2022.01.13 コロナ対策の目標は何か
 -目標なき場当たり主義が社会経済活動を萎縮させるー
 
盛田常夫 (在ブダペスト、経済学者)

 テニスのジョコヴィッチ選手のオーストラリア入国問題をめぐって、欧州とアジア・オセアニアのコロナ対応の違いが浮き彫りになった。
 スキージャンプの小林陵侑選手は11月27日にフィンランド・ルカで開催されたW杯で優勝した後、PCR検査で陽性の判定を受けた。小林選手自身は2度のワクチン接種を終えており無症状だったので再検査を要求したが叶わず、フィンランドのホテルで自動的に10日間の自主隔離に入った。デルタかオミクロンかの判定も、濃厚接触者の隔離などは一切なく、10日を経て自動的に試合復帰が認められた。インフルエンザ並みの対応である。
 当初、嫌がらせではないかと思われたが、とにかく自主隔離に入った。隔離期間中のトレーニング不足が懸念されたにもかかわらず、隔離明けも好調を維持し、欧州ジャンプ週間で2度目の総合優勝を飾った。個人戦で他の選手より2試合少ない参戦ながら、ジャンプ週間の3連勝で、W杯得点首位に躍り出た。災い転じて福となすである。早々と自主隔離を済ませた小林選手は、コロナ陽性による隔離リスクから解放され安心して五輪に臨むことができるというのが、欧州スキー関係者の解説である。
 この事例からも分かるように、欧州ではデルタであろうがオミクロンであろうが、無症状あるいは軽症者は自主隔離10日で社会復帰できる。日本やオーストラリアなどのアジア・オセアニア国々では、このように簡単には済まない。なにせ、日本へ入国する場合は何回ワクチン接種していようが、PCR検査が何度陰性だろうが、一律に14日間の「自主」隔離が強制される。オミクロン濃厚接触者と認定されれば強制隔離され、到着地から遠く離れたホテルへ移動させられる。外国人の入国は禁止である。これでは、強毒性ウィルスへの対応と変わらない。
 小林選手はまだ欧州でのW杯に参戦しているが、北京五輪の準備のために事前に日本へ戻ることはできない。日本で最終調整を行い、時差をなくして五輪に参加できるという利点を活かす機会を絶たれ、日本を経由することなく欧州から直接に中国へ入国せざるをえない。無用な自主隔離でトレーニングが中断されるからである。
 かくように、一律主義で硬直的なコロナ対応は社会経済活動の活性化を妨げている。日本的な官僚的硬直性が如実に現れている。中国に見られるようなアジア的で国家主義的対応である。
 欧米とアジア・オセアニアのコロナ対応の違いは、基本的目標の違いに由来している。欧米では早くからゼロコロナを目標とすることを断念した。そもそもバクテリアやウィルスを地上から抹殺することはできない。もちろん、致死率5割のエボラ出血熱のような強毒性のあるウィルスにたいしては完全防御のロックダウンが必要だが、感染力は高いが弱毒性のコロナウィルスを抹殺することはできない。にもかかわらず、日本やアジア諸国は強毒性のウィルスと同様な対応を取ろうとするために、無用な社会的摩擦を引き起こし、それが社会経済活動を阻害し、人権侵害まで惹き起こす。
 日本政府のコロナ対策には明確な目標がないようだ。世論の動向を見て,水際対策や厳しい制限を要求する声が大きいと判断して、硬直的な対応を維持しているようだ。世論に耳を傾けなかったから菅政権の人気が凋落したと考えているのだろう。だから、その逆を張れば、政権の人気が出ると踏んでいる。浅はかな考えだ。風見鶏・朝令暮改内閣である。岸田首相の性格が如実に出ている。もっとも、与党と同じく世論を忖度している野党もさして変わらないが。
 現時点で鎖国性格をとっている先進国は日本ぐらいのものだ。鎖国政策によって、観光業や航空会社が大打撃を受けている。観光客だけでなく、外国ビジネスマンや外国人留学生を排除しているために、必要不可欠な人材確保やビジネス交渉が妨げられている。無用で硬直的な対応が、日本社会の活力を削いでいる。岸田政権にとって、社会の活力低下より、政権の人気を落とさない方が重要なのだろう。感染拡大の危機を煽って、厳しい措置を導入することによって、政権が安定するという奇妙な状況が生まれている。
 これまで人類が経験してきたバクテリアやウィルスとの闘い歴史の中で、毒性と感染の相関関係が分かっている。強毒性のウィルスやバクテリアは宿主を殺してしまうので伝染力は弱く、弱毒性のウィルスやバクテリアは宿主を変えて生きながらえる。したがって、大雑把に見れば、毒性(致死率)と感染度(再生産数)には、直角双曲線的な反比例関係がみられる。コロナもその例に漏れない。
 また、感染率は社会状況によって変化するので幅があり、再生産数は1.5~3.5と推定されている。インフルエンザよりやや高く、ノロウィルスより低いと判定されている。
 これからの研究を待たなければならないが、オミクロン株の変異はコロナウィルスの弱毒化による延命化だと考えられる。明らかに感染力は高まっているが、致死率は大幅に下がっている。とすれば、コロナ対策も新しい段階に向かわなければならない。ところが、日本はその逆を行っている。明らかに政策目標が間違っているからだ。
コロナ対策転換の必要性
 日本は弱毒化したコロナウィルスの蔓延によって、コロナ規制を厳しくした。これでは、新たな変異株が出現するごとに、より厳しい制限措置を維持しなければならなくなる。まさに「コロナの罠」である。永遠にコロナ禍から脱却することができない。「コロナの罠」から脱却する道は、弱毒化に対応して、柔軟な政策措置を取ることである。
 したがって、これから目指すべきは、「ゼロコロナ」ではなく、「重症化リスク回避」を目標にした対応措置である。

