2021.09.03 菅政権に「明かり」は見えない
「菅おろし」を見ているだけの野党共闘は仕切り直しが必要だ

広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 「菅おろし」の動きが自民各派で始まっている。それを加速しているのが止まることのない内閣支持率の低下だ。8月28日実施の毎日新聞世論調査では、菅内閣の支持率は26%、7月17日の前回調査の30%から4ポイント下落した。1年前の政権発足以降、内閣支持率は初めて30%を切り、「過去最低」を更新している。一方、不支持率は66%、前回の62%から4ポイント増えて「過去最悪」の水準となった。要するに、菅内閣を支持している有権者はいまや4分の1に過ぎず、有権者の大多数の3分の2が「ノー」を突き付けているのである。

 菅首相は、8月25日の記者会見で新型コロナウイルス対策に関し、「明かりははっきりと見え始めている」といつもながらの楽観論を振り撒いた。これまで厳しい規制をかけてきた地域を解除するための記者会見なら話はわかるが、これから北海道や愛知など8道県に緊急事態宣言地域を拡大しようとする矢先の記者会見の席上で、こともあろうに「明かりははっきりと見え始めている」というのだから、この人物は言葉の意味がわかっていないか、状況判断ができないかのどっちかだろう。あるいは、その両方かもしれない。

 だが、現実は日に日に厳しさを増している。厚生労働省によると、全国の新規感染者は2万人を超えて最悪レベルになり、各地で病床は逼迫している。その結果、「自宅療養者」という名の病院で治療を受けられない患者数は急増している。8月23日時点での療養中の感染者に占める入院者の割合を示す「入院率」は、東京都9.5%、埼玉県4.9%というのだから、東京では10人に1人、埼玉では20人に1人しか病院で治療を受けられない状況だ(毎日8月26日)。

 世論調査は正直だ。菅首相がいくら楽観論を振り撒いても国民はもはやその言葉を信用しない。今回の調査でも、菅政権の新型コロナウイルス対策を「評価する」14%で前回19%から5ポイント減少し、「評価しない」70%で前回63%から7ポイント跳ね上がった。日本の医療が崩壊する不安を感じるかとの問いには、「不安だ」70%、「不安はない」15%を数倍上回った。感染拡大で患者が急増し、入院できない自宅療養者が増え、療養中に死亡するケースが相次いでいることが国民の不安を掻き立てている。政府のコロナ対応の不備や医療体制の逼迫(ひっぱく)が改善されないことへの不満が、内閣支持率の低下につながっているのである。

 こんな世論状況の激変を受けて、自民各派では「菅おろし」の動きが加速している。近く予想を超える候補者が名乗りを上げることは必至であり、メディア報道も総裁選一色となり雪崩を打つのではないか。これに対して、野党はいったい何をしているのだろうか。自民党総裁選よりも臨時国会を開けというばかりで、実質的には何もしていない。これでは野党の影はますます薄くなり、政権交代など「夢のまた夢」の状況が続くことになる。

 野党共闘に動きがないのは、それを妨害する強固な勢力がいるからだ。言うまでもなく、立憲民主党や国民民主党に大きな影響力をもつ連合の存在である。神津連合会長は「共産党との共闘はあり得ない」と端から野党共闘を拒否しているし、それに同調する連合幹部も各地の選挙ではことあるごとに妨害に動いている。今回の横浜市長選でも、連合は共産党や社民党に推薦を求めない、応援演説は一緒にしない、候補者には近づかないなど、信じられないような注文をつけたという。それでいて勝利したのだから、連合はこのやり方を次期総選挙でも踏襲するつもりなのだろう。

 最大の問題は、立憲民主党の枝野代表や福山幹事長がこんな連合の方針に同調していることだ。もともと枝野代表は「本物の保守主義者」だと公言しているし、京都選出の福山幹事長は、「死んでも共産党とは共闘しない」ことを信条とする前原国民民主党代表代行と政治生活をともにしてきた間柄だ。京都では「野党共闘」などもはや死語同様の存在であり、誰一人その可能性を信じていない。枝野・福山ラインが続く限り、本格的な野党共闘は「望み薄」というのが大多数の意見なのである。

 毎日新聞世論調査によれば、政党支持率は自民26%(前回28%)、立憲民主10%(同10%)▽日本維新8%(同6%)、共産5%(同7%)、公明3%(同4%)、れいわ2%(同1%)、国民民主1%(同1%)、「支持政党なし」42%(同39%)となっている。また、次期衆院選の比例代表で投票したい政党は、自民24%、立憲民主14%、日本維新8%、共産6%、公明4%、国民民主2%、れいわ新選組2%、「まだ決めていない」37%だった。これを見る限り、政党間の支持率や投票率には構造的な変化が生じていない。したがって、「菅おろし」が成功して新しい自民首相が誕生すれば、これまでと同じ政治が続くことになる。

 枝野代表や福山幹事長はおそらくこのことを前提にして行動しているのであろう。もし「政権交代」を本気で考えているのであれば、連合との間で話に決着をつけて共産との政策協定や組織協定に踏み切り、無党派層の獲得に本腰を入れるはずだからである。しかし、そのような気配が露ほどもないところをみると、自民の議席を若干減らし、その分立憲民主の議席を上積みして「野党第一党」を維持することが当面の目標なのではないか。そして、そのうちに自民の中の「本物の保守」に働きかけて「保守新党」を結成し、政権を握ることを考えているのであろう。これが枝野構想であり、枝野代表の政治戦略である以上、枝野・福山ラインが続く限り、それ以外の政権構想を期待しても幻滅に終わるだけだ。

 もっとも志位共産党委員長も「保守」を頭から否定していない。8月4日の党本部で党創立99周年を記念して講演し、「自民党政治はまともな保守政治と言えない」と批判する一方、「野党共闘は広大な保守の人々と共産党を含む共闘に発展している」と述べたのである。志位委員長は講演後、記者団に保守層との共闘の例を問われ、「立憲民主党は自らのことを保守と言っており、そういう野党との協力になってくる。自民党出身で保守本流でやってきた亡くなった翁長(雄志前沖縄県知事)さんと共産党が『オール沖縄』の旗のもと協力した経験もある」と説明した。また、「保守の人々」との共闘について「(日本)共産党の歴史の中でもあまりなく、世界でも(各国の)共産党が保守のグループと協力して政治を変えようということはあまりない。まったくユニークな取り組みだ」と意義を強調したという(毎日8月5日)。

 こうなってくると、私のようなオールドリベラリストはもはや付いていけない。「まともな保守政治」と「まともでない保守政治」を見分ける基準は何か、自民の中に「まともな保守政治家」がどれぐらいいるのか、立憲民主は「本物の保守」なのか―などなど、次から次へと疑問が湧いてくる。志位委員長が保守グループと協力して政治を変えようというのであれば、今までの野党共闘の枠組みは根本から変えなくてはならない。「菅おろし」が一段落して新首相が誕生し、次期総選挙が始まれば、いやでも野党共闘の内実が問われることになる。百年一日のごとく古びた「野党共闘」のメロディーを繰り返すのか、それとも「まともな保守政治」を実現するため、新しい政党再編に踏み切るのか、いまはその分岐点に差し掛かっているような気がする。(つづく)

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