2021.08.20
日本の左翼は中国の台湾政策をどう見ているか
――八ヶ岳山麓から(341)
マルクス主義経済学の雑誌「経済」9月号(新日本出版社)が「中国と日本」という特集をした。川田忠明氏「中国の海洋進出」、井手啓二氏「日中経済関係」、座間紘一氏「農民層分解」などの論文と、久保亨氏の談話「中国をどう見るか」で構成され、ほかに高橋孝治氏のコラムがある。
中国指導者はことあるごとに台湾の「武力解放」の可能性を声高に語り、台湾防空識別圏に戦闘機を飛ばし、上陸演習を繰り返して台湾の安全をおびやかしてきた。私はこれについて日本のマルクス主義者がどう考えているか強い関心を抱いているので、ここでは川田忠明氏の論文を中心に台湾問題を検討したい。
川田氏は、中国の軍事力を「能力」と「意図」、つまり軍備と戦う意志とに分けて考察している。
まず中国の「能力」。海軍兵員25万人は米インド太平洋軍の2倍、戦艦は排水量トンで米軍を上回るという。海軍の中核たる潜水艦60隻は米潜水艦70隻に匹敵するが、米潜水艦は世界規模に展開しているので、東アジアでは中国優位であると判断している。
空母は「遼寧」「山東」に次いで3隻目建造を計画中。さらに米海兵隊と同じ「殴り込み」を目的とした陸戦隊を2万5千人に増強し、これを格上げして北海・東海・南海の3艦隊並みにし、ヘリコプター30機、兵員1000人積載可能な強襲揚陸艦を就航させた。いまこの3隻目を建造中という。
私の考えでは、兵員や艦船の数だけで判断し、武器の性能と兵員の練度を無視しては、戦力はわからない。特に潜水艦の水上艦船に対する優位性はその隠密行動にあるから、艦数では実力はわからない。兵員と艦艇数だけ見るならば、北朝鮮海軍は海上自衛隊よりも強大である。
また氏の検討対象には1250発余の中国の中距離ミサイルが入っていない。これは台湾・南西諸島・グアムの軍事基地を壊滅させることができるが、米軍はソ連との条約があったため中距離ミサイルは配備していない。
ただ、私も非常に大雑把に見れば、東アジアでは中国軍優位の可能性が高いと思う。
川田氏は、「このように『能力』の面をみれば、(日本を含めた周辺国家が)『安全保障上の強い懸念』を抱くのは当然ともいえる」とし、その攻撃「意図」がどこから来たかを論じている。
ひとつは南シナ海の原油・天然ガス・魚類などの天然資源とシーレーンの確保、そして東シナ海での安全保障上の優位性の確保である。
もうひとつは「中華民族の偉大な復興」の夢である。川田氏はこのことばから「漢、唐、明、清といったかつての大帝国への郷愁(?)すら感じられる」世界一強大な中国軍を建設するという目標も「偉大な夢」の一環だという。
そしてこの20年間の経済的成功が「夢」実現の現実性をもたらしたとし、日本共産党の志位委員長の言葉を引く。志位氏は「(中国は)経済的な自信をつけて……伝統的にあった大国主義・覇権主義の弱点が表面化し、吹き出しつつある」という。志位・川田両氏が、中国はすでに帝国主義の拡張性と侵略性を持ったと考えていることがわかる。
川田氏はつぎに「なぜ中国は武力侵攻するのか」という見出しを掲げる。にもかかわらず、中国が南シナ海の南沙諸島に基地を建設する際、武力侵攻ではなく、ベトナムやフィリピン、台湾などの支配する岩礁を侵さないかたちで進出した事実を語っている。
そして「先に軍を出さない」戦略で、公船や漁船、民兵などを使って現状変更をはかり、実効支配の目的を達成していく。相手国がこれに対抗して正規軍を出してきたら「自衛反撃」の口実が成り立つ。尖閣諸島へもそのやりかたで臨んでいるという。
これは、言われなくてもみな知っていることである。
川田氏は、中国の外交姿勢を総括するにあたって、王毅外相などの発言を引用して「習近平政権の特徴の一つは、自分たちの行動を国際的な秩序や法に合致している、という正当化する姿勢である」つまり中国は国際的孤立を恐れているという。
