2021.07.27 キューバの「反政府デモ」は「作られたデモ」
            スマホ時代の米国の介入のかたち

後藤政子 (神奈川大学名誉教授)

それはツイッターから始まった
 7月11日、キューバで革命後初めて、生活苦にあえぐ市民の反政府デモが行われたことが新聞やテレビで伝えられた。一体、何が起きているのだろう。グランマ紙など現地の新聞の電子版を開いてみると、メディアの報道とは異なる実態が見えてきた。
 それは「作られたデモ」、つまり、米国のSNS戦略が効を奏したものであった。
 キューバ国内では数週間前から、SOSCubaというハッシュタグがついたツイッターが急速に広がっていた。11日、「サン・アントニオ・デ・ロス・バニョス 指令、動員へ」というメッセージが届いた。街でデモが起きているという噂が飛び交った。初めは小さなデモだったが、次第に膨張し、「祖国と命」、「独裁を倒せ」というスローガンも聞こえた。
 デモはハバナ州の西隣のアルテミサ州サン・アントニオ・デ・ロス・バニョスで始まり、ハバナ、カルデナス、サンティアゴ・デ・クーバ、シエンフエゴスなどで起きた。参加者は全国で数千人。ハバナのマレコン通りでは米国旗を掲げる者、火炎瓶を手にする者、警察官を襲ったり、車を転覆させたり、商店を略奪したりする者があった。マチェーテをもった一人のデモ参加者が4人の警察官によって取り押さえられ、商店の略奪者数人が逮捕された。何事かと駆けつけた多くの市民が周囲を取り巻いていたが、一般市民とデモ隊の衝突はなかった。翌12日にはハバナ州東南のマヤベケ州グイネラで反社会グループの一団が警察署を襲撃しようとして警官に阻止され、住宅や電線を破壊したり、コンテナに火をつけたりした。襲撃者グループの一人が死亡し、警官を含む数人が負傷した。

 米国のキューバに対する経済封鎖は革命直後から60年以上続いている。制裁の目的は経済を悪化させて国民の不満を高め、内部から政権を崩壊させることにある。これは制裁法の「1996年キューバの自由と民主主義連帯法=ヘルムズ・バートン法」に明記されている。見逃してならないのは、そのために「人心を変える」政策に重点が置かれ、同法ではNGOや国際人権団体などへ働きかけることも規定されていることである。最近はスマホの時代でもあり、ツイッターやユーチューブなどソーシャルメディアが活用されるようになった。因みにキューバの携帯電話の利用者は660万人以上、インターネットの接続者は440万人である(2020年末)。
 ロドリゲス外相は12日のテレビ番組で、スペイン人アナリストのフリアン・マシアス・トバルの調査をもとに、この米国の政策について明らかにしている。これはアルゼンチン人のアグスティン・アントネジ(極右団体「自由財団」メンバー)がラテンアメリカの中道左派政権などの追放に用いた手法に倣ったもので、SNSなどを使い、経済危機、政権の無策、汚職、人権侵害などを訴え、独裁政府に対して立ち上がるよう呼びかける。フェイクニュースや模造した映像も頻繁に用いられる。これにより、例えばボリビアでは反政府暴動が続き、初の先住民大統領のモラレスが右派勢力によるクーデタ―で追放された。

 今回、キューバではまず、独裁下で苦しむキューバ人の支援を訴えるスペイン国旗のついたツイートがスペインで発信され、瞬く間に世界に広がった。botという1秒間に5回のリツイートを自動的に配信できる高度なアプリが用いられていた。次いでHT#SOSCubaというハッシュタグ付きのツイートが作成され、世界のアーティストに向けてキューバ国民への「人道援助と連帯」を訴えるキャンペーンが繰り広げられた。1,100以上の返信があったが、そのアカウントのほとんどは最近ないしは1年以内に作られたものであった。キューバ国内でも#SOSCubaというタグがついたアカウントのうち1,500以上が7月10日と11日に作成されていた。リツイートが世界で50万を超えたその時にデモが起きた。
 マイアミでは米国の軍事侵攻を求めるキャンぺーンが繰り広げられ、13日にはマイアミ市長がフォックス・ニュースとのインタビューでキューバへの軍事侵攻を主張した。これに先立つ6月15日にはフロリダ州政府がProActivo Miami Incorporations という小さな企業にSOSCubaのハッシュタグの認定証を出している。同社はその日のうちにキャンペーン費用として州の資金を受け取った。ロドリゲス外相はこの認定書のコピーを7月12日のテレビ番組で示している。
 11日にはまた、大統領府や外務省などの官庁、研究所、グランマ紙などのメディアのサイトがサイバー攻撃にさらされた。外務省では9時53分から10時23分までの間に1万件に及ぶアクセスが集中した。確認できたIPアドレスは34。ほとんどが米国のもので、他国から発信されたように装われていた。そのほかにイギリス、フランス、トルコ、オランダなどからのものがあった。

