2021.10.22  政治家に国債無害論を吹き込む手口を暴く
       ―ネトウヨが頼りの売文デマゴーグ(下)

盛田常夫 (経済学者・在ハンガリー)
              
スティグリッツの誤り
 安倍内閣は消費税率引上げで支持を失うことを恐れ、引上げ延期を狙って「リーマン級」の経済危機があることを証明しようとした。そのために、2017年3月にアメリカからわざわざスティグリッツを招聘した。

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    派手な演出で開かれた「安倍・スティグリッツ会談」

 経済学は科学というには程遠いが、アメリカのノーベル経済学賞を受賞したマクロ・エコノミストは、アメリカから世界が見渡せるとでも思っているのか、メディアを使って日本経済への助言を行っている。政府もご意見拝聴とばかりに、多額の予算を使って招聘したりしている。ところが、当の本人は日本への助言は割の良いアルバイト程度にしか考えていない。
 ファーストクラスで来日させ、帝国ホテル並みの宿泊施設で接待し、それ相応の報酬を支払っている。準備の経費を含めて、スティグリッツ1人を招聘するのに、経費は1000万円を下らないだろう。そのスティグリッツの講演だが、経済財政諮問委員会事務局が発表したスライドの原文と翻訳文を見ると、日本への空路、機内で急いで準備したような粗雑な物だ。民間企業なら書き直しを命じられる落第のプレゼンである。日本政府も舐められたものである。もっとも「アベノ抱っこチャン」なら舐められても仕方がないが。

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    スティグリッツのスライド。赤字は筆者。

 この講演スライドを見る限り、スティグリッツの講演は「リーマン級の経済危機」とは何の関係もない議論だ。高橋大先生が注目したのは、赤字部分である。スティグリッツが深く考えることなく記した一文を、ノーベル賞受賞経済学者の御宣託として、崇め祭っている。スティグリッツの講演から、とても「リーマン級」の証拠は得られなかったが、高橋大先生はこの赤字部分に注目して、政府債務が一挙になくなるから、消費税引上げは必要ないと考えたのだろうか。いずれにしても、安倍首相にはちょっと複雑で難しすぎる話だが。
 スティグリッツが何を言いたかったかは明瞭でないが、高橋によれば、これは「日銀所有の国債資産は、政府の国債負債と相殺されて、一挙になくなることを教えている」というのだ。しかし、ちょっと考えてみれば、可笑しいことに気づくはずだが、権威や権力に弱い高橋大先生は大御所の思いつき的な一文に舞い上がってしまったようだ。
 日本の経済学部では国民勘定論(National Accounting)を教えていない。国民経済のマクロ経済勘定体系を扱う学問は国民経済計算論と呼ばれているが、アメリカでもこれが学べる大学は限られているだろう。だから、スティグリッツが初歩的な誤りを犯しても何ら不思議ではない。
 国民経済計算体系は基本的に二つの勘定体系から構成されている。一つが財・サーヴィスの流れを扱うマクロ経済勘定で、もう一つがマクロ経済主体間の資金の流れの資金循環表である。財・サーヴィスの流れと資金の流れは、厳密に区別されなければならない。これが基本である。
 政府の国債発行は一般政府による財・サーヴィスの提供から生まれた赤字のファイナンスである。日銀に国債を売っても、一般政府の赤字をなかったことにできない。ところが、実物の流れと資金の流れを一緒くたにして、政府と日銀を親会社と子会社の関係にあると見なして、子会社の日銀の債権と親会社の政府の債務を相殺させると、政府の債務が消えるように見える。ただし、そのように見えるだけで、頭の中で債務と債権を相殺しているだけのことである。
 実際には国民経済計算体系で、政府の債務と日銀の債権は相殺してはならない。これを現実に相殺する方法は、「徳政令」である。もし日銀が国債分の債権をなかったことにすると宣言した途端、金融恐慌が起きる。発展途上国ではあるまいし、政府の赤字をなかったことにすれば、政府と日銀の信頼は失われ、円が大暴落し、物価は急騰し始める。高橋大先生が御頭(おつむ)の中で思考をめぐらしている間が安泰なだけである。

国債は国民の債務か、それとも債権か
 政府の累積債務が1200兆円を超え、これは「国民一人当たり100万円の借金をしていることになる」と伝えられると、必ず「借金ではなく、国民の債権だ」という声が起きる。債務と呼ぼうが、債権と呼ぼうがどちらでも構わない。はっきりしているのは、国民の貯蓄が、政府の「借金の形」になっていることだ。だから、国債が国民の貯蓄でカヴァーされている限り、何の問題もないというのは嘘である。それはただ、国民の貯蓄全部が国債発行の担保になっていることを意味しているだけである。国債の価値が崩れ、「徳政令」がでれば、担保も取られてしまう。外からの金融危機の直撃を受けないという意味においてだけ、国民貯蓄の裏付けに意味がある。しかし、その意味も次第になくなっていく。
 日本の政府債務の水準はもはや並大抵のことでは削減することができないレベルに達している。現状維持するだけでも四苦八苦の状態である。しかも、日本は人口減少の長期過程にある。ますます減少する労働人口で、増え続ける債務を負担していかなければならない。財政の制約圧力で、将来の日本経済社会は苦しい時代を迎えることになる。「今さえ良ければ良い、先のことは将来に考えれば良い、自分は関係ない」のだろうか。
 将来社会に責任を持つのが政治家ではないか。市井の人々と同次元で、「ばらまき」をやって良いわけがない。「国の借金はないに等しい」などと無責任な言論で世論を汚染する人々は、いったいどのような責任を取るのだろうか。もっとも、責任感のある言論人であれば、高橋大先生のように大言壮語などしないだろう。

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