南シナ海の中国の行動に関してフィリピンが海洋法条約仲裁裁判所に提訴し、中国が敗訴した判決をめぐって、氏は中国にとって「国際法違反というレッテルをはられることは、国内的(?)には外交的失敗を意味する。国際法に基づく冷静な議論によって、違法性が暴かれることが……習近平政権のアキレス腱といっていい」と分析している。
しかし、王毅外相は「判決など紙くず同然」といって世界中をあきれさせたのだが、川田氏はこれをどう考えるのかしらん。
ことは台湾である。習近平主席は将来の「台湾統一」をめぐって「武器の使用を放棄しない」と明言していが、川田氏の見通しでは、「現状では、台湾が『独立』にふみだす措置を取らないかぎり、中国の軍事侵攻はないだろう」という。
氏は、習氏が「祖国の神聖な領土を分裂させるいかなる勢力も絶対に許さない……」といっているのは、「『一つの中国』を「分裂」させない限り、武力侵攻はないという意味である」と考える。なぜなら「 台湾に侵攻すれば米軍との直接対決もありうる。アジアと世界から孤立することは明らかだ。その莫大な『コスト』を計算に入れた場合、中国が軍事的『冒険』に出る合理性はない」からである。
川田氏の警戒するのは偶発的衝突である。習氏の台湾統一を「レガシー」にしたいという思い込みと、それを忖度する軍部の勇み足、そしてアメリカ軍の過度の挑発が不測の事態を招く危険が存在するという。
しかし私は、習氏の「レガシー」であるがゆえに、台湾が「独立」を宣言しなくても、中国が損得勘定を無視した冒険に踏み切る可能性を否定できない。
第一は川田氏の危惧と重なるが、習氏が中国軍優位の下、米軍は台湾周辺での作戦を容易に展開できないと「あやまって」判断したとき。第二は中国最高指導層に政治危機が生まれ、矛盾を台湾侵攻に転嫁して事態を収拾しようとする場合。第三は、台湾の世論が二分され、大陸統一派が中国に支援を要請するというシナリオが実現するときである(本ブログ「八ヶ岳山麓から(336)」参照)。
では、日本は台湾海峡の緊張解決のためになにをすればよいのか。川田氏は「日本政府が今行うべきことは、中国への『懸念』を口実にした、軍事的『抑止力』の強化や日米軍事同盟の『双務化』などではなく、国際法にもとづく攻勢的な外交を抜本的に強化することである」と主張する。
氏は、東南アジア諸国連合(ASEAN)が積み上げた実績を「中国の海洋進出にたいして、衝突のリスクとコストを最小限に防ぎながら外交力でこれを食い止めようとしている」と高く評価する。同じ文脈で共産党の志位委員長も「ASEANが現に実践しているように、中国も包み込む形で地域的な平和秩序をつくっていく」といっている(日本共産党99周年記念の講演)。しかし、日本政府に求める攻勢的な外交、中国も包み込む平和秩序とはいったい何だろうか。
川田氏が見落としたのは、台湾人の存在と台湾の民主主義である。大陸に台湾が併合されたとき、民主主義の地域が香港に次いでまたひとつ消滅する。周知のように、2019年以来の中国の香港政策は、台湾人の大陸離れと独立志向を強め、蔡英文政権を支えている。
今日まで日本の左翼勢力は、日米両国は台湾海峡の緊張を「口実」に軍備を増強していると、主な非難の矛先を日米軍事同盟にむけてきた。私も軍拡には反対である。だが、現今の台湾海峡の緊張は、中国が台湾へ軍事的圧力を強化したことによって生まれたものである。
だから問題解決の道は、中国に「武力解放」の方針を変えさせることである。中国が「武力解放」を捨て軍事挑発をやめれば、日米両国は対中国抑止力の強化といった軍備増強の「口実」を失う。もちろんアメリカは東アジアで軍事攻勢に出ることはできない。
巨悪と小悪しかないとき、全否定も全肯定もできない。だが主要打撃の方向をどちらに向けるべきかは選択できる。日本の左翼、平和・民主団体は、中国政府に対して「武力解放」の方針を変えるよう要求し、台湾の民主主義を守る運動をおこすべきだと思う。
阿部治平(もと高校教師)