「反省すべきことは反省する」
 政府の対応は「キューバらしい」ものであった。
 デモの報が伝えられると、ディアス・カネル大統領はすぐさま現場に駆けつけ、市民と話し合った。そのあとにテレビに出演して事態を国民に説明した。翌日の朝7時には閣僚らとともに数時間にわたり、事件の経緯、停電問題、経済状態、コロナ感染問題等々、キューバが直面する様々な問題について詳細に説明し、対応策を示した。2日後の14日にも円卓会議を行い、これもテレビで放映された。
 とりわけキューバらしいのは、大統領が「反政府デモ」にはハバナの米国大使館に自由に出入りする「反革命家」だけではなく、一般市民も加わっていたことを明らかにしたことである。これらの市民は3つのグループに分けられるという。犯罪歴のある人々、生活に不満をもつ人々、学校にも行かず職にも就かない若者である。大統領は「これは経済悪化のために国民生活が苦しんでいることを反映したものであり、反省すべきことは反省しなければならない。生活に苦しむ人々への配慮に足りない面はなかったか」として、弱者に対する政策の検証と見直しを打ち出した。
 確かに経済情勢は厳しい。トランプ政権下では243もの新たな措置がとられ、キューバは、貿易も含め、「何もできない」状態になった。昨年にはあらゆる手を尽くしてようやく人口呼吸器の輸入契約にこぎつけたが、入手先のスイス企業が米国企業に買収され、制裁法に抵触するとしてキャンセルになった。キューバに向かっていたベネズエラのタンカーが制裁の対象国であるとして拿捕され、積み荷の石油が米国内で売却されたこともあった。トランプ大統領は置き土産としてキューバをテロ支援国リストに加えてホワイトハウスを去っていったが、そのために海外からの資金調達はおろか、貿易の決済のためのドルの支払いも難しくなった。そこにコロナ禍が襲い、感染対策に必要な医薬品や人材、隔離施設等々が急増し、物資や資金の枯渇に拍車をかけた。状況の深刻さは1990年代のソ連解体による経済危機に匹敵するとも言われている。

 Covid-19の初の感染者が確認されたのは昨年3月である。この時には広範な専門家の知見の結集、住民の政策決定への参加システム(対策の実効性を地域住民が検証し、その意見を政府の対策に反映させる)、地域に密着し、一人ひとりの住民の状態を熟知したファミリー・ドクター制度などが機能し、感染を抑止できた。しかし、12月初めに第2波が始まり、新規感染者数は1日6,000人を超えるようになった(7月13日)。3大感染地はマタンサス州、ハバナ州、サンティアゴ・デ・クーバ州である。
 感染拡大の要因としてはデルタ株など変異株の拡大によるところが大きいが、感染者の急増に医師や看護師などの人材や医薬品の確保、隔離施設や病院のベッドの増加が追いつかない。PCR検査キッドが不足し、感染者の特定や隔離が遅れる。また、国民のコロナ疲れ、マスクの使用や蜜の回避に無関心な人々、職場の衛生対策の不備といった問題もある。
 ワクチン開発はフィンライ研究所や遺伝子工学バイオテクノロジー研究所などで早くから進められ、5種が開発された。AbdalaとSoberana 02の効果はそれぞれ92,5%、91.2%である。接種は19歳以上の国民を対象に1日100人につきほぼ1人のペースで進んでおり、ハバナ州では7月末、全国では8月までに80%が終了するという。
 接種終了まで持ちこたえるべく、政府は国民に意識向上を訴えているが、ワクチンや医薬品の開発や製造は資金や資材の入手にかかっている。変異株に有効な不織布のマスクや手洗い用の石鹸も十分ではない。住宅不足のため都市部では2世代、3世代家庭が多く、家の中も蜜状態である等々。ここにも制裁による物資不足が影を落としている。

