2021.07.19 新疆ウイグル族自治区をどう説明するか
    ―中国共産党100年にあたって(4)
                    
田畑光永 (ジャーナリスト)

 今月1日は中国共産党結党100周年の記念日だった。当日は早朝、7万人あまりを集めて北京の天安門広場で盛大な式典が行われ、習近平国家主席が「台湾統一は歴史的任務」などと威勢のいい演説を行った。それに先立って国営の新華社通信は目下、諸外国から批判の目を向けられている中国における人権状況と政治制度について、6月24日と25日に中国の立場を国務院弁公室の「白書」というやや改まった形で明らかにした。
 その2つの白書については7月5日と9日にこの連載の(2)、(3)として内容を紹介したが、14日になって今度は新疆ウイグル自治区について、「新疆各民族の平等な権利の保障」という文書がやはり同弁公室の「白書」という形で明らかにされた。
 新疆をめぐる問題は、米欧を中心とする西側の国々が中国を批判する際の重要な論点であるだけでなく、特に米は新疆ウイグル族自治区において強制労働が行われているとして、この13日にも同地区の産品(綿花など)をサプライチェーンに持つ企業は「米国の法律に違反するリスクを冒す可能性がある」と警告する文書を国務省が発表するなど、実体関係においても紛争瀬戸際の状況にある。
 それだけに14日の「白書」には大いに期待して、眼を走らせた。しかし、「前言」(前書き)を読み始めたとたん、なんともばかばかしくなった。そこにはこうある。
 「人々の人権が十分に守られることは人類社会の偉大な夢であり、新疆の各族人民を含む中国人民全体が長期にわたって追及し、たゆまず奮闘してきた共同の目標である。
 新疆は古くから多くの民族が暮らす地域である。新疆の各民族は中華民族の血脈がつながり合う大家庭の構成員である。
 紀元前60年、前漢王朝の中央政権が西域都護府を設けて以来、新疆地区は正式に中国の版図に入り、中国の統一した多民族国家の不可分の構成部分となった」
 第一段はまあいいとして、二段目、新疆の各民族は「血脈がつながり合う」中華民族大家庭の構成員などとどうして言えるのだろうか。皮膚の色も違えば、眼の色も違う。言葉も勿論ちがう。「血脈がつながり合う」はたんなる比喩だと言うなら、では「中華民族大家庭」とはいったいどういう意味か。「中華」という言葉は20世紀に入って「中華民国」が出来て初めて市民権を得た言葉であって、「中華民族」となると共産党の文書くらいにしか登場しない、民族学的には存在しない言葉である。「私は満州族です」とか、「私は四川人です」とかは耳にするけれど、「私は中華族です」という中国人に会ったことはない。
 「紀元前60年、西域都護府設置」、確かに歴史年表にはこうある。しかし、それ以来、新疆地区は正式に「中国」の版図に入ったとはどういう意味か。あっさり「中国」というが、歴史を論ずる場合にはこの言葉も慎重に使ってもらいたい。
 20世紀以降については、「中国」は国名(中華民国あるいは中華人民共和国)の省略形として使うが、それ以前についてはユーラシア大陸の東部、漢民族やその他の民族がさまざまな政権を立てては滅びを繰り返した土地を現代人が漠然と「中国」と呼ぶ。したがって、20世紀以前の中国の「版図」となると、本来はなはだ漠然たるものでしかない。
 さらに、「正式に中国の版図に入り、中国の統一した多民族国家の不可分の構成部分となった」というが、いったいどの王朝が新疆を不可分の構成部分としていたと明確に言えるのか、例示して欲しいものだ。
 他人の文章の揚げ足取りのようなことはしたくないのだが、この文章は明らかに虚構を真実にすり替えようとしているので、ついこちらもこういう書き方になってしまう。
 つまり、この文章は、「古来(紀元前)から連綿と『中国』という中華民族の大家庭としての国家があって、新疆地区の各民族は血でつながったその一員である」という虚構を信じさせようとしているのである。
 その狙いは何か。要するに新疆は昔から「中国」の一部であって、その地の少数民族は「中國人」である、と言いたいのだ。だから、外の人は余計な口を出さないでくれ、とも。