マルクス主義経済学の雑誌「経済」9月号(新日本出版社)が「中国と日本」という特集をした。川田忠明氏「中国の海洋進出」、井手啓二氏「日中経済関係」、座間紘一氏「農民層分解」などの論文と、久保亨氏の談話「中国をどう見るか」で構成され、ほかに高橋孝治氏のコラムがある。
中国指導者はことあるごとに台湾の「武力解放」の可能性を声高に語り、台湾防空識別圏に戦闘機を飛ばし、上陸演習を繰り返して台湾の安全をおびやかしてきた。私はこれについて日本のマルクス主義者がどう考えているか強い関心を抱いているので、ここでは川田忠明氏の論文を中心に台湾問題を検討したい。
川田氏は、中国の軍事力を「能力」と「意図」、つまり軍備と戦う意志とに分けて考察している。
まず中国の「能力」。海軍兵員25万人は米インド太平洋軍の2倍、戦艦は排水量トンで米軍を上回るという。海軍の中核たる潜水艦60隻は米潜水艦70隻に匹敵するが、米潜水艦は世界規模に展開しているので、東アジアでは中国優位であると判断している。
空母は「遼寧」「山東」に次いで3隻目建造を計画中。さらに米海兵隊と同じ「殴り込み」を目的とした陸戦隊を2万5千人に増強し、これを格上げして北海・東海・南海の3艦隊並みにし、ヘリコプター30機、兵員1000人積載可能な強襲揚陸艦を就航させた。いまこの3隻目を建造中という。
私の考えでは、兵員や艦船の数だけで判断し、武器の性能と兵員の練度を無視しては、戦力はわからない。特に潜水艦の水上艦船に対する優位性はその隠密行動にあるから、艦数では実力はわからない。兵員と艦艇数だけ見るならば、北朝鮮海軍は海上自衛隊よりも強大である。
また氏の検討対象には1250発余の中国の中距離ミサイルが入っていない。これは台湾・南西諸島・グアムの軍事基地を壊滅させることができるが、米軍はソ連との条約があったため中距離ミサイルは配備していない。
ただ、私も非常に大雑把に見れば、東アジアでは中国軍優位の可能性が高いと思う。
川田氏は、「このように『能力』の面をみれば、(日本を含めた周辺国家が)『安全保障上の強い懸念』を抱くのは当然ともいえる」とし、その攻撃「意図」がどこから来たかを論じている。
ひとつは南シナ海の原油・天然ガス・魚類などの天然資源とシーレーンの確保、そして東シナ海での安全保障上の優位性の確保である。
もうひとつは「中華民族の偉大な復興」の夢である。川田氏はこのことばから「漢、唐、明、清といったかつての大帝国への郷愁(?)すら感じられる」世界一強大な中国軍を建設するという目標も「偉大な夢」の一環だという。
そしてこの20年間の経済的成功が「夢」実現の現実性をもたらしたとし、日本共産党の志位委員長の言葉を引く。志位氏は「(中国は)経済的な自信をつけて……伝統的にあった大国主義・覇権主義の弱点が表面化し、吹き出しつつある」という。志位・川田両氏が、中国はすでに帝国主義の拡張性と侵略性を持ったと考えていることがわかる。
川田氏はつぎに「なぜ中国は武力侵攻するのか」という見出しを掲げる。にもかかわらず、中国が南シナ海の南沙諸島に基地を建設する際、武力侵攻ではなく、ベトナムやフィリピン、台湾などの支配する岩礁を侵さないかたちで進出した事実を語っている。
そして「先に軍を出さない」戦略で、公船や漁船、民兵などを使って現状変更をはかり、実効支配の目的を達成していく。相手国がこれに対抗して正規軍を出してきたら「自衛反撃」の口実が成り立つ。尖閣諸島へもそのやりかたで臨んでいるという。
これは、言われなくてもみな知っていることである。
川田氏は、中国の外交姿勢を総括するにあたって、王毅外相などの発言を引用して「習近平政権の特徴の一つは、自分たちの行動を国際的な秩序や法に合致している、という正当化する姿勢である」つまり中国は国際的孤立を恐れているという。
