2021.09.29 安倍政治の恥ずかしさ思い出そう
日本の再生は安倍政治を許したことを反省するところから
 
小川 洋 (大学非常勤講師)

 平気で嘘をつく、友達を優遇して店に損害を与える、地道な努力は嫌い数字を誤魔化して商売が順調だと見せかける。自分の不始末は番頭たちに帳簿を書き替えさせて無かったことにする。さらに太鼓持ちたちに頻繁に酒食を提供し、自分を有能な経営者として褒めさせ、商売が上手くいっているように装う。語彙も知識も貧弱だから、商売仲間とのまともな会話は成り立たない。町内会の花見に自分の店の常連客を参加させて飲み食いさせ、他の役員から文句が出ると「広く募ったが、募集したつもりはない」と釈明(?)する始末だ。

 こんな人物が自分の子どもだったら、親子の縁を切りたくなるだろう。落語にはよく放蕩息子の勘当話が出てくる。しかしこの男の場合、縁を切ろうとすると、やれ「連合町内会の大運動会の幹事を引き受けてきた」とか、「隣町の連中が危ないことを企てているので避難訓練が必要だ」とか言って逃げ回る。ある時、傾きかけた大店(おおだな)で「うちの店を一番に」とか「うちの店を再び偉大に」とうそぶき、商店街の慣例や決まり事を公然と無視する男が店を継ぐということがあった。商店主たちは戸惑い、しばらく様子見していたが、この男は有利な取引を期待したのか、手土産片手に真っ先に駆け付けて店主を持ち上げた。
 太鼓持ちたちは、「よくやった」と男を手放しで褒める。親としては、顔から火が出る恥ずかしさである。今度こそ勘当してやる、と思っていた矢先、流行り病が広がって大運動会の延期が決まると、「お腹の具合が悪い」と言って店を飛び出し、勘当の手間が省けた。

 安倍政権の7年半、出来の悪い不肖の息子が、良からぬ友人とつるんで、あちこちで悪目立ちをしているような居心地の悪さを感じ続けてきた。菅政権は安倍政権の付録のようなものだから計8.5年間、以前ならば政権が何回も倒れたはず、といわれるスキャンダルまみれの政権を、なぜ我々は追放できなかったのか、その理由は整理されていない。まずは、安倍政治の出鱈目ぶり、非道ぶりを思い出す作業から始めたい。

自国の歴史も知らず、対米追従に徹する
 安倍氏は、ある雑誌でポツダム宣言について、「アメリカが原子爆弾を二発も落として日本に大変な惨状を与えたあと、『どうだ』とばかり叩きつけたものです」と述べている。雑誌の編集者も、まさか自国の首相が自国の現代史を知らないとは思わなかったのか、そのまま記事になってしまった。
 ポツダム会談は、1945年7月~8月、おもにヨーロッパの戦後処理について協議するため、米英ソ首脳がベルリン郊外に集まって開かれた。そのなかで、7月26日、米英中首脳の名で日本への降伏勧告と戦後処理方針を発表したのが、いわゆるポツダム宣言である。原爆投下の10日ほど前である。またソ連が入っていないのは、この時点では日ソ中立条約がまだ効力をもっていたからだ。
 安倍氏は「戦後レジームからの脱却」というセリフが好きだったが、戦争はその負け方によって「戦後」も変わってくる。日本の負け方も理解せず、「戦後体制からの脱却」と意気込むのは児戯に等しい。またこの記事からは、原爆により多数の一般市民を殺害したアメリカに安倍が批判的なようにも聞こえるが、彼がアメリカ政府に対して何処までも忠実であったことは言うまでもない。

 安倍自身が自らの傀儡性を認める倒錯した意識を表明した場面があった。国会で野党議員が、安倍氏がトランプ大統領をノーベル平和賞に推薦するという情報について質したことがあった。パリ協定から離脱するなど、トランプが国際社会を混乱させていることを指摘しながらである。これに対して安倍氏はまともに質問に答えず、「御党が政権を取りたかったら、アメリカ大統領に敬意を払う必要がある」と、アメリカ政府に阿ることが、日本の首相になるための必須条件だと答えたのである。世界中に傀儡性の強い政権は多々あるが、自らの傀儡性を認め、宗主国の指導者はどんな人物であろうと、「尊敬」しなければ政権につけないと、野党に説教する政治指導者というのは珍しいだろう。

 なお、菅首相も官房長時代に当時の翁長沖縄県知事との会談のなかで、「私は戦後生まれのものですから、歴史を持ち出されたら困ります」と発言したとされる。彼の頭の中には、辺野古の埋め立て事業で潤う、自民党の選挙基盤である地元の土建業者などの顔しかなかったのだろう。まさに「今だけ、金だけ、自分だけ」の世界である。

皇室を蔑ろにする「愛国者」
 安倍氏は自らを保守主義者・愛国者だと自認し、右翼団体も安倍を熱心に支持していたわけだが、真の愛国者ならありえない、皇室を蔑ろにする多くの言動がみられた。
 安倍氏が皇太子徳仁の天皇即位式にトランプ大統領を招待した。その際、大統領からアメリカンフットボールの決勝戦であるスーパーボールと比べてどちらが面白いかと、無礼な質問を受けた。息子の結婚披露宴に親類を招待したところ、「Jリーグの優勝決定戦とどちらが面白い?」と聞かれたようなものか。まともな親なら、そのような親類には、「金輪際、親類としての縁を切る」と啖呵を切るところだ。ところが安倍氏は「即位式が100倍大事だ」と答えたという。皇室の尊厳を傷つけるものである。
 通訳を交えた実際の会話がどのようなものだったか分からないが、大統領の「面白い」は、アメリカンフットボールと比較したのだから、”interesting”ではなくenjoyable and amusingを意味する”fun”の方だっただろう。それに対して、安倍氏は”important”で答えたのだ。会話は全く成り立っていない。「外交の安倍」と持ち上げる筋もあったようだが、たいした外交能力である。

 天皇との関係においては、他にも無礼な振る舞いが目立った。例えば、新たな「令和」の元号について、臣下の身でありながら、勝手に解説をしたことだ。元号とは中国においては皇帝が時間を支配する象徴的行為である。現日本国憲法では、内閣の権限となってはいるが、古来、元号の制定は天皇の行為であるから、時の首相はあくまで黒子として振舞うべきだ。しかし安倍氏は記者会見やテレビの前で談話を発表し、とくとくと、元号の意図するところの「解説」した。これは天皇の地位を侵す行為であった。

日本の再生のために
 安倍氏の無恥、無能は、新型コロナのパンデミックに襲われた際、あられもなく露呈した。欧米諸国で感染者が大量に死亡する事態となり、都市閉鎖などの思い切った政策が実施されていたが、安倍氏のやったことは、布マスク2枚の配布と全国の学校の一斉休校の指示であり、まるでギャグのような「政策」だった。すべてを誤魔化しながら嘘まみれの商売を続け、店を傾けてきた男に、一世紀に一度あるかないかの困難な事態に対処するのは不可能だったのだ。
 第二次安倍政権は「日本を取り戻す」をキャッチコピーとしてスタートした。今から考えれば、この「日本」とは、自分たちの仲間内だけで美味しい思いができる国の意味だったのだ。安倍政権下、発展途上国並みにネポティズム(縁故主義)が蔓延り、安倍周辺の人物たちが金や国有財産を手に入れた。その間、国民の実質賃金はほぼ下がり続けた。日本の再生には、我々国民がこの政権をなぜ早々と勘当(追放)できなかったのかを考えるところから出発するしかないだろう。
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