 それならこちらも言いたい。中国のお国自慢に「長城」がある。半世紀前、米ニクソン大統領は2月の厳寒の中、そこへ案内された。わが国の平成天皇夫妻も四半世紀前、かなり寒い秋の朝、八達嶺を登られた。昔から中国が外国の元首に何をおいても見せたいのが、この偉大な歴史的建造物だ。作り始めは中國最初の皇帝、秦の始皇帝、現在の形となったのは明の代と言われる。「万里の」という形容詞がつくくらいだから長い。東は河北省山海関から西は甘粛省嘉峪関まで、長さ2400キロと言われる。
 この長城は何のために作られたか。農耕民族の漢民族が北からあるいは西からの狩猟民族、放牧民族、遊牧民族の侵入を食い止めるためである。生活様式のちがう民族がそれぞれ命を守り、生活を守り、さらには勢力圏をあるいは広げ、あるいは守るために、時に戦い、時に和して、生き抜いてきた歴史の象徴が「万里の長城」ではないか。
 長城は「血脈がつながり合う大家庭」の遺産ではなくて、「各民族が血で血を洗って戦った」歴史の真実を証言している。新疆から西へ、さらに南へと広がる一帯は様々な民族が集住する地域である。現状は長い歴史の暫定的な結果にすぎない。それを一本の人工的な国境線で各民族独自の、あるいは民族相互の自然な動きをせき止めることが出来るとは思えない。前にも書いたが、国内の少数民族に「中華民族共同体意識」を徹底させようという現在の中国政府の政策は虚構を真実と言いくるめて、自らの統治を正当化する術策に過ぎない。
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 「白書」の冒頭でひっかかってしまったが、冒頭がこうであれば、中身もおのずとそれに見合ったものとなるのが道理で、以下には公民権利、政治権利、経済権利、文化権利・・・と様々な権利がならんで、それぞれについて現状がるる述べられているのだが、多くは官製の報告書の引き写しのような数字、たとえば、人民代表の何%が少数民族であるとか、どういう条令を何本出したとか、そんな数字がならんでいるにすぎない。
 昨年来の中国の少数民族政策は先に触れた「中華民族共同体意識の徹底」と並んで、「宗教の中国化」が打ち出され、2本柱となっている。中華民族共同体意識などという元々ありもしないものを徹底しろというのも常軌を逸しているし、「宗教の中国化」にいたっては各民族固有の宗教に対する冒とくとしか言いようがない。
 それを「白書」がどう書くかが見ものと思って探してみたが、どうも見当たらない。本文の最後の章節7に「宗教信仰の自由の権利の保障」という部分があるのだが、そこには宗教を信仰する自由もしない自由も保障するとか、宗教の経典を多数、整理出版したとか、宗教の活動場所を改善したとかの記述があるにすぎない。
 6月末から連続して出された「人権」「政治制度」「新疆」についての白書は、全体として新材料に乏しく、いくら官制文書とはいえ、はなはだ生気のない文字の羅列という印書をぬぐえない。これはいったいどうしたことなのか。
 私の勝手な夢想かも知れないのだが、この一連の白書の編集・執筆を命じられた国務院新聞弁公室はやる気をなくしているのではないだろうか。職掌がらその人たちは諸外国からの中国批判の内容は十分に把握しているはずである。そしてそれらの批判に対してきちんと反論することが困難なことも彼らには分かっているはずだ。反論できなければ、うまく躱すしかないのだが、その論理は2通りしかない。1つは「内政干渉だ」と相手を非難する。もう1つは「人権といい、民主といっても、ありようは1つではない。中国独自のやり方を認めるべきだ」と「多様性」の傘に逃げる。
 しかし、この常套句は3篇の白書にもあるにはあったが、外交部の記者会見のように多くはなかった。編者たちはそれが「逃げ」でしかないことをよく弁えていたからではないか、と思う。来る日も来る日も習近平礼賛を読まされ、書かされることへの嫌悪感、倦怠感が、中国の官僚社会にじわじわと広がりつつあるといったことはありえないのだろうか。
 そんな馬鹿なことを考えるのは、お前自身の嫌悪感、倦怠感のなせる業だと言われれば、反論する論拠も別にないのだが。(210715)

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