 (1) 無差別に一律に国民を隔離するのではなく、重症化リスクのある人々を中心に隔離する方向へ転換すべきである。健康な人も病人も一緒くたに隔離するのではなく、高齢者、既往症のある人々、免疫不全者のような重症化リスクのある人を中心に隔離の方法を考え、その他の人々の社会生活を漸次的に自由化すべきである。

 (2) したがって、ブースターショットはこれらの重症化リスクのある人々から優先すべきである。

 (3) 陽性者を探しだすような一般的なPCR検査は不要である(感染者数の増大ばかりを強調すると、無用な検査が広がる)。これにたいして、重症化リスクのある人々の抗体検査、PCR検査を重点的定期的に行い、抗体生成が充分でない人々の行動抑制の指針を決める。

 (4) デルタであれオミクロンであれ、無症状者、軽症者の入院は不要である。10日の自主隔離の後に、社会復帰できるというルールを明確にすべきである。何時までも、ずるずると2週間も拘束する必要はない。

 (5) 鎖国政策を止め、事前のPCR検査陰性証明とワクチン接種証明を保持している場合、到着時のPCR検査が陰性であれば、日本人と外国人とにかかわらず、自主隔離免除とすべきである。一律2週間の自主隔離という硬直的愚策は撤廃すべきである。

 (6) 感染経路が分からないのに、濃厚接触者を探し出すような無駄な仕事は止めるべきである。濃厚接触者でも、ワクチン接種証明とPCR検査陰性が確定すれば、行動を拘束すべきでない。

 (7) 他国に比べて日本では重症者が少ないにもかかわらず、特定の医療機関に診療負荷がかかるのは、コロナの所為というより、医療システムの問題である。重症者の治療について、国は感染症治療病院を指定し、必要な予算をつけて対応すべきである。
 政策目標を誤ると、人々は無駄な社会的行動を余儀なくされ、社会的コストが増加する。空港でも保健所でも、意味のない仕事を長時間にわたって行う社会的損失は大きい。人々の力をもっと有用で効果的な仕事に振り向けるべきである。そのためには、政治家が明確な指針を示さなければならない。さもなければ、官僚組織は自己組織保持のためだけに動いてしまい、「屋上屋を架す」措置の維持に固執する。それによって、社会的生産性が著しく損なわれる。
 はたして、岸田首相はこのような声に耳を傾ける知力と胆力があるかどうか。

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