南シナ海の中国の行動に関してフィリピンが海洋法条約仲裁裁判所に提訴し、中国が敗訴した判決をめぐって、氏は中国にとって「国際法違反というレッテルをはられることは、国内的(?)には外交的失敗を意味する。国際法に基づく冷静な議論によって、違法性が暴かれることが……習近平政権のアキレス腱といっていい」と分析している。
しかし、王毅外相は「判決など紙くず同然」といって世界中をあきれさせたのだが、川田氏はこれをどう考えるのかしらん。
ことは台湾である。習近平主席は将来の「台湾統一」をめぐって「武器の使用を放棄しない」と明言していが、川田氏の見通しでは、「現状では、台湾が『独立』にふみだす措置を取らないかぎり、中国の軍事侵攻はないだろう」という。
氏は、習氏が「祖国の神聖な領土を分裂させるいかなる勢力も絶対に許さない……」といっているのは、「『一つの中国』を「分裂」させない限り、武力侵攻はないという意味である」と考える。なぜなら「 台湾に侵攻すれば米軍との直接対決もありうる。アジアと世界から孤立することは明らかだ。その莫大な『コスト』を計算に入れた場合、中国が軍事的『冒険』に出る合理性はない」からである。
川田氏の警戒するのは偶発的衝突である。習氏の台湾統一を「レガシー」にしたいという思い込みと、それを忖度する軍部の勇み足、そしてアメリカ軍の過度の挑発が不測の事態を招く危険が存在するという。
しかし私は、習氏の「レガシー」であるがゆえに、台湾が「独立」を宣言しなくても、中国が損得勘定を無視した冒険に踏み切る可能性を否定できない。
第一は川田氏の危惧と重なるが、習氏が中国軍優位の下、米軍は台湾周辺での作戦を容易に展開できないと「あやまって」判断したとき。第二は中国最高指導層に政治危機が生まれ、矛盾を台湾侵攻に転嫁して事態を収拾しようとする場合。第三は、台湾の世論が二分され、大陸統一派が中国に支援を要請するというシナリオが実現するときである(本ブログ「八ヶ岳山麓から(336)」参照)。
では、日本は台湾海峡の緊張解決のためになにをすればよいのか。川田氏は「日本政府が今行うべきことは、中国への『懸念』を口実にした、軍事的『抑止力』の強化や日米軍事同盟の『双務化』などではなく、国際法にもとづく攻勢的な外交を抜本的に強化することである」と主張する。
氏は、東南アジア諸国連合(ASEAN)が積み上げた実績を「中国の海洋進出にたいして、衝突のリスクとコストを最小限に防ぎながら外交力でこれを食い止めようとしている」と高く評価する。同じ文脈で共産党の志位委員長も「ASEANが現に実践しているように、中国も包み込む形で地域的な平和秩序をつくっていく」といっている(日本共産党99周年記念の講演)。しかし、日本政府に求める攻勢的な外交、中国も包み込む平和秩序とはいったい何だろうか。
川田氏が見落としたのは、台湾人の存在と台湾の民主主義である。大陸に台湾が併合されたとき、民主主義の地域が香港に次いでまたひとつ消滅する。周知のように、2019年以来の中国の香港政策は、台湾人の大陸離れと独立志向を強め、蔡英文政権を支えている。
今日まで日本の左翼勢力は、日米両国は台湾海峡の緊張を「口実」に軍備を増強していると、主な非難の矛先を日米軍事同盟にむけてきた。私も軍拡には反対である。だが、現今の台湾海峡の緊張は、中国が台湾へ軍事的圧力を強化したことによって生まれたものである。
だから問題解決の道は、中国に「武力解放」の方針を変えさせることである。中国が「武力解放」を捨て軍事挑発をやめれば、日米両国は対中国抑止力の強化といった軍備増強の「口実」を失う。もちろんアメリカは東アジアで軍事攻勢に出ることはできない。
巨悪と小悪しかないとき、全否定も全肯定もできない。だが主要打撃の方向をどちらに向けるべきかは選択できる。日本の左翼、平和・民主団体は、中国政府に対して「武力解放」の方針を変えるよう要求し、台湾の民主主義を守る運動をおこすべきだと思う。
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