 「世界一厳しい」と言われる米国の制裁であるが、キューバの場合、最大の特徴は制裁が第3国にも及ぶことである。たとえば日本の銀行がキューバに送金すれば莫大な制裁金を課される。しかも制裁は企業や個人だけではなく政府にも及ぶ。途上国は米国や国際機関の援助が停止されることもあり得る。そのためキューバが貧しい諸国に派遣している医師団が追放されたりしている。
 バイデン政権下でも対キューバ政策はまったく変わっていない。議会の承認がなくても行政権によって実施できる政策があるにもかかわらず、それもなされていない。バイデン大統領はまた、「反政府デモ」を「勇敢な行為」と称賛し、キューバ政府に国民の声に耳を傾けるよう求めた。キューバのロドリゲス外相は「経済悪化は米国の封鎖のためであり、反政府デモは米国がしかけたものである。冷笑的である」と評している。警察官を武器で襲ったり、公共施設を破壊したり放火したりしたデモ隊員が拘束されたことに対し、バイデン大統領は23日には人権侵害であるとして制裁を強化している。
 経済封鎖解除の見通しが切り開かれないなか、政府は何とか自力で経済を回復するとして、輸入に大幅に依存する食料の自給化を基軸に据えた経済再生策を打ち出している。エネルギー不足については、ソ連解体で石油供給が完全にストップした反省から国内で石油開発が進められており、国産の石油と限られた備蓄で何とかこの夏を乗り切るという。とはいえ、食料生産の拡大に限っても、肥料や農薬の確保、流通部門の整備、さらには農場や工場の管理運営能力や労働意欲の向上など、課題は多い。
 民主党のバイデン政権がなぜ対キューバ政策を変更しないのか。これは同政権をいかに評価するかという問題とも関わるが、関係改善を実現したオバマ政権下においてすら制裁は緩和されるどころか、激化していた。根底には、米国は「米国の限界」というものを乗り越えられるか、という問題が横たわっている。
 一方、ソ連解体により国際的に完全に孤立した1990年代とは異なり、世界の状況は変化している。国連総会で制裁解除決議に反対する国が米国とイスラエルの二か国だけになってからすでに久しいが、なかでもEUがキューバとの関係改善に本格的に動きだしたことは大きい。ラテンアメリカでもメキシコのオブラドル政権、アルゼンチンのフェルナンド政権が成立するなど、この10年来、後退していた「米国離れ」が再生しつつある。両国政府は「反政府デモ」について米国を非難し、制裁解除を求めている。
 7月11日の「反政府デモ」は、こうした国際情勢の変化を前に、米国が反転攻勢に出たものであった。

 4月に開かれた第8回共産党大会ではラウル・カストロ第1書記が辞任し、指導部はディアス・カネル大統領ら革命を知らない世代の手に移った。世界のメディアはこれを「カストロ時代の終焉」と伝えたが、そうではなく、フィデル・カストロが提起し、「歴史的革命世代」により維持されてきた「21世紀にふさわしい、キューバらしい社会体制」の理念を、革命後世代が継承し、その実現に全力を捧げることを明らかにした党大会であった。
 この点とも関連するが、キューバについて考える際にカギになるのは、キューバは社会主義を掲げているが、それは一般に考えられている社会主義とはまったく異なるものだということである。むしろ、「社会正義主義」とも言えるもので、「人間的でキューバらしい社会体制」とはいかなるものかについて模索し続け、ようやくたどり着いた「社会体制のあり方」を「社会主義」と呼んでいるのである。「初めに社会主義イデオロギーありき」ではない。今、キューバではこの理念に沿って政治経済社会体制の転換が進められている。
 しかし、部分的経済自由化が進むとともに所得格差が拡大し、人種差別意識が頭をもたげるなど、矛盾も起きている。お金がすべて、という人々も現れており、「人心を変える」米国の政策が効を奏する素地が生まれている。若い指導者たちは、十分に予想していたとはいえ、早くも厳しい試練に直面している。

<後藤政子氏の経歴>東京外国語大学スペイン語学科卒業。神奈川大学外国語学部スペイン語学科教授を経て、現在、神奈川大学名誉教授。専攻はラテンアメリカ現代史。

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