状態はまったく違うものなのだ。
 スポーツでの勝負強さは動物的で本能的なものである。大坂選手がラケットを破壊し、イライラすることを咎める人は多いが、本能的な戦いに社会生活上の行儀良さを求めるのは間違っている。肉体的な動きで勝負が決まるスポーツは感情的にも激しい動揺が伴う。行儀のよさが勝負を決めるのではない。だから、激しい感情が噴出することは避けられない。もっとも、感情の露出が自分にとって精神的な落ち着きを与えることになるのか、それとも相手に心理を読み取られて不利になるかは簡単に言えないが、数多くの戦いを制して頂点に立つ選手は皆激しい感情を肉体的な力に変えているはずである。だから、経験を積んで激しい感情をうまくコントロールして、勝負の流れを掴む知恵を蓄えることは大切だ。
 Eurosportsで全仏のリポーターになっているミシャ・ズヴェレフ(スヴェレフ兄)は当初、大坂の行動を批判していたが、翌日の番組では「グランドスラム大会の大舞台に立った経験がないので、どれほどの精神的な重圧があるのか分からない」と話すに留めた。われわれには20歳そこそこで世界の頂点の戦い立つ緊張や精神的な重圧を実感することができないが、その重圧を無用に高める愚は避けなければならない。

 さて、話題になっている記者会見だが、大きな大会ではセンターコートの試合の勝者に、コート上でインタヴューするのが慣例になっている。これまでも大坂選手のオンコート・インタヴューに応えてきた。今年の全仏1回戦の後も、インタヴューに応えている。これに加えて、トップシード選手には勝ち負けにかかわらず、試合終了後30分以内にプレス会見出席が規定されている。問題はこれである。
 勝者のばあいには気分的に難しくないが、敗者として記者会見に臨むことは難しいことが多い。肉体的にも精神的にも疲れた状態なら、とにかくシャワーを浴びて横になりたいと思うだろう。勝負の反省は後でゆっくりコーチと行えばよい。凡人の日常生活でも、疲れていると人と口を利きたくないと思うときは結構ある。
 しかし、大会主催者は敗者であっても、トップ選手には会見への出席を要求する。ぶっきらぼうに答えて記者の反発を食うことがある。全豪で大坂に負けたウィリアムズのように、途中で涙して会見を切り上げることもある。「敗因は何でしょう」と聞かれて、「今は休みたいだけ。敗因が分かっていたら負けていなかった」と思うだろう。男子テニスの場合、4-5時間になる試合もある。疲労困憊しているのに、お付き合い会見が苦しくないはずがない。グランドスラム大会の決勝戦の後なら勝者も敗者もそろって会見するのは良いが、決勝戦以外は勝者の会見だけでよいはずだ。疲労困憊状態であれば、勝者であっても会見をパスする権利があってもよい。他のプロスポーツでは大概そうなっているはずである。
 記者会見はスポンサーへの義務という意見がある。しかし、オンコート・インタヴューはテレビ放映されるが、記者会見はまず放映対象にならない。だから、スポンサーへの義務というのは的外れである。ただ、例年11月に行われるランキング・ベストエイトが戦う最終戦は別である。これは一つ一つの試合がセレモニーで、敗者にも大きな賞金が支払われるから、スポンサーへの感謝を込めて、すべての大会セレモニーに行儀よく参加する必要がある。

 最後に、トゥイッター(日本語はツイッター)やSNSあるいはfacebookで意見を表明することが流行しているが、正式な要望書は文書かメイルで発出すべきである。今は一国の首相でも政府の重要決定を先取りする形でfacebookにメッセージを書き込むが、これは感心しない。

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