2021.08.05 ジャーナリスト・関千枝子さん追悼集が完成
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ジャーナリスト・関千枝子さん追悼集が完成
核兵器廃絶を訴え続けた生涯を偲ぶ

広島原爆の日(8月6日)を前にして、核兵器の残酷さとその廃絶を訴え続けた被爆者でジャーナリストの故関千枝子さんへの追悼集『「ヒロシマ」を原点に生きた人生』が完成した。

関さんは大阪生まれ。広島市の広島県立広島第二高等女学校(広島第二県女)二年西組に在学中の1945年8月6日、自宅にいて原爆を浴びた。早稲田大学文学部卒業後、毎日新聞社に入り、社会部、学芸部の記者を務める。次いで、全国婦人新聞の記者、編集長を務めた後、フリーのジャーナリストになった。
関さんの名が知られるようになったのは、1985年に『広島第二県女二年西組――原爆で死んだ級友たち』を筑摩書房から刊行してから。同書は、第33回日本エッセイストクラブ賞を受賞し、一躍脚光を浴びた。
 この作品は、関さんが学んでいた広島第二県女二年西組の級友たちが原爆で全滅した記録である。級友たちは、あの日、建物疎開作業に動員されていて原爆に遭遇したわけだか、関さんは前夜から下痢が続いていたため作業を欠席、自宅で寝ていたため死を免れた。「原爆で亡くなった級友たちに代わって原爆反対を叫び続けなくては」が口ぐせだった。
 
核兵器に対してだけではない。戦争や平和憲法改定につながるものは絶対に許せなかった。このため、安倍晋三首相が靖国神社に参拝したのは憲法が規定する政教分離の原則に反するとして、2014年に全国の戦没者遺族や宗教者らが首相と国、靖国神社を相手取って訴訟を起こした時、関さんは、その筆頭原告になった。
 
今年の2月21日、出血性胃潰瘍で死去、88歳。その直後、関さんに思いを寄せる人たちによって追悼集編集委員会がつくられた。完成した追悼集には関さんと親交のあった人や、一緒に活動した人ら100人の追悼文や、関さんの発言、自著『広島第二県女二年西組――原爆で死んだ級友たち』を基にして関さんが書いた朗読劇のシナリオなどが収録されている。
A4判、109ページ。頒価はⅠ部1000円(送料込み)。
申込みは qq2g2vdd@vanilla.ocn.ne.jp(竹内良男)へ。郵便番号・住所・氏名・電話番号を明記してほしい、と言っている。
                                    (岩)

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