2021.08.11 「8月6日」はどこへ行ってしまったのか
―2021年オリンピック異聞 

米田佐代子 (女性史研究者)

  オリンピックが始まってから、ただでさえあまり見ないテレビをまったく見なくなりました。もともとニュースと天気予報をべつにするとドキュメント番組しか見ない人で、せいぜいNHKの日曜美術館とか「ダーウインがきた」くらいしか関心がなく、それもアメリカと日本の野球シーズンにはつれあいドノに「どーぞ」とテレビを明け渡すのですが、この夏はどっちも縁がない。どのチャンネルを回してもオリンピック一色です。彼は「大谷選手がホームランを打つシーンを見たい」のですが、それも映らない。新聞も大きな記事はオリンピックばかり。「オリンピック中止」を主張する「しんぶん赤旗」だけがアメリカ大リーグの詳しい記事を載せるので、彼はにわか?愛読者と相成りました。
 もちろんわたしだってアスリートの活躍には敬意を表しています。かつてオリンピックが女性を締め出していた歴史を知るものとしては、女性ががんばっているのを見るのはたのもしい。スケボーの若い選手が、尊敬する選手の国名を聞かれて「知らない」と答えたという記事を読み、惜しくも転倒してメダルを逸した日本の女性選手を参加選手が総出で抱え上げて称賛したというニュースを知って、若い世代の感覚に脱帽です。これがオリンピックのあるべき姿ではないか。
 もっとも今のオリンピックにはこうした原点がないから、「中止」どころか「やめよう」という声も出るのだと思いますけどね。開会直前の「森発言」といい、今回騒ぎになった河村名古屋市長の「金メダル噛みつき事件」(これって、金メダルの持ち主である若い女性アスリートに対する性暴力に等しい差別だと思う)といい、いくら女性が活躍してもリスペクトの念さえ持てない人間が多すぎます。そのことをわからせてくれたというところに五輪の意味があったなどとはあまりにも情けない。
 そこへ飛び込んできたのがオリンピック会場で「8月6日、広島原爆投下の時間に黙とうをしない」というニュース。IOCのバッハ会長は何のために広島へ行ったのか。さらに毎年8月6日には見ごたえのある広島の原爆投下に関する特別企画やドキュメント番組を放送してきたNHKが、今年はオリンピック番組のために放送しないらしい。日本政府が核兵器禁止条約に反対しているから?と勘繰りたくなるような話です。かくて、わたしはテレビも新聞もますますみる意欲を失いました。8月になると「戦争」について取り上げるメディアが増えることを「戦争の歴史は夏の風物詩ではない」とひそかに憤慨してきた一人ですが、今や8月にも語られなくなってしまうのだろうか。
 ましてや日本は自国の民衆の「戦争被害」とともにアジア諸国に対しては「慰安婦問題」や「強制労働」「住民虐殺」さらに「植民地支配」などを含めてまだ「戦争責任」を果たしていない国です。こういうと、「それは過去のこと」と言われるがとんでもない。自国の人びとの「被害体験」を忘れてしまう国だから他国の人びとへの「加害責任」にもそっぽを向いてしまうのですよ。それはブレイデイみかこさんのいうempathy(エンパシー)とは真逆だ。「平和の祭典」オリンピックのために戦争の記憶が遠ざけられ、平和が遠くなるというのは笑えない矛盾ではないか。戦争ではないが、オリンピックのさなかにもベラルーシの選手(この方も女性)は強制帰国を命じられ、「帰国すれば投獄される」とポーランドに亡命したそうな。ミャンマーでも香港でもアフガンでも、世界は強権や独裁、武力衝突が繰り返されているのです。猛暑とコロナの心配でへこたれているわたしですが、眼をしょぼしょぼさせながら「8月の記憶」に挑みたいと思っています。
 8月6日朝。朝刊のテレビ欄を見たら、NHKは今日の深夜(7日午前)0時10分から、4時間にわたってNHKスペシャルの「8・6アンコール放送」をするとありました。心基盤踏みではないが、現場の方たちのせめてもの心意気?がんばって!


「広島 黒い雨訴訟」判決に政府は「上告せず」―選挙対策でもなんでもこれは「正義」  

 「広島 黒い雨訴訟」で、昨年7月の広島地裁一審に続き「国の決めた対象区域外で黒い雨を浴びた人も全員被爆者」と認定した広島高裁判決に対し、国は被告の広島県と広島市に対して一審同様「科学的ではない」「国の救済制度に合わない」として上告するよう求めていましたが、上告期限直前の26日、菅首相の「上告しない」という意向が明らかになりました。
 そりゃあ、だれだって「これは選挙対策」と思いたくなりますよね。オリンピック開催を強行し、「始まればみんなついてくる」と思っていたのに内閣支持率は一向に上がらず、コロナ感染者は東京を中心に拡大するばかり。「八方ふさがり」の菅政権なんだもの。でも、これは選挙とは関係ない「正義」です。戦後76年目にはじめて「被爆者」と認められる方がたに、一刻も早い認定を。
 そして「選挙対策」と言われたくないのなら、どうぞ菅政権は今年1月に発効した「核兵器禁止条約」に参加してください。アメリカの核の傘のもとにいるから参加できない、というのは通用しない。少なくとも来年予定されている国際会議に出席するくらいはできるでしょう。高齢化し、亡くなる方も増えている被爆者の方がたに応える道ではないか。ホントはわたし自身が「今生のなごり」に来年開かれる国際会議を見届けにウィーンまで行きたいところですが…。

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