2021.06.29  枝野幸男『枝野ビジョン――支え合う日本』を読む(続)
          ――八ヶ岳山麓から(338)――

阿部治平 (元高校教員)

 前回は、『枝野ビジョン――支え合う日本』のなかで、枝野氏が「保守とはなにか」を論じ、自ら「保守」と称していること、これに関連して小泉・安倍内閣以前の歴代の自民党内閣が「保守本流」であり、安倍内閣にいたって自民党は「右派」ないしは「保守反動」と化したとしていること、「保守本流」を継承するのは、枝野氏ないしは立憲民主党であるとしていること、また外交・安保政策に関しては、枝野氏は政権を争う党派間で政策を争うべきではないと主張していることなどを見た。

 私は、氏の保守論、外交・安保論を読んで、氏がかなりの「保守派」であることをあらためて知らされた。しかし枝野氏はこの本をこの5月20日に刊行している。当然、秋までに行われる衆議院議員選挙を意識したものであることは間違いない。
 氏が「右寄り」の主張をするのは、本音もあるかもしれないが、「リベラル=左派」というマスメディアの断定から身をかわし連合や国民民主党をひきつけ、同時に保守派支持層を切り崩そうという意図もあると思う。

 今回は、『枝野ビジョン』の経済・社会政策を中心に見たい。
 枝野氏は、明治以来の生産拡大を目標とした資本主義は行き詰まっているとかなり先鋭的な見解を明らかにした。小泉内閣の規制緩和や民営化といった新自由主義的政策でも経済の停滞は打開できなかった、その延長上にある7年8ヶ月の第二次安倍政権の「アベノミクス」でも、デフレから脱出できなかったという。
 「経済成長は、基本的には歓迎すべきことだ。しかし人口減少と急激なグローバル化の中で、今後も従来の路線をとり続けることが現実的に可能なのか」
 「新型コロナウイルス感染症危機期の下で明らかになった日本の経済・社会・行政の脆弱さは、まさにこの『近代化の限界』そのものである」
 そして、冷戦終結以後国際経済のグローバル化がいちじるしく、途上国の工業化によって供給力の急速な拡大があり、日本のデフレ傾向は依然続いている。日本をはじめとする先進国が大量生産によって稼ごうとすれば、労働対価を大幅に引き下げざるを得ず、国民の生活水準は間違いなく悪化する、というのである。
 だから「これまでの延長線上で打開策を模索しても、答えは見つからない」従来の経済社会で「所与のものとなっていたはずの現実が、前提として成り立たなくなっている」からだ。
 枝野氏は、新自由主義段階の資本主義の行き詰まりを論じているが、これは共産党の現状認識に近い。そこで共産主義者は社会主義を選ぶが、枝野氏はどうするか?

 枝野氏は、菅義偉首相が掲げた「自助」はもちろん否定する。「……特にコロナ禍によって、人は自分の力だけでは生きていけないこと、そして、行き過ぎた自己責任論は通用しないことが明らかになっている」
 代わって「支え合い」という構想が登場する。それを論じた本書「第7章『支え合い』の社会における経済」は以下のような構成である。
 1.内需拡大こそが経済政策の柱――低所得者層を下支えして消費拡大
 2.賃金の底上げと雇用の安定――段階的に進める人件費の引き上げ・公的サービスと労働法制・安定的雇用と労働生産性・生産性の意味
 3,「安心」と再分配による消費の拡大――老後の安心が消費拡大を生む・自己責任論と少子高齢化社会の経済・潜在的需要を掘り起こす
 4.未来を支え合うための投資――生産性向上と未来への投資・公教育の立て直し・失われた教育機会の確保を・給付型奨学金の大幅拡大

 ひとくちでいえば、これは高度福祉社会論である。どこかで見たと思ったら、これに近い政策提起は去年の日本共産党28回大会決議にあった。
 共産党も「消費税5%への減税で、国民の暮らしを守り、日本経済を立て直す」「暮らしを支える社会保障の拡充」「8時間働けば普通に暮らせる社会――賃上げと安定した雇用、長時間労働の是正」「教職員の異常な長時間労働の是正」「教育費の負担軽減と子育て支援」といった政策を提唱した。
 枝野氏は、エネルギー政策に関しても「原子力エネルギーへの依存から、一日も早く脱却すべく全力をあげる」とし、共産党の決議も「原発稼働ストップ、原発ゼロをめざす」という。気候変動対策などでも、枝野氏と共産党の決議はほとんど同じ見方をしている。

 もちろんすべて共産党と同じ主張をしているわけではない。たとえば、肝心の安全保障政策では、氏が日米同盟を基軸とするのに対して、共産党は日米安保条約の廃棄を主張している。野党共闘をかかげる共産党は、安保と自衛隊についての主張を棚上げにするとは言っているが、ここは方向が正反対である。
 また枝野氏は「(公的)サービスの先行」をあげるが、その財源は消費税などの増税ではなく、「優先順位の低い予算の振り替えと国債発行によって対応せざるを得ない」とする。これに対して共産党は、ずばり「富裕層と大企業への増税」に財源を求める。
 立憲民主党は寄せ集め政党だから、同党の議員の中には、共産党との違いを強調し共闘を嫌う人がいる。こういう人にとって「枝野ビジョン」の経済・社会版は、あまりに「社会主義的」であり、項目によっては同意できないものであろう。

 本書の感想を述べると、明治以来の近現代史をプラスに評価するあまり、マイナスの歴史――朝鮮半島や台湾の植民地化、軍国主義化、太平洋戦争など――の反省がない。それに日本人の民族性を水田稲作と直結した民族論があるが、これはいただけなかった。
 拍子抜けしたのは『枝野ビジョン』実現の道筋が欠落していることである。せめて総選挙での野党共闘と連立政権のあり方くらいは論じてもよかったのではないか。
 最近の政党支持率を見ると、たいていの世論調査で自民党が30%強を保つのに比べ、立憲民主党は5%前後で10%を超えることはない。いや国民民主・共産・社民を加えた野党合計でも、たかだか自民党の3分の1である。
 私は、国民の安定した支持を得るためには、連合などの労働組合に頼らない組織が必要だと思う。そのためには党支部を職場・地域の津々浦々に作る必要があるが、こうした組織論も本書には欠落している。
 いや、本書は枝野氏の「ビジョン」を示したに過ぎない、と言われればそれまでだが、このまま総選挙に突っ込んで飛躍できるかなあ?
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