2021.09.04  菅首相、辞任へ
 民衆に嫌われた権力政治

岩垂 弘 (ジャーナリスト)


 「民信なくば立たず」。そのニュースを聴いた時、言い古されたフレーズだが、私の脳裏をよぎったのは、この語句だった。そのニュースとは、9月3日正午直前に流れた、菅義偉首相(自民党総裁)が自民党総裁選に出馬しないと言明したとのニュースである。予定されている自民党総裁選(9月17日告示、29日投開票)に不出馬ということは、すなわち、自民党総裁、首相を辞任するということを意味する。昨年9月16日に発足した菅内閣はわずか約1年で幕を閉じることになる。

 菅首相の自民党総裁選不出馬のニュースは各方面に衝撃を与えたが、私にはそれほどではなかった。なぜなら、この日朝読んだ朝日新聞の朝刊に、首相の地元である神奈川県の自民党県連幹事長が記者団に対し「(総裁選では)県連としては特に、菅さんを頼むという応援をするつもりは一切ない」と述べた、との記事が載っていたからだ。
 首相の地元の自民党の県組織が、総裁選では一致して首相を応援することはない。これは、注目すべきニュースだと思った。そして、こう思った。「これは、総裁選に臨む首相にとっては大打撃だな」と。

 さらに、この記事を機に、私は、しばらく前の、菅首相がからんだ政治的出来事を思い出していた。それは、8月22日に行われた横浜市長選だ。そこでは、首相が全力で応援した候補が、立憲民主党などの野党が推した候補に大敗していた。

 以上のようなことがあったものだから、私は「朝日」の記事を読み終えた時、ふと「この分だと、もしかすると、総裁選に首相不出馬ということもあるかも知れないな」との思いが、脳裏をよぎったのである。その数時間後に飛び込んできたのが、テレビ画面から飛び出した、「首相、総裁選不出馬」のニュースだった。

 内閣支持率が3割を切る
 それにしても、首相はこの時期になぜ首相を辞める気になったのだろうか。いずれご本人の口から明らかにしていただきたいが、首相をその気にさせた決定的要因は、内閣支持率の低下ではないか、と私は考える。

 菅内閣の発足時の支持率は62%であった。が、時間を経るにつれて、ぐんぐん低下していった。そして、今年8月には、見るも無残な数字となった。
 例えば、8月10日に発表されたNHKの世論調査によれば、菅内閣の支持率は29%だった。その後、同月23日発表のANN世論調査では、25・8%、同28日発表の毎日新聞の世論調査では26%だった。
 私が全国紙の記者をしていたころ、新聞記者の間で交わされている話にこんなのがあった。それは「支持率が30%を割った内閣は必ず倒れる」というものだった。そんなことがあったものだから、私は8月初めころから、「菅内閣はいずれ倒れる。問題は時期だ」と、思うようになっていった。
 菅首相も「支持率を上げるためにいろいろ頑張ってみたが、向上しなかった。これでは総裁選や総選挙に臨めない」と、退陣を決意せざるを得なかったのではないか。

 国民の声に耳傾けず
 ところで、なぜ菅内閣の支持率は急速に低下していったのだろうか。
 それは、一言でいえば、国民の声に耳を傾けなかったからだろう。
 そのことを痛切に私たちに感じさせたのは、まず、菅内閣発足直後に生じた日本学術会議会員の任命拒否問題である。これは、菅首相が昨年9月に、学術会議が推薦した新会員候補105人のうち6人の任命を拒否した問題で、学術会議が推薦した新会員候補を政府が拒否するなんて初めてのことだった。学術会議側が拒否の理由を質しても、首相は「総合的、俯瞰的な活動を確保する観点から判断した」と答えるばかりで、具体的な理由は明らかにしなかった。
 このため、各方面から、首相の措置は「学問の自由を侵すもの」「科学者の表現の自由を否定するもの」との声が出たが、首相は態度を変えることはなかった。このため、「6人が、安倍政権が推進した安保法制や、特定秘密保護法などに批判的な意見を発表した人たちだったので任命を拒否したのでは」との見方が出ている。
 いずれにしても、この問題が、国民の間に首相への不信をもたらしたことは疑いない。

 新型コロナウイルス感染症問題でも、国民の声は菅内閣に届かなかった。感染が拡大する度に、国民の間から「PCR検査をもっと増やせ」「医療従事者を増やしたり、医療施設を増設するなど、医療体制の充実を」「ワクチン接種を急いで」などの声が上がったが、菅内閣はこれら切実な声に敏感に反応せず、その動きはまことに鈍かった。その結果、今、全国で医療崩壊が起き、感染者の一部は「自宅療養」を余儀なくされている。いまでは「菅政権はコロナでは無為・無策だ」との声が上がる始末だ。

 極めつけはオリンピック東京大会への対応
 7月23日の東京大会開幕が近づくにつれて、コロナウイルス感染者が爆発的に拡大した。このため、国民の間に「大会は延期するか、中止すべきだ」との声が広がった。7月18~19日に行われた朝日新聞の全国世論調査では、大会開催に賛成は33%、反対が55%だった。それでも、菅内閣は「無観客」で大会開催を強行した。大会閉幕後、コロナウイルス感染者が爆発的に増加したが、政府は「オリンピックの開催と何ら関係ない」としている。しかし、国民の間では「やはり、感染者の増大の一因はオリンピックだ」との見方が少なくない。

 ともあれ、この1年間、テレビで報じられてきた、記者会見における菅首相の表情や話し方を思い起こしてみよう。それは、決して、自分の考えを分かりやすく、意を尽くして国民に伝えるとともに、国民の声に真摯に耳を傾けようという姿勢ではなかった。地方を視察する姿がテレビで流れてきたこともあったが、それは、国民の中に自ら分け入って国民と対話をしようという気迫は感じられなかった。

 この1年間、国民の目に映っていた国のトップは、国民と同じ目線で政治を行おうと努める政治家ではなく、国民は権力者の言うことに従っておればいいのだと考える政治家だったということであろうか。今さら言うまでもないことだが、民主主義を基本とする国家で求められる国のトップは、国の主人公である国民の声に常に耳を傾ける政治家でなくてはならない。今回の首相退陣劇は、そのことを改めて私たちに示してくれたようだ。
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