2021.06.22  笑ってる場合じゃないのだろうが・・・
          自民党に発生した3大おふざけ議員連盟

田畑光永 (ジャーナリスト)

 コロナ禍で多くの国民はあるいは仕事が出来なくなったり、あるいは人と会いづらくなったり、出歩きにくくなったりと、程度の差はあれ気の重い毎日を送っているのだが、自民党の国会議員先生たちはそういうことのまったくない、太平楽な世界にいるようである。
 というのはほかでもない、このところ自民党には何とか議員連盟というのが3つも発生したからである。議員連盟というからには集まってわいわいやらなければ恰好が付かないはずである。一般国民には親族が集まるのも何人以下にしろ、などと言っておきながら、相変わらずそんなことは自分たちには無関係とお考えのようである。
 それはそれで、いつものことなのだが、この拙文をこんなタイトルにしたのは、その議員連盟の看板を見て、思わず笑い出してしまったからである。
 それらを順不同で並べると、まず「半導体戦略推進議員連盟」、そして「自由で開かれたインド太平洋議員連盟」、さらに「新たな資本主義を創る議員連盟」である。
 この名前を見て、皆さんどうお感じだろうか。いずれもマスコミを賑わせているテーマであり、自民党の先生方も真面目に勉強するもんだな、と感心されただろうか。
 じつは私は10年ほどある大学の教壇に立ったことがある。その時の経験では、学生にレポートなり小論文なりを書かせようとすると、やる気のない学生ほどこういったテーマを思いつくのである。どういうことか。マスコミを賑わせているということは、時代を反映するテーマであり、したがってまだ結論は出ていない(どころか、簡単に結論など出そうもない)。そして新聞や雑誌にはいくらでも記事があり、さらにはべつに勉強する気がなくても、なんとなく漠然とした知識はテレビから吹き込まれている。
 だから図書館で記事を何本かコピーして、それをパソコンで適当につなぎ合わせればもっともらしいレポートが出来る。それがかりにどんなに頓珍漢な代物であろうと、事態はどんどん動くから、教師だっていちいち中身を詮索する気にならない(勿論、教師の怠惰も共犯だが)。
 つまりこの3つの議員連盟が掲げた看板はそろいもそろって「勉強する気はありません。わいわいやるための名目です」と言っているわけで、見ただけで、教師時代の自分に対する自責の念を思い起こすと同時に、どうしても笑い出してしまったのである。
 それにしても、自民党の先生方はなんだって今、こんなものを作ってわいわいやりたくなったのだろう。オリンピックを何が何でも開きたいばっかりに、菅内閣はコロナ禍について、20日に沖縄県以外では「緊急事態宣言」を解除して、東京などは「蔓延防止等重点措置」に切り替えるそうだが、感染力の強いインド株が日本にどういう形で現れるかなど、まだまだ不確定要因が多い。それに加えて、どう転んでも3か月以内には否応なしに衆院選挙である。そんな時なのに、形だけにしろ「新しい資本主義」やら、「インド太平洋」だの「半導体産業」だのを心配するふりをするというのが私には不思議であった。
 そこでいろいろ解説記事などを読ませていただくと、どうも菅内閣、あるいは後見人の二階幹事長と合わせた菅・二階体制でこのまま走っていていいのかという、きわめて差し迫った問題意識、あるいは危機意識が自民党内に広がっているとか。
 そして、うっかり孤高を気取っているうちに流れの外にはじき出されては大変という議員心理から、とにかくどこかのサークルに飛び込んで、せいぜい自分の周りのソーシアル・ディスタンスを密にしておこうというのが、××議員連盟そろい踏みの背景にある事情のようである。
 さて、そうだとしても今回の動きにはまだ分からないことがある。早い話、ポスト菅に備えての主導権争いなら、すでに表に出てきた3つの「連盟」は主導権争いのライバル関係のはずなのに、人間構成を見るとはなはだ奇妙である。
 「半導体連盟」の会長は甘利明自民党税調会長、最高顧問に安倍前首相と麻生財務大臣の2人。「新たな資本主義連盟」は会長が岸田文雄自民党前政調会長で顧問に同じく安倍、麻生の両氏。そして「インド太平洋連盟」は会長が二階俊博自民党幹事長で最高顧問は安倍氏。
 3つの組織のうち2つが同じ2人の人間を最高顧問、あるいは顧問にいただき、残る1つもその2人のうちの1人を最高顧問にいただくというのだから、どれも自らの独自性をはじめから放棄しているように見える。
 こうなると、ここに登場した主役たちは選挙の結果によって菅首相をひっこめて、新首相の擁立となった際に、共通の顧問を中心に談合の場をしつらえて、恨みっこなしのポスト配分を実現しようとしているとしか見えない。この調子なら、その場合、安倍再々登板などという見たくない光景を見せられる事態まで、われわれは覚悟しておかなければならないのかもしれない。
 考えてみれば、長かった安倍政権時代、モリカケから桜を見る会、さらには財務省における公文書の組織的偽造、広島における大規模買収選挙にまで及ぶ数々の安倍、麻生らの不条理を結局、国民は首を傾げただけで許してしまった。それは彼ら自身を増長させただけでなく、自民党は彼らを英雄に祀り上げているのである
 次の選挙は菅なんぞより安倍政権時代そのものをテーマにするのが順序でなければならない。このままあの時代をやりすごしてはならないはずだ。
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